第18話:真夏の炎上案件

 毛玉蛇を片付けてる最中に事故…人身事故で死にかけたものの、無事にその日の仕事は終わった。

 嘘だ、心が満身創痍だった。

 あれが男や悪意ある人からの言葉だったらのならまだよかった、純粋無垢な子の言葉だから死を覚悟した。

 汚れた刃は危ないけれど、綺麗に研がれた刃の切れ味は恐ろしいということを身を以って体験した。

 ある意味、乙種よりも怖いかもしれない。


 そんなこんなもありつつ、あれからも何度か集まって仕事をやっていたりする。

 とにかくお嬢様方の安全に最大限配慮しつつ、不審者からも守り、ときに俺自身が不審者ではないかと自問自答しながらも何とか仕事をやってきた。

 そして八月頭、課題や仕事ばかりで気が滅入いることだろうということで、近衛さんから一週間の休暇を提案された。

 なので皆は今ごろゆっくりと休んでいることだろう。

 ちなみに俺は今、中学校に来ている。

 もちろんやましい気持ちはない。

 ちょっとはあるかもしれないけど、それは人が背負った原罪的なアレだから司法で裁かれるやつではないと思う、多分。


「荒野さん、どうしました?」

「いや…君がいなかったら通報されてたかもって」


 そう、実は鳴神くんと一緒に中学校に来ているのだ。

 別に鳴神くんが中学生好きで、自分も同じ趣味だから意気投合して一緒に来たとかそういうのではない。

 もしもそうだったのなら、真っ先に天月さんに連絡する。

 …いや、あの人なら中学生好きでも受け入れてくれそうな気がするな。


「仕事で来てるんだから、通報されるわけないじゃないですか」

「俺は働いている最中に何度も職務質問されたことあるけど?」

「……大変ですね」


 鳴神くんが目頭を押さえながら、震えたような声で同情してくれた。

 なんだろう…余計に自分が惨めに思えてきた、死にたい。


「ところで、どうして俺を誘ったの? 気になる子にアプローチをかけたかったとかそういうの?」

「牧さんがいるのに、どうして男に手を出さなきゃならないんですか」

「君が女の子になればいいじゃないか」

「人の性別をスイッチみたいに気軽に切り替えようとしないでくれませんか!?」


 でも俺が女性化したらアレだよ、ヤバイよ。

 女体化した自分とか、その場で鏡を窓から投げ捨てて俺も一緒に飛び降りるね。

 鏡よ鏡、この世で一番醜い奴とお前はここで心中するのよ。


「組織の一員として働いていると一人での動き方を忘れてしまいそうになるので、たまにこうやって個人で仕事を請け負ってるんですよ」

「……それ、俺いるの?」


 一人で仕事をやるなら一人でやるべきではなかろうか。

 あれか、俺は空気だって言いたいのか!


「ずっと一人だと、それはそれで寂しいじゃないですか」

「女の子か!…女の子になりたいのか?」

「いやいやいや! それだけじゃなくて、荒野さんの仕事ぶりも気になったから、それを見ようと思ったんですよ!」

「やっぱり俺のことが気になって仕方が無いんじゃないか!!」


 ふぅ、油断も隙もない奴だ。

 俺でよかった、女子だったら今ごろ手篭めにされていた。

 あとで天月さんにチクっておこう。


「それで…学校で膿疱虫(のうほうむし)があるんだっけ?」

「詳しい数は分かりませんが、夏休みの間に増えていったらしいです」


 膿疱虫…赤い斑点のような小さい虫で、植物に寄生している。

 草木に張り付いて栄養を吸い取り成長するのだが、成長すると体が膨らんでいく。

 そして何か強い刺激を受けると破裂して、有害な粉を撒き散らす。

 触っても別に命に別状はないのだが、肌がかぶれたり痒くなるといった被害が多い為、前に丁種から丙種に格上げされた。


「それじゃあオレは東側から駆除していきます。荒野さんは西側から頼みますね」

「あいよ。マスクとか要らないの?」

「ああ、オレには必要ないんで」


 そういえば鳴神くんは新世代の子で念動力を使えるんだっけな。

 膿疱虫が破裂しても粉が届く前に弾くことができるのだろう。

 こっちは長袖長ズボンでマスクまでしてるってのに、羨ましい限りだ。


「ところで…荒野さんの言ってるマスクって、そのホラー映画で使われそうなやつですか?」

「ネタで買ったホッケーマスクなんだけど、地味に便利なのよこれ」

 

 鳴神くんと別れていざ作業開始…の前にグラウンドに向かう。

 夏休み中だというのに運動に励んでいる学生を見て素晴らしいものだと頷く。

 まぁジロジロ見てると顧問の先生に怒られそうなのでさっさと用事を済ませることにする。

 俺はハンドボール部の顧問の先生に話をして、部の備品である松ヤニを箱ごと借りる。

 それから作業場所に戻り、松ヤニをたっぷり両手につけて草木に寄生している膿疱虫にもべったりつける。

 普通なら触っただけで破裂するのだが、凄まじい粘着力を持つ松ヤニによるコーティングのおかげで無害化が可能なのだ。

 そんな感じで松ヤニをつける、引き剥がし、袋に入れるというルーチンを淡々とこなしていく。

 地味すぎてまるでライン工やってるような気がしてきた。

 

 無心になりながら作業をしていると、水しぶきと学生達の声が聞こえてきた。

 どうやらプールの近くまで作業が終わったようだ。

 さて……ここはプールの様子を見ながら作業をしなければならないようだ。

 いやーもしも膿疱虫が破裂したら危ないからなー!

 学生に被害があったら責任問題だしなー!

 プールの様子を見ながら仕事しても仕方がないよなー!


「…………」

「……あっ、どうも」


 プール側から、小麦色に焼けている男の先生と目が合った。

 自分のようなだらしのない肉体ではなく、しっかりと鍛えられていることが分かる筋肉がそこにあった。


「…ここで何をされているんですか?」

「あー…外来異種の駆除でしてね、膿疱虫ってやつなんですけどね、依頼されていましてね、はい」


 自分への警戒度が上った気がする。

 まぁホッケーマスクを被った作業着の男が松ヤニだらけの手で敷地内を歩いていれば警戒するのも無理はない。

 俺だったらノータイムで警備員さんか警察を呼ぶ。


「…私が聞いていた人とは違うようですが?」

「俺はオマケというか、お手伝いのようなものでしてね、はい。今ちょっと免許を出すのでちょっと……」


 そこで気付いた、手が松ヤニだらけなせいで迂闊にポケットに手を突っ込めない事を。

 財布を触れば財布が大変なことになる、松ヤニを洗い流しに行こうとすれば逃げたと思われる、どうしろって言うんだこんな状況!?

 しかも何かトラブルがあったのかとプールに入っていた生徒が集まりだしてきた。

 もちろん女子生徒もいるのでちょっと目の保養になりました、ありがとうございます!

 でも俺は何も助かってない、誰か助けて!


「あの…どうしました?」


 なんと救い主である鳴神くんがこっちに来ていた。


「助けて鳴神くん!」

「いや、今にも人を襲いそうなのはむしろ荒野さんの方に見えるんですけど」


 襲ってもあの筋肉モリモリマッチョな先生を相手にしたら普通に返り討ちに遭うんだけどね。

 取り敢えず先生に僕が無実であるということを主張してもらおうかと思ったのだが、鳴神くんの声が聞こえたところで何人かの生徒がプールの柵に群がってきた。


「うわっ、本物の鳴神さんだ!」

「鳴神さん、背中に背負ってるバッグに刀入ってるんですか? 見せてください!」

「ちょっとスマホ持ってくるから待っててください!」


 流石は駆除業者のアイドルである、若者に大人気だ。

 まぁTVに出たり映画バリのアクションで外来異種を駆除する動画があったりイケメンだったりするのだ、子供受けするのも無理はない。

 そして自分はそそくさとプール近くの草木に膿疱虫がいないかを探しつつその場から離れていった。


「ヒドイじゃないですか荒野さん、なにもオレを置いてかなくても…」

「俺たちは仕事で学校に来てるんだよ、仕事を優先しなくてどうする!」


 しばらくしたら鳴神くんが戻ってきたので、自分のことは全力で棚上げしつつ、先輩風を吹かせる。

 職場にいたら真っ先に嫌われるやつだこれ!


「ところで、そっちはもう終わったの?」

「ええ、オレのところは終わりました」


 そう言って鳴神くんが水の入ったバケツを持ち上げる。

 そこには膿疱虫がついている小枝や草花が沢山入っていた。


「サクっと切ってそのままバケツの中に入れればいいだけですからね。荒野さんは…それ、何してるんですか?」

「松ヤニつけて引き剥がしてる。時間は掛かるけど、俺はこっちの方法がいいかな」


 鳴神くんの方法はよく知られているセオリーである。

 下準備も必要なくさっさと終わらせられる為、ほとんどの人がこの方法をとっていることだろう。

 ただ、たまに事故って破裂させてたりする。

 俺は安全に仕事をしたいのと、もう一つの理由でこの方法にしている


「こっちの方が安全だし、切って駆除するとああなるじゃん? ちょっと見栄えがよくないからね」


 そう言って鳴神くんが仕事をした場所を指差す。

 いくつかの木々の枝が切り落とされていたり、草花がない場所が見え隠れしていた。

 夏休みだしそんなことを気にする人はいないと思うが、それでも俺はこっちの方がいい。


「そうですね、オレもこっちの方がいいと思います」


 それから昼食を食べてから学校周囲の調査を行い、残りの膿疱虫も駆除してから解散した。



 翌日、スマホからの着信で起こされてしまう。

 着信元は未来ちゃんであった。


「はい、もしもし?」

「もしもし。荒野さん、凄いですね! 一躍有名人ですよ?」


 有名人…どういうことだろうか。

 まさか中学校に侵入した不審者として指名手配されてたりするんだろうか。


「今SNSで荒野さんと鳴神さんが大人気です!」

「……は?」


 電話を切ってSNSを開くと、そこには鳴神くんと俺が一緒に昼食を食べている画像が掲載されていた。

 しかも俺の手が松ヤニでベタベタなのに鳴神くんがオニギリを買ってきたので、アーンとかしてもらってる状況である。

 コメント欄は炎上しており、怨嗟の黒煙が渦巻いている始末である。

 というか俺の事を新手の外来異種だというコメントまである、この分だと女性同士の間に入る男も外来異種ということになるのではなかろうか。


 この件について俺から何か口出しすればさらに炎上してしまう。

 俺はそっとネットを閉じ、天月さんに弁明をする為に電話を掛ける。


「天月さん。鳴神くんからアーンしてもらったオニギリ、美味しかったです!」

「えっ―――――」


 伝えたいことを端的に伝えて電話を切る。

 しばらくしてから鳴神くんから電話が掛かってきたが、これ以上なにかあったら疑惑が確信に変わってしまう。

 私達、しばらく距離をとったほうがいいと思うの。

 俺はスマホを遠くに置き、再び布団の中に潜っていった。

 彼氏彼女の問題は当人同士で解決しないとね、おやすみ!

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