第17話:穴人手と毛玉蛇

【未来 六華サイド】


 テストから一週間後、皆の家に外来異種を駆除することが許可される免許が届いた。

 丁種の免許取得テストは、荒野さんが言っていた通り簡単なものだった。

 あたし達の他にもテストを受けている人達はいたが、誰もがやる気のなさそうな顔をしていた。

 荒野さんは"こんな仕事をしてる奴らは、だいたいこんな奴ばっかだよ"と言っていた。

 けれども、あたしはこの人達と荒野さんが同じだとは思えなかった。

 かといって荒野さんが嘘をついていたとも考えられない。

 あの時、あの人が語った言葉にはそれだけの真剣みがあった。

 あの人が近いのに遠く感じる、知れば知るほど分からないことが増えていく。

 いつかあたしが大人になったら、分かる時がくるのだろうか?


 皆の免許が届いたことを確認した荒野さんから連絡が来る。

 どうやら本格的にモンスター…外来異種に関わる時のようだ。

 あたしは緊張と不安を抱えながらも、荷物を準備して家から出る。



「えー…それでは一文の得にもならないお仕事をやっていきます」


 そう言ってあたし達が集まった場所は大きな公園である。

 朝なのでまだ夏の日差しはまだ弱いものの、軍手と服装のせいでちょっと暑い。


「荒野さん。動きやすくて肌が隠れてる服装って言われてきたので学園のトレーニングウェアと裾の長いスパッツを履いてきましたけど、これでよかったですか?」

「はい! ありがとうございます!」


 どうしてお礼を言われたのだろうか、よく分からない。

 そんな荒野さんの小指を近衛さんが握る。

 微笑ましい光景かと思ったが、荒野さんの顔が歪んだのを見るに、アレは曲げちゃいけない方向に曲げようとしたんだと思う。


「えー、それでは皆さん。ここの木の側にある地面の穴が見えますか? これ、丁種の穴人手の巣です」


 モグラの穴かと思っていたのでビックリした。

 まさかこんな身近に存在していたなんて。


「皆さん、外来異種と聞いて危ないって思いませんでしたか? いけません、そういう先入観はいけませんよ。こいつは基本的に無害で、穴に害虫を誘い込んで食べるのでむしろ役に立っているやつです」


 益虫という言葉があるように、外来異種にも人の役に立つ種類のものがいるらしい。

 今までずっと怖い目にあっていたので、またまた驚いた。

 たぶん、荒野さんは物事の悪い面ばかりを見ていたあたし達に、別の一面も教える為にここに呼んだんだと思う。


「というわけで、今日は皆さんにこいつをぶっ殺しまくってもらいます」


 ……あれ?

 今なにか説明が飛ばかなかった?

 あたしと同じ思いだったのか、水無瀬さんが荒野さんに尋ねる。


「あ、あの! 人の役に立つ外来異種って駆除してもいいんですか?」

「駆除してもお金は貰えないけど、止められるような事でもないよ。なんでだと思う?」


 頭をひねるが何も思いつかない。

 しばらくしてから、近衛さんがその問いに答えた。


「外来異種が増えるとコロニー化し、他の危険な外来異種も引き寄せられて生物災害が発生するからですね」

「正解。昔、それで何度か生物災害が各所で発生したんだよね。だから…鋭い牙とか爪を持ってるやつよりも、こういうタイプの方が怖いんだよ」


 人に危害を加えず、人の役に立つ生物。

 だから人はその生物を駆除しない、むしろ取り込もうとする。

 その結果、内側から侵食される…まるでウィルスのようだった。

 ただ、そうなると一つ気になることがある。


「それならもっと積極的に駆除した方がいいんじゃないですか?」


 そう、積極的に駆除をしないと増えるはずだ。

 そして増え続ければコロニー化し、またあの時のような生物災害が発生する。

 駆除する理由はあっても、放置していい問題じゃないはずだ。


「人手が足りないっていうのもあるけど、もっとちゃんとした理由があるんだよ。こいつら雨が降っただけで死ぬ、なんなら放っておいても死んでる」


 その言葉を聞いてつい呆けてしまった。

 先ほどまでコロニー化や生物災害の話をしていたというのに、急に話のスケールが縮まったせいで混乱した。


「あの…放っておくと危ないんですよね?」

「違う違う。増えると危ないんであって、放置しても大丈夫」


 そう言って荒野さんはペットボトルに入った水を穴の中に入れる。

 すると、小さな人の指のようなものがバタバタともがきながら穴の奥から見えた。

 荒野さんはその指を掴むと思いっきり引っ張ると、あたしよりも小さな人の手のような生き物が穴から出てきた。


「こんな感じでスグに水で溺れるから勝手に死ぬ、エサがこなくて死ぬ、なんならネコが穴に手を突っ込んで引っ張り出されてオモチャにされて死ぬ」


 なんだろう…あまりの境遇にちょっと同情してしまう。

 ここまで死にやすい生物がいてもいいのだろうか。


「それじゃあ早速これを駆除してもらうけど、一番最初は誰がいいかな?」

「では、私から」


 怖気ついているあたし達を気遣ってくれたのか、近衛さんが名乗り出てくれた。

 

「それで、どう駆除すればいいんですか?」

「踏み潰すなり、握りつぶすなり、叩きつけるなり、お好きな方法でどうぞ」

「……荒野さん、"あーん"ってされたことありますか? それと関係ないですが、この穴人手(あなひとで)は食べられますか?」

「それ本当に関係ないこと!? 絶対話題に関連性あるよね!?」


 学園にいた時や勉強を見てもらった時はとてもマジメで頼りになる近衛さんが、まさかあんな冗談を言うだなんて初めて知った。

 荒野さんと一緒にいると、皆スグに仲良くなるのかもしれない。


「じゃあ潰しますか」


 そう言って近衛さんは穴人手を地面に落としてゆっくりと踏み潰す。

 パキポキという何かが折れる音が少しだけして、そのあとは何の音も鳴らなかった。

 血も、悲鳴も残さず、潰れた死骸だけが残っていた。


「はい、お疲れさんです。芋虫とかみたいに体液をぶちまけるってことがないから、クリーンでエコだね」


 荒野さんはスコップで穴を掘ると、その中に穴人手の死骸を入れて埋めてしまった。


「それじゃあ皆さん、やり方も分かったと思うので駆除していきましょう!」


 そんなこんなで、あたし達は公園で穴探しをすることになった。

 一番最初に穴を見つけたのは水無瀬さんだった。

 穴に水を入れて出てきた穴人手を恐る恐る掴んだあと、どうすればいいかとオロオロしている。

 何か思いついたのか、地面に穴人手を置いてから荒野さんのスコップで穴を掘り、そこに埋めてしまった。

 

「あ、あの…これじゃあダメですか?」

「いいと思うよ。地面から出られないから窒息か飢えで死ぬまで苦しむだけだし。う~ん、中々に残酷だね!」


 荒野さんは笑顔で褒めてくれたのだが、それを聞いた水無瀬さんの顔は青くなっていた。

 そうこうしている内に今度は九条さんが穴人手を見つけたのだが、どうにも様子がおかしかった。


「あの…水を入れて引っ張り出そうとしたのですが、千切れてしまって……」


 九条さんの手には指のような触手が一本だけ握られていた。

 あの小ささから、幼体なのかもしれない。

 荒野さんはスコップで穴を少しずつ広げて、奥にいた穴人手を引っ張り出す。


「あ~、死んでるねぇ」

「えっ…こ、こんなことで…?」


 あまりにもあっけなかったせいか、実感が湧いていないみたいだった。

 これまで何度も外来異種によって危険な目に遭ってきたというのに、こんな簡単に駆除できてしまうものなのかと、あたしも戸惑っていた。


 それからしばらく辺りを探してみたが、それ以上の穴人手は見つからなかった。


「ん~…探せばいるかと思ったけど、前の雨で減ったのかなぁ」


 荒野さんも一緒に探したのだが、見つかったのはセミの抜け殻や小さな虫ばかりだ。

 近衛さんと荒野さんはこれからの予定について話し合っている。

 ふと、遠くにツナギの作業着を着たおじさんが見えた。

 手に道具か何かを持っているように見えたので、もしかしたら同じ駆除業者の人かもしれない。

 急に肩を掴まれて驚き、後ろを見る。

 そこには真剣な顔をした荒野さんがいた。

 荒野さんの手に導かれるままに後ろに下がり、皆と一緒に集まった。


 荒野さんはセミの抜け殻や小さな虫を集めて、それを適当に放り投げている。

 それを何度か繰り返していると、地面を這いずる何かが見えた。

 ヘビ……いや、ヘビに毛は生えていない。

 何かは分からないけれど、外来異種であることは分かった!

 うねるように地面を這いずりながらこちらに近づいてくる毛の生えたヘビだが、荒野さんが思いっきり踏みつけたことでそこから前に進めなくなった。


「こいつは丙種の毛玉蛇(けだまへび)か。蛇っていうか毛虫みたいなやつだけど。毛には触らないようにね、指紋が溶けたっていう人がいたらしいから」


 それを聞いて思わず後ろに飛びのいてしまった。


「あの…荒野さんは大丈夫なんですか?」

「俺の靴は踏み抜き防止の鉄板が入ってるし、ズボンも厚手だから大丈夫だよ。それにしても、なんでこいつがこんなところに…」


 遠くから先ほどのおじさんが、荒野さんの足元にいる毛玉蛇を見て走ってくるのが見えた。


「いやー、すいません! 実は仕事でそいつを探してたんですが、途中で逃げられてしまって」

「そうですか、大変でしたね。ここら辺で駆除の依頼があったんですか?」


 やっぱり同業者の人だったらしい。

 荒野さんや天月さん、そして鳴神さん以外の駆除業者の人に会うのは初めてかもしれない。


「ええ、それじゃあそいつはこっちで回収させてもらいますんで―――」

「おかしいですね。ここら近辺で駆除の仕事はなかったと思うんですけど」


 そう言って荒野さんはポケットからスマホを取り出して何かを調べたかと思うと、"やっぱり"と言って何度も頷いた。


「ちょっと遠くから逃げてきたんすよ。だから調べても出てこないんじゃねぇかなぁ」

「分かりました。念のために外来異種の駆除免許を見せてもらっていいですか?」


 なんだか怪しい雲行きになってきた。

 もしかして、何かトラブルだろうか。


「いやぁ~、免許は家に忘れてきましてね」

「それはまずいですね。必ず携帯するようにと規則で決まっていたはずですが」

「ちょ、ちょっと取ってくるんで!」

 

 そういっておじさんは慌ててその場から走り去ってしまった。


「……近衛さん、撮れました?」

「はい。あとはこれを区役所を経由して警察に動いてもらいましょう」


 荒野さんと近衛さんのやり取りを聞いて、ようやく頭が追いついた。


「あの、荒野さん! 追いかけなくてよかったんですか!?」

「捕まえるのはウチらじゃなくて警察の仕事だからね。こっちはこっちの仕事をしようか」


 そう言って腰に差してあった鉈をあたしに渡した。

 この鉈をどうすればいいのかと目線で判断を仰ぐと、荒野さんは踏みつけている毛玉蛇を指差した。


「まだ駆除してないのは君だけだからね。こう、ズバっといってみよう」


 荒野さんの下でまだ動いているその生き物を見る。

 自分が今からこの生物を駆除するのかと思うと不安になってしまう。

 そんなあたしの不安を察したのか、荒野さんが優しく肩を叩く。


「特別なことなんてないよ。切って、片付けて、それで終わり。なんてことない作業だよ」


 その言葉を噛み締めて、あたしは渡された鉈を大きく振りかぶり……止められた。


「ごめん、流石に思いっきり振りかぶられるのは怖い。もうちょっと近くでサクって感じでお願い」


 どうも力が入りすぎていたようだ。

 改めてあたしは鉈を振り下ろし、外来異種の駆除を行った。

 TVや小説では、人を殺した時にその感触が手に残るといった表現があったのだが、あたしの手の中には何も残っていなかった。

 何かしら思うことがあると予想していたけれど、本当に何かを感じることがなく終わってしまった。


 荒野さんが後片付けをしている間、近衛さんと話をする。


「あの…前に荒野さんが話していたことで聞きたいことがあるんですけど」

「あぁ、仕事を始めた切っ掛けでしたか?」


 あたしはコクンと頷き、話を続ける。


「あたしにとって、荒野さんはヒーローみたいな人だったんです。だけど、"悪い何かを殺してお金を稼ぐ"っていう理由を聞いて…失望したとかじゃないんですけど、なんだか納得ができなくて」


 あたしは言葉を選びながら、それでもなんとか言葉に言い表せない自分の気持ちを伝えてみる。


「その前に…私がどうして雅典女学院の警備員を目指したか、その動機は分かりますか?」

「えっと、誰かを守る事に憧れてたとか?」

「いいえ、何も考えていませんでした。そもそもコネで就職したようなものです」


 それを聞いて、あたしの中にあった大人像というものにヒビが入ったような気がした。

 お医者さんになりたい人は誰かを助ける為に、警察官になりたい人は悪い人を捕まえる為に、消防隊員になりたい人は誰かを助けたい人ばかりだと思っていた。

 それがまさか…こんな身近にいた人が、そういう理由で働いていたことに今日一番ビックリした。


「もちろん未来さんの言うように誰かを守りたいという人もいるでしょう。ですが、そんな人ばかりというわけではありません。それが普通なのです」


 急な真実の告白のせいで混乱している最中でも、近衛さんは構わず話を続ける。


「特別なものがなければいけないという理由はないのです。どんな高尚な志を持とうと、どれだけ高潔であっても、我々は行動して積み上げた結果で判断されるものなのです」


 そして最後に、ゆっくりと言い聞かせるように告げる。


「他の誰かが助けていたかもしれない、下心があったのかもしれない。たとえそうだとしても、貴女達を助けたのが彼であるという事実は、絶対に揺らぎません」


 その言葉を聞き、何かがあたしの心の中にストンと落ちた気がした。

 荒野さんが自分のことをどう言おうと、他の誰かが何と言おうとも、命懸けで助けてくれた真実は不変なのだ。

 偽りとまがい物の言葉があろうとも、あの人が証明してくれた"本物"は――――なんて素晴らしいんだろう。


 ……ただ、それはそれとして新たな疑問も湧き出てくる。


「あの…そしたら、荒野さんはどうしてご自身のことを悪く言ったりするんでしょうか?」


 その言葉を聞き、近衛さんは呆れた顔をしながらとっても長い溜息を吐いた。

 あれ…聞いたらいけないことだったのかな?


「未来さん、それはね…アイツがとっっっても、面倒くさい男だからです」


 衝撃の事実、第二弾。

 荒野さんは面倒くさい人らしい。

 面倒くさい男の人というのがどういう人の事かは分からないけど、あたしはそんな事で荒野さんを嫌いになったりはしない。

 むしろ支えてあげたいと思うくらいだ。

 面倒くさい人であるせいで、荒野さんも苦労していることだろう。

 ここはちゃんと言葉で伝える事が大事だ!


「荒野さん、あたしは貴方が面倒くさい人だったとしても、良いと思いますよ!」

「ウッ……!!」


 あたしの言葉を聞いた荒野さんが胸を押さえて倒れてしまった。

 なんだろう、胸を打つとかそういった表現だろうか。


「いいんですよ、面倒くさい人でも。あたしはそんな荒野さんも魅力的だと思います!」

「オッ…ガ……アァ……ッ!」

「未来さん、そこまでにしてあげてください。これ以上はちょっと命に関わります」


 荒野さんが細かく痙攣しだしたところで、近衛さんからのストップが掛かってしまった。

 次はちゃんと全部伝えられるように頑張ろう!

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