第16話:夏休みと痛まなくなった古傷
小早川の裏切り…というか、裏切らなかったせいで東軍は敗北した。
敗軍の将というのはおこがましいか、東軍の兵卒は捕らえられて総大将の前に連れて来られた。
……兵卒だと首を切られて終わりなのだが、こちらの相手はむしろ首輪をつけてくるタイプである。
ワン! ワン!!
そんなこんなで夏休みである。
免許取得の為に教室を貸そうかと言われたけれど、たった四人の為にそこまでしてもらわなくてもいいと断った。
そう、四名である。
未来・九条・水無瀬・そして近衛さんの四人だ。
関が原という名の期末試験終了後に呼び出された時、理事長と色々なことを話した。
「御仕事をお願いするわけですから、やはり報酬は必要になりますよね」
「いいえ! 必要ないと思います! ボランティア精神で頑張らせていただきます!」
「あら、いけませんよ。未成年の子供を預かる責任ある御仕事なのですから」
この人は貸しを作ったら最後、返しきれない借りを背負わせてくる人に違いない。
首輪と一緒に重石がセットになってるタイプだ。
「そ、それなら三人の親御さんから頂くのが筋ではないでしょうか!」
「確かにその通りですね。それではその件につきましては皆様のご両親様とご相談するといいでしょう」
理事長が相変わらずのニコニコ顔である事から、どうやらこの展開を読んでいた、あるいはそうなるように流れを作っていたようだ。
ほんと何なのこの人、ホラー世界出身だって言われても納得できるよ。
「そうなると、我々からは何か別のものを用意しなければなりませんね」
あっ、そういう流れですか、むしろそっちがメインですか。
まずい…このままズルズル流されると逃げられない蟻地獄に引き込まれる。
何とかしてこの流れを変えなければならない!
「そうだ! 自分一人で女の子を三人を見るというのは厳しいと言わざるを得ません。ここは近衛さんの手をお借りしたいのですが、どうでしょうか!?」
自分の突拍子も無い発言により、近衛さんの顔が急変した。
ははぁ~ん…もしかして、夏休みに何かご予定でもおありでしたかなぁ~?
「確かにそうですね。それでは近衛さん、荒野さんのお手伝いをお願いいたします」
「北小路理事長!?」
「おや、駄目でしたか?」
「いえ……駄目というわけではありませんが…」
理事長に頼まれたら断れるはずもなく、苦虫を噛み潰したかのような顔をしながら了承してくれた。
ほら、だって俺たち…一緒に仕事をしたことがある仲間だろう?
「近衛さん、また一緒にお仕事ができて嬉しく思いますよ!」
「は、ははは…こちらこそ…ッ!」
そして握手を……二人の重い感情が込められた、コンクリートのように固い握手を交わした。
俺が逃げられないなら、そっちも絶対に逃がさないぞ☆
逃げるなら二人でだ。
……まるで愛の逃避行だが、たぶん好感度は飛ぶどころか底なし沼に沈んでいってると思う。
嗚呼、世知辛い。
ちなみにお給料についてだが、未来の親御さんからはお気持ちということで日給一万円を包むとのことだった。
女子生徒と一日一緒にいて一万円貰えるとか、ここはいつから男女逆転世界になったんだ?
むしろこっちがお金払わないといけないと思うんだけど。
水無瀬さんの親御さんには絶対に受け取れないと伝えてもらった。
ただでさえマンションがあんなことになってしまったのだ、こっちにお金を使う余裕があるなら暮らしを立て直す為に使ってほしい。
九条さんの親御さんからは、金額が空白の契約書が送られてきた。
金額欄を全て九で埋めるという頭悪いことを思いついたが、シャレにならないので日給八千円くらいにしておいて返送しておいた。
後日、返ってきた予備の契約書を見ると桁が一つ増やされていた。
つまり日給八万円。
最初の一万円と会わせると合計九万円である。
なんでこんなおかねもらえるの、ぼくこわい、あたまおかしくなっちゃう。
そうだ、別に自分一人で抱え込まなくてもいいじゃないか。
一緒に仕事する近衛さんがいるんだし、あっちにもいくらか渡せばいいか。
……成人した女性にお金を渡す男性の姿を想像する。
しかも後ろには女子生徒が三人いる状態だ。
自分が通行人でも警察に通報するレベルだよ!
売春どころか未成年への淫行罪とかもセットでついてくるよ!
ふと、実家の両親のことを思い出す。
そういえば上京してからあっちにほとんど戻っていなかった。
ここらで親孝行の一環として帰るのも悪くないかもしれない。
っていうか上京する際の費用を負担してもらったせいで、今でも電話でそのことをイジられたりしている。
利子と助走をつけて万札を叩き付けてよう、きっと気持ち良いはずだ。
まぁそんなこんながありつつも、自分達は雅典女学園の図書館に集まったのであった。
「では、問題です。どうしてここに集まったと思いますか?」
「はい! 外来異種駆除業者としての免許をとる為の勉強会です!」
元気よく手をあげて未来が答えてくれる。
元気があるのは素晴らしいことだ。
「はい正解! ということでテストを開始します」
「えぇっ!? 何も勉強してないですよ!」
「人生とは、そういった突発的な事故ばかりなのです。というわけで制限時間は十分でやるよ」
そう言って俺はパソコンで作ってコンビニでコピーしたテスト用紙を配る。
四人は突然のことで驚きながらも、テスト用紙に向かって真剣な顔で挑む。
訂正、近衛さんだけはいつも通りの顔だった。
というより何かを諦めたような顔にも見える。
こんな事に巻き込んでしまって本当に申し訳ないと思っている。
だけど俺たち…仲間だろう!?
仲間なら苦労を分かち合わないとね!
まぁ元々は俺だけの苦労だったんだけどね、日本にはおすそ分けって文化があるからね。
テストを始めてから三分、女子生徒三人組が挙動不審になる。
テスト用紙を何度もめくったり、悩んだり、問題文を何度も読み直したりと様々である。
「できました」
三人が頭を抱えている横で、近衛さんがテスト用紙をこちらに差し出してきた。
「うん、まぁいい時間だしここで終わりにしようか」
「あの! まだ見直しをしたいのですが!!」
自分の答えに不安なのか、九条さんがストップをかける。
「あぁ、大丈夫。たぶん全問正解してるから」
そう言って皆の用紙を回収し、一枚ずつ確認する。
不安そうな三人を横目に、近衛さんは呆れたような顔をしている。
まぁ茶番だと思うよね、あれだと。
「え~…それでは結果発表いたします。皆さん全問正解です、おめでとうございます!」
自分が拍手してお祝いするのだが、女子生徒三人組は顔をポカーンとさせている。
「あ、あんなのでいいんですか!?」
「ビックリしたでしょ? なんせ小学生でも分かるような常識だもんね」
そう、丁種免許を取るテストなら小学生でも合格できるのだ。
「あんな簡単な問題でいいんですか!?」
「いいんじゃない? 人手が足りてないし」
ぶっちゃけ選り好みして人がいなくなる方が問題だ。
なにせ駆除件数が減ればまた深度一のコロニーとかが出てきてしまうのだ、常識さえ持ってるなら誰でもウェルカムである。
…いや、仕事中の飲酒はダメって書かれてるのに酒飲んでる人もいたな。
そんな常識すら守れない業者がいるなら、今のこの業界への風当たりが厳しいのも仕方がないことだろう。
「まぁそういうわけで…区役所で手続きをしたらスグにテストが始まります。そしてその日の内に合格が決定して、数日後に免許が届く感じだね」
そこまで説明して女子生徒三人組からの視線に気付いた。
なんというか、サンタさんがいるかと思ったら実はパパとママがハッスルしてた場面を見たような顔をしていた。
分かるよ、免許の取得って特別感あるよね。
でも世の中そんなもんなの、特別なものなんてぜーんぶ誰かの手垢がついてるのよ。
「それで、これからどうするのですか?」
固まってしまった三人の代わりに近衛さんが質問を投げかける。
「今からテスト受けにいくのも野暮ですし、三人には今の内に夏休みの課題でも進めてもらおうかと」
その言葉を聞いた三人は残念そうな顔をする。
せっかく外来異種に関して何かできるかと思いきや、課題をやることになったら落ち込むのも無理ないか。
ここは自分が体を張って励ますしかない。
「うん、皆の気持ちもよく分かるよ。だから…ここは俺の体を好きにしていいから、それで納得してくれ!」
そう言って俺は地面に大の字になって倒れる。
さぁ! なんでもバッチこい!
「はぁ~…みっともないので止めてください」
そう言って近衛さんが自分の手を掴んで引き起こしてくれる。
あっ、優しい…好きになる……。
「皆さん。もしも暴漢などが迫ってきた場合は、こうやって相手の人差し指か小指を握って、曲げてはいけない方向に思いっきり曲げてください」
「イダダダダダ!!」
あろうことか、近衛さんは助け起こした手で自分の指をおかしな方向へ曲げようとした。
「イキナリなにするんですか!?」
「いえ、好きにしてくれといわれましたので、好きにしました」
確かに言ったけどさ!
自分がほしかったのはそういう痛いのじゃなくて!!
まぁ自分もちょっと悪ふざけしすぎたので反省する。
そんな自分を見かねたのか、未来がおずおずと手を挙げる。
「あの…それなら、夏休みの課題に外来異種についてのレポートを書きたいので、手伝ってもらえると嬉しいです」
「そのくらいなら全然いいよ。何から聞きたい?」
「ほんとですか!? じゃあちょっとメモを用意するので待っててください!」
そう言って三人はカバンを開けて道具などを取り出し始めた。
そんな三人をじっと見つめていると近衛さんの視線が自分の胸を刺して捻るようなものになっていたので、少しだけ席を外すことを伝えた。
ちゃ…ちゃうねん……撮影しなきゃ合法だと思ってたんよ……。
図書館の外に出て電話を掛けると、すぐに相手が出てくれた。
「もしもし、俺だけど」
『あんた…実家にオレオレ詐欺する犯人がいてどうすんのよ』
実家のオカンに電話をすると、昔と同じような調子で返事をしてくれた。
「実はさぁ、好きな子ができちゃって…その……監禁する為に十万円ほど都合してほしくて…」
あまりにも突拍子のない話だったのか、向こう側から息を呑む音が聞こえた。
『……東京じゃ人目が多い、トランクケースに詰めてこっちに連れておいで』
「アンタ親なら止めろよ!!」
『馬鹿いってんじゃないよ! あんたココでチャンスを逃がしたら一生独身だよ!?』
流石は我が母である、俺の事をよーく知っている。
『そういやあんた、お盆はこっちに帰ってくんのかい?』
「あー……夏はちょっと厳しいかなぁ」
なにせお嬢様方のお相手があるのだ。
お金を貰っている以上、そちらを優先せねばならない。
『生活が厳しいならこっちに戻っといでよ、仕事ならいくらでもあるよ?』
「仕事があることと、採用されることは別だから」
マジで嫌われてるからね、外来異種の駆除業者。
履歴書にも書かないほうがマシっていう書き込みを見た気がする。
「まぁ仕事は順調だし、十月くらいに一度帰るよ」
『あら珍しい! もしかして家賃を払えなくなるのが十月なのかい?』
「んなわけあるかぁ! 腰抜かすような通帳持っていくから楽しみに待ってろぉい!」
夏休み中はボーナスタイムなのだ、稼げるだけ稼……九条さんと未来の親御さんが困らない程度に貯金させてもらおう。
『はいはい、預金残高が子供のお小遣いになってるのを楽しみにしてるよ。…お父さーん、歩から電話だけど何か言う事あるー?』
しばらくしてから電話口の相手がオトンに変わる。
『ん…元気か?』
「まぁボチボチ。体が仕事道具みたいなもんだし」
久しぶりに声を聴いたが、変わった様子もなくて少しだけ安心した。
『帰ってくるのはいいが、借金こさえてたら追い返すからな』
「大丈夫、その時は連帯保証人を捕まえてくるから」
『お前…そんな友達いたのか?』
ウッ…心臓と肺が休暇申請を出してきた…!
そういえば男子高の連中は全員地元にいるから東京じゃ友達がいない。
『まぁいい。何かあったらいつでも戻ってこいよ』
「警察に捕まらない限りは、そっちまで逃げてみせるよ」
そう言って電話を切る。
切る直前にオカンの声が聞こえた気がするが、実家に帰ればいつでも聞けるので別にいいだろう。
電話を終えて図書館の中に戻ると、みんな準備万端で待っていた。
一番最初の質問者は九条さんらしい。
「それじゃあ早速お聞きしたいことがあります。丁種の駆除で気をつける事は何でしょうか?」
「ん~………外来異種で遊ばないことかな」
「あの…普通は外来異種で遊んだりはしないと思うのですけれども……」
そう言われても、丁種で死ぬような事件は滅多にない。
死んだとしても死んで当たり前のような事をしてたやつばっかりだ。
「勘違いしてる箇所があると思うけど、丁種の危険性は限りなく低い。だから一番下のランクになってるわけだからね」
丙種くらいなら指が無くなるとかそういう感じかな。
命の危機となると、一部の丙種と乙種以上くらいだ。
九条さんからがメモを取っている間に今度は水無瀬さんからの質問が飛んで来た。
「えっと、今までお仕事をされていて一番ビックリした事はなんですか?」
「……素手で乙種を駆除した先輩を見た時かな」
もちろん不破さんことである。
皮剥はまだ分かるのだが、閑寂鳥を絞め殺したのは流石にドン引きした。
水無瀬さんも同じシーンを思い出したのか、コクコクと頷いていた。
「じゃあ、荒野さんがこのお仕事を始めた理由って何ですか?」
「あれ…外来異種に関するレポートだよね? もしかして俺、外来異種だと思われてる?」
いや待てよ?
もしも俺が外来異種なら、この子達に手を出してもいいのでは?
……止めて置こう。
警察よりも怖い人が飛んでくる。
そういえば、コロニー化したマンションに入った後、この三人にスマホの探知アプリを使うことを忘れていた。
幸いにも本人だったからよかったものの、次からは忘れずに皮剥じゃないか調べなければ。
「あの、荒野さん?」
「ごめんごめん、仕事を始めた理由だったよね」
なんかわりとこの道しかないからこの仕事を始めたような気がする。
つまり、特別な理由がないというものだ。
いやいや何かあるはずだ…だって中学生の頃にはもう上京してこの仕事で食っていくことを考えていたはずである。
そうなると中学生よりも前の話、つまり小学生とかの頃か
必死に頭を抱えて思い出そうとすると、一つの出来事を思い出した。
それを喋ろうとして……止めた。
これを言っていいのだろうか?
落胆されるのではなかろうか。
……いや、それでいいはずだ。
俺は元々そういう人間なのだ。
今さらこの子達の前で取り繕ってどうしようというのだ。
「小さい頃、友達と一緒に学校から返ってる時に外来異種の肉達磨犬を見つけてね。それに手を出したせいで友達の指が三本無くなったよ」
「あ、その……外来異種が憎くて、このお仕事をするようになったんですか?」
「そんな高尚な理由だったらよかったんだけどね」
俺は一度だけ小さく深呼吸して、続きを話す。
「業者の人がそいつを駆除してお金を貰ったのを見て思ったんだよ、"羨ましい"ってね」
「う、羨ましいですか?」
「だって考えてみなよ。"悪い奴をぶっ殺してお金を貰う"んだよ、なんて気持ちよさそうな仕事なんだって思っても仕方ないよ」
しかも価値観が未成熟である子供の頃の出来事である。
まぁそれを直そうとせずに今まで生きてきた俺にも問題があるとは思うが、もはやどうしようもない。
そう考えれば、俺が今まで苦労し続けてきたのも当然の報いだと納得もできる。
「未来ちゃん、君は俺を立派な大人か何かだと期待していたかもしれないけど――――」
俺は息を吸い、ゆっくりと言い聞かせるように言葉を吐く。
「こんな仕事をしてる奴らは、だいたいこんな奴ばっかだよ」
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