第13話:ウルトラ銭湯というものは都内に存在しない

 行かないでくれと女の子に嘆願されながらも、俺は彼女達を振り切って走ってしまった。

 そして自販機の前でお嬢様に飲ませてもいいものは何かが分からず、立ち尽くしてしまった。

 こんなことなら彼女達に聞いておけばよかった、一緒に来ればよかった。

 俺は、また失敗してしまった……。


 そんなこんなでまだお嬢様が飲んでも許されそうなラインナップの飲み物をいくつか買って戻ってみると、不破さんと鳴神さんが戻ってきていた。


「よぉ、白馬の王子様のお戻りだな」


 そう言って不破さんが自分の持っていた飲み物の一つを取って飲み干した。

 念のためにいくつか買っておいて正解だった。


「それで、鳴神くんはもうお仕事いいの?」

「はい。乙種以上の外来異種はもういないですし、あとは他の人が任せてくれと言われました」


 俺は全部一人でやらないといけないのに、なんて羨ましいんだ。

 まぁだからといって駆除業者の会社に入ろうとは思わない、また無茶振りされたら今度こそ死ぬ。


「ヨォッシ! そんじゃあスーパー銭湯にでも行くか!」


 そう言って不破さんが逃がさないと言わんばかりに肩を組んできた。

 そういえばスーパー銭湯おごってくれるとか言ってたけど、まさか今すぐだとは思わなかった。


「スーパー銭湯?」


 初めて聞く単語なのか、九条さんが不思議そうな顔をしている。

 まぁガーネットチェリーの詰め合わせを贈る家庭だし、馴染みがなくても不思議ではない。


「スーパーがあるってことは、ウルトラ銭湯とかもあるんですか?」


 未来ちゃん、新しい施設を作り出さないでくれ。

 僕みたいな小市民は三分間しか湯船に浸かれないとか、そういうお金持ち専用の銭湯なのか?


「私、知ってます! 温泉ですよね!」


 違う、それは違うぞ水無瀬さん。

 いや温泉がある場所もあるだろうけど、多分キミが想像しているやつではないはずだ。


「ねぇ鳴神くん。鳴神くんはスーパー銭湯って知ってる?」

「行ったことはないけど、知ってますよ。牧さんは興味ありますか?」


 天月さんもお嬢様学校の卒業生だから知らないのは無理はない。

 それにしても、鳴神くんが行ったことがないというのは意外だった。

 もしかして貧乏家庭とかだったのだろうか。


「オイオイ箱入り娘さん達かよ。そんなら、皆で仲良く風呂に入りに行くか?」

「ちょっ…ちょっと不破さん!?」


 俺は不破さんを後ろに引っ張って小声で話す。


「不破さん、あっちの子達は雅典女学園のお嬢様ですよ。お嬢様をスーパー銭湯に連れて行くって、まずくないですか?」

「ああ? 何がマズイんだよ、お嬢様だって風呂には入るだろうが」


 え…いや…うん……そうなんだけど、そうじゃないんですよ!

 うまく言語化できない何かをなんとか喉から出そうとするが、まったく出てきそうになかった。



 そんなこんなで不破さんのバンに皆が乗り込んだ状態でスーパー銭湯に向かうことになる。

 運転手は不破さん、助手席には天月さん、後部座席には未来・九条さん、水無瀬さん。

 そして自分と鳴神くんはさらに後ろの荷物置き場にいる。

 ちなみに寂しくないようにという取り計らいなのか、不破さんが絞め殺して折り畳まれた閑寂鳥も一緒だ。

 ……いやいやいや!

 なんでこんなのとセットにされるの!?


「不破さん、こいつどうにかならなっかったんですか!? なんかちょっと死臭がしてる気がするんですけど!!」

「しょうがねぇだろ。会社のやつが帰るなら自分で運べって言ってきたんだからよ」


 一応、専用の大きな袋のおかげで汚れる心配はない。

 だからといって平気というわけではない!


「あの、こっち詰めましょうか? そしたら座れるかもしれないですよ」


 そういって三人は両端に寄り、真ん中に隙間を作ってくれる。


「ありがとう。でも宗教上の理由で女性の間に挟まると死ぬんだ、ごめんね」

「荒野さん、それ宗教じゃないと思いますよ」


 嘘だ、SNSでもよくそれでリンチされてる人を見てるぞ。

 それにオセロだって挟まれたら裏返されるじゃないか。

 いや、あれは同じ色になるわけだから、自分もお嬢様になってしまうのか…?


「よし、それじゃあ九条さんの上に水無瀬さんが座る。そして空いたスペースに鳴神くんが座って、その上に俺が座ろう」

「あの…体型的に逆じゃないですか?」


 おっ、それライン超えたぞ。


「それは、俺のことを太ってるって言ってる?」

「いやいや、別にそんなこと思ってませんよ!」

「太ってるよ、俺だってそう思ってるよ! そういう風に気遣われる方がキツイんだよ!!」

「なんだこの人めんどくさいぞ!?」


 俺は自分が太っていることを受け入れているんだ。

 それをなんかこう、哀れまれると心にささくれができるんだよチクショウ!


 車に揺られたせいで外来異種の死骸がバランスを崩す。

 そのせいで鳴神くんと不意に接触してしまう。


「荒野さん…なんか変な匂いがしませんか?」


 だろうね!

 なにせさっきまで死ぬかと思うくらいに働いてたからね!!


「仕事上、こういうこともよくありますからね。自分のスプレーでよかったら使いますか?」

「やめとけ、もったいない。もうすぐ風呂なんだからそれまで我慢してろ。そもそも、そいつがスプレー使うってツラかよ」 


 不破さんからの正論が突き刺さる。

 まぁ整髪料とか制汗スプレーとか使ったことないけどさ。

 なんだよ洗顔料って、猫は水で顔洗ってるぞ。

 いやまぁ自分はネコじゃないけどね、うん、違うよ。



 車で揺られること数十分、都内のスーパー銭湯に到着した。

 ここはもうスマホが使える区域なので、三人にご両親に迎えに来てもらうよう連絡してもらう。

 まぁお風呂に入る時間もあるので、一時間後までは自由時間だ。


 受付で不破さんが回数券を使ってまとめて支払いをしている間にお嬢様方に百円玉を渡す。

 突然渡された百円玉を見て、三人がきょとんとした顔をする。


「荒野さん、どうして百円が必要なんですか?」

「あとで必要になるんだよ」


 俺は菩薩のような笑顔で彼女達の疑問をはぐらかした。

 多分、生涯でお嬢様に知識マウントをとれるところはここしかない。

 湯船の前にこの安っぽい優越感に浸ることにしよう。


「女子生徒にお金を握らせる現場…通報しないと……」

「待て、待ってくれ…後生だからそれだけは…!」


 ここでまさかの鳴神くんによる奇襲が刺さった。

 新聞の見出しで"お嬢様に百円玉を渡す不審者!"とか、みっともなさすぎて死ぬぞ。

 いや、そもそもお金で何かしようとしていたと見られただけで死刑判決ものではあるけれど。


「ほら、貸し出し用のタオルだ。帰るときに鍵と一緒に受付に返せばいいぞ」


 鳴神くんに脅迫されてこの肢体を要求される前に不破さんが戻ってきた。


「ふぅ…風呂に入る前に穢されるところだった」

「まるで人が変な要求をするかのように言うの止めてもらっていいですか」


 大丈夫、分かってるよ。

 彼女さんもいるしそういう事にしておきたいんだよね、分かるよ。



 さて、流石に女性陣についていって"大丈夫? お洋服ちゃんと脱げる?"とかやったらお風呂どころか地獄の釜で煮られるので別れる。

 まぁ天月さんもいるからあっちは大丈夫だろう。

 そんなこんなでいざ大浴場!

 不破さんはさっさと先に行ってしまったので、自分が鳴神くんと一緒になることに。

 別に難しいルールとかはないから途中で別れればいいだろうと思っていたのだが、何故かあちこち見回している。

 やはり初めての場所だから興奮しているのだろうか。


「荒野さん、オレらの場所はどこですか?」

「……それは、哲学的な意味で?」


 自分の居場所を見失った若者なのだろうか。

 我思う、故に我在りでいいと思うのだけど。

 

「いえ、この腕につけたバンドに数字が割り振られているじゃないですか。これは個別のスペースの場所を示しているんですよね?」


 そんなわけあるか。

 バイキング方式だから好きに座って好きに風呂に入ればいいだけだよ。


「念のために聞くけど、スーパー銭湯がどういう場所か知ってる?」

「家に浴槽がない人の為にある大規模施設ですよね。オレは実家にも風呂があったので利用したことないですけど」


 そっかぁ~…そこからかぁ~……。

 天月さんもそうだけど、鳴神くんもちょっと世間とズレちゃってる。

 このまま放っておいたらずっとその辺をフラフラしてそうなので銭湯について説明する。

 体と頭を洗う場所は決まってるから好きな場所に座るということ。

 風呂はどれに入ってもいいということ。

 女風呂には入っちゃいけないし覗いてもいけないということ、これは知ってると言われた。


 風呂に入る前に先ずは体を洗うということで、イスと風呂桶を持って隣同士に座る。


「荒野さん、このボディシャンプーは勝手に使っていいんですか?」

「じゃんじゃん使って大丈夫だよ。飲んだりしないようにね」

「飲みませんよ! オレを子供か何かだと思ってませんか!?」


 いやぁ、スーパー銭湯に初めて来たのなら子供扱いでもいいと思うけど。

 そしてしばらくは無言で互いに体と髪を洗う。

 こちらはサクっと終わったのだが、鳴神くんの方は肩よりも長い髪があるので時間が掛かっている。


「なんでそんなに髪長いの? イケメン主張してるの?」

「いや、別にそういう主義主張はないですけど…牧さんが長い髪が好きってことで伸ばしてるんです」


 ふぅ~ん、彼女の好みなのか。

 ふぅ~~~~~んんん!!


「あたいは、髪の短い鳴神くんのことも好きだよ」

「え、あ、はい。変な意味じゃないですよね…?」


 髪を洗っている鳴神くんの下半身を覗き見る。


「そういうところも好きだぞ☆」

「止めてくださいよそういうのホント! どこ見て言ってんですか!?」

「えっ、チン――――」


 髪についていた泡を飛ばされて口を塞がれた。

 流石にド直球すぎるネタはアウトか。

 

「そういえば新世代らしいけど、君はどういう能力を持ってるの?」

「いきなり普通の話題に変えるの止めてもらっていいっすか」

「ならさっきの話題続けた方がいい? 鳴神くんのムッツリだね」

「分かりましたよ! オレのは超能力というか、念動力です」


 いわゆるサイコキネシスと言われるものか。

 それにしては剣を飛ばしたりとかそういうのはなさそうだったが。


「射程距離が限られていて、基本的にオレ自身と触れているものにしか作用しないんです」


 そう言って鳴神くんは手についた大きな泡を手を動かさないまま高く飛ばし、その泡はそのまま落ちてしまった。


「足で使えば高く跳ぶこともできますし、着地の衝撃も和らげられます。3階までなら試したことありますね」

「なるほど…その力のおかげでモテるようになったと……」

「いや、別にモテてはいないですけど」


 嘘つけ、彼女いるじゃないか!

 それでモテてないとか謙遜されたら俺はどうなる!?

 どうにもならないな、このまま死ぬしかない。

 よっしゃぁ、死ぬまで生きてやるかぁ!!


 そんなこんなで健全なる裸の付き合いをしつつ、途中で不破さんと合流して風呂からあがる。

 そうするとタイミングよく女性陣の方も待ち合わせ場所にやってきた。


「荒野さん、荒野さん! 百円玉を入れて鍵をかけたのに、鍵を開けたら返ってきました!」

「うんうん、すごいよねー」


 未来がいい感じにテンションが上っていた。

 少なくとも、マンションの中で見た泣き顔の面影はどこにも見えなかった。


「どうして百円で鍵をかけて、それが返ってくるんでしょう? 別に普通の有料ロッカーでもいいのでは…?」

「ふっふっふっ、それはその百円でジュースを買わせようとする為だよ」


 そう言って自販機の場所に向かい、コーヒー牛乳を買おうとする。

 値札には百十円の値札が書かれていた。


「これだから都会は!!」


 ウチの地元だったら百円だった。

 都会はどうしてこういうところも値上げするのか、搾取だ搾取!


「十円くらいでガタガタ言うなよ」

「分かってますけど、なんか損した気がするんですよ」


 仕方がないので三人組には新たに十円を支給することになった。

 途中、鳴神くんがスマホでこちらを撮影してきた気がする。

 やっぱり俺の体を狙ってるんだ……。


「…で、荒野さんはコーヒー牛乳ですか。太りますよ」

「知らないのかな? 牛乳の甘さをコーヒーの苦さで打ち消してるからカロリーゼロだ」


 もちろんそんなわけがない。

 太ると分かってても、自分のような体型で生きている人間には糖分が必要なのだ。

 太る前から摂取していたせいでこうなったので、一種の合法ドラッグといっても差し支えないかもしれない。


 コーヒー牛乳を飲みながら広間にあるテレビを見ていると、今回の生物災害に関するニュースをやっていた。

 野党は他の国のように自衛隊でも何でも使って住民を救助すべきだと主張しているようだった。


 それを見て、九条さんがポツリと疑問を呟く。


「自衛隊……出動できるようになるでしょうか」


 あの現場を見たからこそ、思うところもあるのだろう。

 あそこはまだマシな現場だったが、ヤバイところはもっとヒドイことになってる。


「無理だな」

「無理だねぇ」


 自分と不破さんの台詞が被ってしまった。

 やはりというか、不破さんも同じ意見だったらしい。


「ど、どうしてですか?」

「そもそもこのクソ野党、前は外来異種ごときに自衛隊を派遣するなんて税金の無駄とか言ってたぞ。言ってることがコロコロ変わりすぎだろ」


 うむ、行政と業者で何とかできているのだから必要ないとか言ってた気がする。

 その結果、業者の死傷者数もそれなりにあるのだが、TVでは民間人の数しか報道されていない。


「それに、自衛隊を出すってことは街中で銃を撃つってことになるよね。それを野党とか反戦とか言ってる人が黙ってるとは思えないんだよねぇ」

「いえ…でも、人が死ぬかもしれないんですよ!?」

「それでも批判するよ。だってその人達にとっては、知らない誰かの命よりもそっちの方が大事だからね」


 これが国家存亡の危機とかであれば喜んで自衛隊を称賛することだろう。

 だけど外来異種の脅威は、多くの人にとってはもう当たり前の現象になっているのだ。

 誰だって当たり前のことを、陳腐化した脅威を怖がったりはしない。

 自分らみたいな現場で働く人間か、実際に被害に会った人くらいだろう。


 ニュースではその後もいつも通りに外来異種への対策として税金を投入しているのに犠牲者の数が多い、無駄になっているのではないかという形で締めくくられた。

 昔だったら"やってらんねぇよな!"と思うところだが、今はもう何の感情も浮かんでこない。

 期待も、希望も、待ち望むことも、全て沈めた。

 諦めたのだ、その方が楽だから。


「荒野さん。クビ、かゆいんですか?」

「ん…ちょっとね」


 未来が心配そうにこちらを様子をうかがってくる。

 なんだろう、何かを忘れてる気がする。

 大事な何かを……。


 そう思った瞬間、スマホから着信音が鳴った。

 慌てた俺はついそのまま通話ボタンを押してしまった。


「もしもし?」

『もしもし、荒野くん? ちょっとお話があるんだけど』


 お…思い出した……思い出してしまった!


『んん~、TVと騒がしい声……キミは今どこにいるのかなぁ~?』

「ち、違うんですブンさん…ッ!!」


 電話越しでも分かる、これ怒ってるやつだ!

 普段全然怒らない人がむっちゃ怒ってるよこれ!!

 そうだよね、怒るよね!?

 途中で仕事をバックレた奴がスーパー銭湯でくつろいでたら、怒らない方がどうかしてるよね!?

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