第14話:生きるのが下手な生き残り
ブンさんからの電話が来た後、俺は皆に今生の別れを告げて区役所に向かった。
もうすぐ夏なのでまだ日は落ちていないのだが、公務員の人は仕事を片付けて帰るような時間になってしまった。
そして区役所の裏口からこっそり入ろうとしたが、自分の行動を読んでいたブンさんがそこで待ち構えていた。
「あれぇ、荒野くぅ~ん? お仕事の後なのに、いい匂いするね~~~?」
「み…身だしなみに気をつかってまして……」
ほ…本当なんです……。
鳴神くんみたいにイケメンになる為に、これから自分を変えるんです……。
さしあたっては、明日から色々と頑張るつもりなんです……。
「身だしなみの前に、先ずは体型をなんとかした方がいいじゃない?」
「俺がモテないのは太ってるからじゃないです。もっと色々な所が駄目だからです!」
「それは自信満々に言うところじゃないよ」
まったくである。
分かってる…分かってるけど、どうしようもないんです……!
正確にはどうにかしようというやる気が湧いてこないからだけど。
これ以上時間をとらせてしまうのも申し訳ないので、今まであったことをブンさんに説明する。
最初は何度も深く頷いてこちらの話を聞いていてくれたのだが、中盤からは怪訝な顔やらなにやら百面相になっていた。
まぁ最後の方は笑顔になってくれたのでよしとしよう。
嘘だ、あの笑顔は偽りの仮面だ。
たぶん内なる怒りを必死に抑えようとした結果、笑っているように見えているとかそういうのに違いない。
とはいえ、その顔もずっと続くこともなく、最終的に呆れたようにため息をついていつものような苦労性の顔に戻っていった。
「まったくキミはねぇ…マーカーの場所に清掃業者が向かったらキミの残した道具と死骸しか残ってなかったから何かトラブルに巻き込まれたと思って心配してたってのに、まさか呑気にお風呂に入ってるとかさぁ……」
「はい…はい……すいませんでした…もう全面的に自分が悪かったです、はい……」
これについては本当に謝ることしかできない。
せめて電話一本で連絡すればそれでよかったのに、それを忘れたせいで色々な人に迷惑を掛けてしまった。
しかも別の区で生物災害があったのだ、こちらにも急な仕事が入っていることだろう。
「はぁ~………まぁ無事だったからいいけどね。あとで荷物を回収してくれた清掃業者さんにもお礼を言っといてね」
「分かりました、山吹色のお菓子を差し入れに持っていきます」
モナカとかでいいだろうか。
あ、なんか食いたくなって来たから帰りにたい焼きでも買おう。
「待ちなさい、本題はこれからだよ」
そそくさと帰ろうとしたら肩を掴まれて引き戻された。
ですよね、そう簡単に帰してくれるはずないですよね。
「まったくも~……どうして丁種免許なのに生物災害区域に入っちゃうかなぁ…。だから私は前から免許を更新しなさいって言ってたのにさぁ……」
「ちなみに…罰金とかになります?」
違反については様々な罰則が設けられている。
なにせ外来異種駆除の業者になって乙種以上の免許か会社に属することで銃の利用が可能となる。
それを目的に会社を作り、銃器や弾薬を横流しした阿呆がいたせいで罰則が一段と厳しくなっている。
「キミの場合は事情が事情だし、免許の取り消しとかにはならないだろうけど、それでもねぇ……」
まぁ規則は規則だ、仕方がない。
規則を破って何かを成し遂げてそれが不問になったとしたら、誰も彼もが規則を破るようになってしまう。
良い事をしたならばそれについては称賛される。
けれども、規則を破った点については罰則はあるべきだ。
責任を負わずして結果だけを得ようとするのはよろしくない。
「ま、何とかなるんだけどね」
「えっ! 今からでも入れる保険があるんですか!?」
「そんな保険ないよ。っていうかキミ、保険入ってる?」
そんなものにお金を払う余裕があるなら貯蓄します。
まぁ貯めたところで簡単な駆除のお仕事がなかったらスグに切り崩すことになるんですけど。
「ここに免許更新の申し込み用紙があります。キミがここにサインするだけで全てが丸く収まるってわけさ」
ブンさんが見せてくれたのは、丙種への免許更新申し込み用紙である。
まるで家に帰ったら同棲五年目の彼女が豪勢な料理を作っていて、"おっ、今日なにか良い事あったのかな?"って思ったら机に婚姻届が置いてあったような心境だ。
いや、彼氏彼女の暮らしとか全然知らないけど。
なんなら女の人に告白したことすらないけど。
「ブンさん、免許の更新ってサイン書いたらすぐに発効されるんですか?」
「普通は無理だね。免許更新用紙を出した後にその人についての審査をやって、それで問題が無ければ免許を発効する手続きをとるんだし」
ならばどうしてこんなものを出してきたのだろうか。
"これからお金に困るだろうから、今の内にお金を稼げるように上の免許を取りましょうね!"とか、そういう意図があったりするのだろうか。
「ここでサインしても免許が届くのは早くても来週だろうね。ただ、私が処理したら実効力だけはスグに持たせられるんだよ」
「実効力だけ?」
「キミは何年もこの業界で働いてるから実績はある。私はそれを信用して審査の過程を飛ばして処理する。これで免許はまだだけど、実質丙種免許持ちの業者として登録されるってやつさ」
おぉ…なんというか、規則の穴を上手くついたような裏技である。
ただ、いくつか不安な点が残っている。
「今サインしたところで、意味なくないですか?」
そう、自分がここでサインしたところで、災害区域に入った後なのだ。
今さら丙種と同等の権限を貰ったところでどうしようもない気がする。
「あぁ、それについては私が午前中に処理を忘れてたってことにするよ。これくらいなら頭を下げるだけで何とかなるからね」
それを聞いても、どうにもモヤモヤした感情があり、唸ってしまう。
「いやいや、悩むことないでしょ!? キミは罰則を受けない、それどころか危険手当も出る。しかも現場で乙種を駆除したのならその分のお金も手に入る。サインするしかないでしょ!?」
「すいません、ブンさん。なんか詐欺師の押し売りみたいに聞こえるんでもうちょっと抑えてもらえませんか」
「あっ、そうか。乙種免許に更新したいんだね?」
俺は思いっきり首を横に振って否定する。
今回は立地と状況と運がよかったから何とかなったが、あんなのを駆除してたら一週間もしないうちにエサになるのがオチだ。
呼吸を落ち着かせて冷静に考える。
今までのこと、そして将来のことを。
それらを含めて考えた結果、答えを出す。
「すいません、サインは止めておきます。罰則は甘んじて受けますので……」
「ええええっ!?」
ブンさんと同じくらいに自分も今の判断がおかしいとは思っている。
罰則が無くなる、お金も貰える、得しかないのにサインしないと言うのだから。
けど、それにサインしてしまえば何も悪くないブンさんに泥を被せることになる。
これがこっちを利用する気満々の人だったらこっちも利用してやろうと思うところだが、この人は違う。
自分が一人で仕事してきた時からの付き合いで、何度も相談したことがある良い人だ。
だからこそ、そんな人に自分の罰則と責任を背負わせたくない。
自分が悪いのだ、自分が罰せられて然るべきなのだ。
覚悟してる俺の顔を見て色々と察したのか、ブンさんは深いため息をつく。
「あーもー分かった! キミは河川側で仕事してる最中に腹痛でいなくなってた! だから電話にも出られなかったし、道具も放り出してた! だからキミは生物災害区域には行ってない、誰かが見てたとしてもそれは別人! はい、これで決定!!」
自分が何かを言う間もなくブンさんがまくし立てる。
危険手当やら何やらは無いものの、これで罰則なども失くしてチャラにしようということらしい。
「そうですね、そういうことで。ありがとうございます」
「はぁ~……キミって、本当に生きるのが下手だよねぇ…」
知ってる。
もっと器用に生きてたら、こんな仕事してないっす。
「それじゃあ預かってた荷物を渡すからこっち来て」
そしてブンさんの後をついていって区役所に入ると、職員の人たちが慌しく働いているのが見える。
もう閉まっている時間だというのに、公務員の人達は大変だ。
「そうそう…今回の生物災害なんだけどね、原因がもの凄い馬鹿らしい内容なんだよ」
ブンさんが"私が言ってたってことは内緒でね"と付け加えたあと、説明をし始める。
「外来異種の銅蝿(どうばえ)は知ってる? ハエみたいに小さくて、体を擦ると銅粉が出てくるって奴なんだけど」
全く危険じゃないから丁種だったはずだ。
あれがどう関係しているのだろうか?
「どっかの馬鹿が、銅蝿を集めたら銅粉を無限に集められるからこれでお金儲けしようって考えててね」
「アホじゃないですか」
「沢山集めてそれを運んでる最中に車で事故って、そのせいで脱走。そしたら外来異種を養殖して駆除することで不正に駆除と支援金を儲けてた会社の倉庫に逃げ込んでね」
おっと、話の流れがなんだか嫌な方向に向かってる気がしてきたぞ~?
「そこにいた人がパニックになったせいで、そこにいた外来異種も脱走。各地に逃げて、さらに近場の外来異種も集まって増えていって、各所でコロニー化が発生ってね」
「ピタゴラスイッチしてどうするんすか」
あの大惨事が研究所から外来異種が逃げてきたとか、どこかに潜んでいたとかで起きたのならまだ納得できるけど、そんな目的も理由もしょっぱいせいで起きたとか、開いた口が塞がらない。
「しかも、銅蝿一匹から取れる銅粉の量なんて高が知れてるでしょ。千匹集めたって平日の賽銭箱よりも少ないよ。しかも維持するのにもお金が掛かるんだし、やればやるだけ赤字が増えるだけってね」
「馬鹿馬鹿しすぎる」
「だから言ったじゃない、馬鹿らしいって」
せめて一攫千金を狙って失敗したってのならまだ理解できるけど、やればやるだけ赤字になることを失敗した奴が引き金になってこんなことになったとか、クソッタレすぎる。
まぁ不正受給してた会社も潰れるだろうし、少しだけ世の中がキレイになったと思うことにしよう。
「はい、それじゃあこれキミの荷物ね。あぁ、キミは銭湯に行けていいよねぇ……私らは今日そんな暇なさそうだよ」
「いつもご苦労様です。じゃあ俺はこれで…」
一生懸命に働く職員の皆様に一礼をして、区役所を後にする。
スマホを見ると見覚えのある番号から一件の不在着信があった。
……まさか、また何かあったとかじゃないよね? ねぇ??
嫌な予感を感じながらも電話すると、すぐに元気そうな声が聞こえてきた。
「もしもし。そっちで何かあった?」
「いえ、お母さんが迎えに来てくれたので大丈夫です。ちゃんとしたお礼がまだだったので、お電話させていただいたんですけど…お忙しかったですか?」
心配そうにこちらを気遣う未来ちゃんの優しさが身に染みる。
世界がこのくらい優しかったらいいのに…。
「いやいや、こっちは大丈夫だよ。ちょっと仕事道具を取りに戻っただけだからね」
「そうですか、いきなり別れたので何かあったのかと思って…。あ、荒野さん。また助けてもらって本当にありがとうございました」
待てよ…はたして世界はこんなにも俺に優しかったか?
もしかして電話の向こうにいる未来ちゃんは偽物で、実は外来異種の皮剥だったりしないか…?
「あの…実は荒野さんにお願いがあるんです」
電話越しでも分かるくらいに相手が緊張しているのが分かる。
こんな状況でお願い事といえば……よし分かった、偽者だな!
この俺を騙せると思うなよ!
これと同じような展開なんて、ゲームの中で何十回も体験してきたんだからな!!
「外来異種を駆除する為の免許を取る為に、荒野さんのアドバイスがほしくて」
そっかぁ~…免許がほしいのかぁ~……。
「パパとママが悲しむから止めておきなさい」
そう言って電話を切る。
学生なんだからちょっと刺激的なことをしてみたい気持ちがあるんだよね、分かるよ。
でもね……あんなクソッタレな職場で得られるものは何もありません。
はいここでこの話終わり、終了!
みんな家に帰って大人しく寝ましょう!!
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