第15話:小早川が裏切らなかった戦場
「持ち込まれた手荷物などは全てこちらで預からせていただきますが、お帰りの際にはお返しいたします。それではこちらゲストパスとなっているIDカードです」
「えっ、検査なしでいきなり全部預けることになってるんですか…?」
自分は今、雅典女学園に来ている。
何故かと問われれば、北小路理事長にお呼ばれしたからだ。
ち、違うんです理事長…ぼくが生徒さんを巻き込んだわけじゃないんです…!
「…荒野様を適切に対応させていただく場合、この方法が一番であると通達がきてますので」
待って??
なんか自分を危ない人みたいな扱いになってない???
……いや間違ってないか、正しい判断だったわ。
「担当の者が到着いたしましたので、あとはそちらの指示に従ってください」
警備棟の出口を見ると、軽く会釈をする近衛さんが見えた。
「あの…俺を危険人物扱いするのは当たり前だとは思いますけど、精査もせずに荷物を全部預かるのってどうかと思うんですけど」
近衛さんの後ろを歩きながらちょっとだけ苦言を呈する。
「銃を持たずにコロニー化されたマンションに入り、現場にあった道具だけで乙種を駆除された人が何か?」
それ口止めをお願いしたはずなんですけど、どのユダから聞いたんですかね。
鳴神くんか、鳴神くんだな、それが一番だから鳴神くんがユダということにしておこう。
覚悟しておけよ裏切り者め!
俺だってお金を出したら期間限定で恋人を作れるんだぞバーカ、バーカ!
取り敢えず鳴神くんへの復讐を決意している間に何度も訪れた理事長室に到着してしまった。
近衛さんが扉を控えめにノックをする。
「はい、どうぞ」
「俺はまだです」
正直、中に外来異種がいる方がまだ楽だった。
だって逃げてもいいんだもん。
だけどここで逃げたら後でもっと大変なことになる人が中で待ってる。
しかも女性だよ、やったね!
やったじゃないよ、"やらかした"だよ。
そんな感じで廊下でグダグダしている自分に業を煮やしたのか、近衛さんが俺の手首を掴んで中に引っ張り込む。
あーやめてください!
女の人が男の人を無理やりなんていけません!
そんな自分の心の中の訴えなど届くはずもなく、無理やり長椅子に座らせられる。
「あらあら、御久し振りですね荒野さん。お元気そうで嬉しく思います」
「ありがとうございます。でも、元気というか緊張しっぱなしで心臓が過重労働してます」
この心の鼓動…もしかして、これが恋!?
心臓が高鳴っているのに心が躍るどころか氷河のように凍てついているんですけどね。
「まるで運命ですね。わたくしも、少し心が落ち着かない気がします」
あ~、それは不整脈ですね~~!
ちょっと今すぐ病院に行ってきた方がいいですね~~~!!
「それにしても災難でしたね。あんなくだらないことが切っ掛けで生物災害が発生するだなんて、生きた心地がしなかったでしょう?」
えっ、なんで知ってるの。
それまだニュースにもなってないはずなんですけど。
「あら、これはまだ秘密でしたね。荒野さんは知っていますから、もう喋っていいと思い違いしてしまいましたわ」
もうやだあああああ!!
この人こわあああいい!!!!
自分が生物災害区域にいたことについては見た人がいるからまだ分かるよ?
だけどなんでブンさんみたいな偉い人しか知らない情報を知ってるの!?
しかもどうしてそれを俺が知ってるってことを把握してるの!?
「うふふ、荒野さんのお顔は本当に素直ですね」
「悪いとかヒドイとかなら言われたことありますけど、素直って言われたのは初めてですねぇ…」
顔…そうか、顔からバレたのか!
本来なら知らないはずの情報だったのだから、こちらは怪訝な顔をすべきだった。
なのに固まってしまったから、こっちも知ってると思われたわけか。
あーよかった、だから俺が知ってるってことを把握してたんですね。
……でも、そもそもの情報をどこから入手したのだろうか?
ダメだやっぱ良い人ではあるんだけど同じくらいに怖いよこの人!
「さて、それでは本題をお話しましょうか。お察ししているかもしれませんが、九条さん・水無瀬さん・未来さんについてです」
「あの三人から直談判されたんですか…」
特に九条さんはかなりのお嬢様っぽい、理事長といえども忙しいという一言であしらうわけにもいかないのだろう。
「できる人に任せる人が大事ということを仰ってたみたいですね。わたくしもそう思います」
未来お嬢様!!
確かにそういうこと言ったけどさ!!
こういう場面で使わなくてもいいじゃない!!
「先ず誤解がありそうなので、簡単に説明いたします。学園としてはあまり危ないことをしてほしくありません。ですが、見識を深めるという意味では理解できる側面もあります」
「見識を深めるというのなら、別に本とかインターネットでもいいと思うんですが」
わざわざ現場に出てくる必要なんてないはずだ。
そりゃあ普通の学生ならバイトがてらに安全な丁種の駆除ってのも考えられるが、ここに通う学生には似合わない。
「例えば本で"この動物に噛まれることは危険です"と書かれていたとしましょう。我々はその危険をどれくらい危険だと認識できるでしょうか?」
確かにそう言われればそうだ。
子供の頃、親に危ないから止めろと言われた事を俺とか友達は止めようとしなかった。
失敗したり痛い目を見てから止めるようになった、そう学習したからだ
「我々は身近に潜む外来異種という危機について無知です。ただ他人に任せて何も知ろうとしておりません。そういう方が多いという事はそれが普通の事であり、悪い事とは言いにくいでしょう」
まぁそれもそうだろう。
自分だって知らないことが多いし、知ろうとしないことだって沢山ある。
税金関連とか未だに分からないことだらけだし。
「彼女達は、その無知を克服しようとしております。それを支えて導くことこそ、大人と教育者としての使命だとわたくしは考えております」
「はい、その通りだと思います。ですが…彼女達だけが免許を取って現場に向かうというのは、あまりに危険だと思いませんか?」
何故だろう、背中がゾワっとした気がする。
何か言葉でも間違えてしまっただろうか。
「我々の考えに賛同していただき、嬉しく思います。だからこそ、信用できる御方に彼女達をお任せすべきですね」
そう言って理事長がこちらを顔をじっくりと見てニッコリと笑っている。
……いやいやいや、いやいやいやいや!!
「え…冗談ですよね?」
「そんなことありませんよ。フィフス・ブルームに勤めてらっしゃる鳴神さん、そして卒業生の天月さんも貴方の事を推薦しておりました」
おいいいいい!
天月さんはまだ分かるけど、イケメンの方!
お前ほんとそういうとこだぞ!!
「ッスゥー……え~と、大変光栄なことだとは重々に理解してはいますが…突然のお話ですので、ちょっと返答については保留させていただければと…」
「ああ、ご安心ください。荒野さんの気持ちもよくお分かりになります」
嘘だ!
分かってたら絶対にこんなところに呼んだりしないはずだ!
「今回の一件について、あの三人には条件を付け加えております」
そう言って理事長が指を二つ立てる。
「他の事が疎かになる可能性がある為、外来異種に関わるのはあくまで夏休みの間のみといたしました」
つまり、長くても一ヶ月か二ヶ月ということになる。
それならまぁ安全か…?
「もう一つは、学生の本分は学業であること。次の期末試験で、どれか一科目でも平均点を超えなかった者がいた場合は諦めるよう約束いたしました」
なるほど、確かに勉強を理由にするのならあちらも強く言えないだろう。
しかも誰か一人でも平均点をとれなければ諦めるという条件も良い。
なにせお嬢様学校だ、平均点もさぞ高いものになることだろう。
つまり…理事長は表側では賛同しているものの、実際には失敗してほしいと願って動いているということだ!
「そうそう…これは独り言なのですが、三人は立て続けに災難に襲われたせいか、少し成績が落ちているらしいですよ」
「ああ~、あんなことが立て続けに起こったわけですからねぇ~! 仕方がないですよねぇ~!」
確信した!
理事長は俺の味方だった、俺の気持ちを本当に分かってくれていた!
自分に話を通したのも、あくまで賛同しているという建前を崩さないようにする為のもの。
実際は俺の気持ちを汲んでいるし、失敗するように動いてくれている!
「もしもの時も考えて、近衛さんにも協力してもらおうと思っております。いいですね?」
「はい、任せてください」
しかも、しかもだ、近衛さんまで味方になってくれている!
完璧な布陣だ、負けるわけがない!
さながら関が原の東軍のような布陣だ!
「…といった感じでしょうが、荒野さんからは何かご質問などはございますか?」
「いえ、大丈夫です。理事長におかれましては苦しい決断だったかと思われますが、これで良かったんだと思います」
うんうん、学生の本分は学業だもんね、仕方がないよね。
いやー残念だなー!
雅典女学園の生徒と一緒にお仕事できるかと思ったけど、成績が落ちてるならそっちを優先しないといけないよねー!
「では、お話はここまでとなります。もしも条件が達成された場合はよろしくお願いしますね。あぁ、このままお帰りになられるのも失礼ですし、食堂で何かごちそうになられてください」
「はい、ありがとうございます。ごちそうになります」
……ん?
今、何かおかしな台詞が入ってなかったか?
いやいや気のせいだろう、それよりもここの料理はとても美味しい。
飯と一緒にデザートも食べてから帰ることにしよう。
いやータダ飯が食えてラッキーだ!
二週間後、俺は再び雅典女学園に招かれた。
どうも結果を報告する為らしいが、それなら電話でもいいのではなかろうか。
まぁまたタダ飯が食えるなら別にいいか。
今度は前に食べられなかったフレンチとかいう異世界の食べ物にでも挑戦してみよう。
「荒野さん、あたし達がんばりました!」
IDカードを渡されて外に出ると、喜々とした顔でテストの答案用紙を掲げる未来がいた。
他にも九条さんと水無瀬さんもいるが、どちらも明るい顔をしている。
「えっと……平均点、とれちゃった?」
「はい! 近衛さんも勉強を見てくれたおかげで、とってもいい成績がとれました!」
俺は反射的に隣の近衛さんに顔を向ける。
何故! どうして裏切ったんですか!?
「貴方、最初から私が味方だと思っていたんですか?」
「ああああああああああ!!」
近衛さんの肩を掴んで迫るものの、それ以上の言葉は喉から出てこなかった。
「ちなみに、北小路理事長も織り込み済みです。そもそも…貴方と学園生三人、どっちを味方するかなんて決まりきってるじゃないですか」
何も言えなくなった。
そうだよね、そっちを味方するよね、俺だってそう聞かれたらそう答える。
そうか…負けたのか……。
小早川が裏切らなかったから…東軍は負けてしまったのか……。
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