第12話:深度壱領域 攻略戦 後半

 入り口のドアガラスは粉々に砕けていることから、外部から無理やり侵入したのだろう。

 ガラス片を踏んで音を鳴らしてはクソ鳥がこちらを察知するかもしれない。

 すり足のように、けれども地面をこすらないようにゆっくりと足取りを進める。

 しばらく進むと何人か倒れているのが見える。

 僅かに震えながらこちらに目を向けて、口元に手を当てて合図をしている。

 音を出せば襲われる、その事を分かっているからこそ彼らはここから動けないのだ。


「今から音を出すんで、逃げる準備をしておいてください」


 そんな配慮を無にするように声を出したせいで、倒れている人達の顔は恐怖から驚愕したものへと変化した。

 そしてその声を聞いたこのホールの主が、天上から二匹降りてきた。

 俺は右手に持っている半開きのトランクケースを地面に落とし、壁際にまで蹴り飛ばした。

 あまりにも突飛な行動だったせいで、その場にいた誰もが無断で侵入してきた者よりも、大きな音を立てたトランクケースに注意を向けた。

 そして閑寂鳥はトランクケースから出てきた物体へ反射的に噛みついて攻撃する。

 だが、いくら噛んでもそれは音を鳴らすだけで壊れることはなかった。

 さっき調達してきた大型犬用の玩具である。

 噛んだり踏んだりするだけで音が鳴る玩具なのだが、奴らは音に敏感だからこそ注意が逸れてしまうものだ。

 ここで慌てて走り出せばまたこちらに注意が向いてしまうので、ゆっくりと歩みを進める。

 倒れていた人達も、ゆっくりと起き上がりながらその場から去ろうとしていた。


 奴らが玩具に夢中になってる間に非常階段横にある警備室に入った。

 本当なら鍵が掛かっていたのだろうが、中にいた人が慌てて逃げたのか開いたままになっていた。

 警備室には監視カメラの映像がいくつも表示されており、各階層に何がいるのかが丸分かりであった。

 取り合えず報告する為にスマホを取り出すが圏外と表示されている。

 そういえばコロニー化した場所は異常な磁場か何かが発生する為、通常の通信機器は使えなくなることを思い出した。

 仕方がないのでスマホのメモ帳に各階層の外来異種について記載する。

 ここから戻ったら不破さんと鳴神くんに見せればいいだろう。


 警備室での用を済ませ、ゆっくりと非常階段に続く扉を開けて中に入る。

 非常階段は静かなもので何もいなさそうであった。


「はぁ~…九階かぁ……」


 思わずため息が漏れてしまった。

 デブ…いや、ぽっちゃり系にこの階段は拷問だ。

 これならまだ適当な外来異種を駆除していた方が楽だ。


 そう思いながら帰るときに使う荷物を横に置いてから階段を昇ると、見たことのある肉塊が所々にあるのが見えた。

 マジか、お前らなんでこんな所にたむろしてんだよ、インドア派か。

 インドア派の肉塊とかどういう層に向けたアピールなんだよ。

 一匹ずつ駆除するのも面倒なので、触らないように避けながら階段を昇る。

 そんなこんなで九階に辿り着いたのだが、トラブルが発生した。


「……お客さ~ん、終点ですよ~?」

 

 そう、非常扉の前に肉達磨犬がいたのだ。

 しかも自分の吐息に反応して少し蠢いたのですぐに逃げたのだが、起きたわけではなかったようだ。

 ポケットからマイナスドライバーを取り出して構える。

 さて……ここで自分が映画の主人公だったならば、本番であるここで心臓への一突きを成功させるわけだ。

 今までのクソッタレな仕事も、この時の為だったという伏線というやつだ。

 俺は覚悟を決めて静かに深呼吸しする。


「ゲェッホ! うぇっ!!」


 肉達磨犬が臭すぎるせいでむせた。

 密閉されている空間のせいでさらにひどい臭いだ。

 非常階段のライトは足りているのでしっかりと臓器は見えている、そして心臓だと思われそうな臓器の位置にも当たりをつけている。

 成功すればそれでいい話だ。

 これまで働いてきたクソッタレな仕事の経験を信じて一突き、それで全てが終わる。

 俺はゆっくりと右手で握っているマイナスドライバーに左手を添えて、狙いをつける。

 呼吸を止めて………そのまま後ろに下がった。


「いや、無理だ。信じられねえもん」


 自分という人間がどういう奴か自分自身がよく分かっている。

 こんな奴の経験を信じるとか正気の沙汰ではない。

 不器用な自分が今まで生きてこられたのは、徹底的に自分というものを信じていなかったからだ。

 というか二十年以上生きてきて、まだ分からないところもあるくらいだ、信じられるはずがない。

 つまるところ、この肉塊をどうにかしようと絶対に失敗するということを確信したのだ。

 それならそれでやりようはある、いつも通り有り物で何とかするだけだ。


 ドライバーをポケットに仕舞い、上着を脱ぐ。

 右手で脱いだ上着を持ちながら、左手を肉達磨犬に近づける。

 右手が近すぎれば指を食われるが、遠すぎても作戦が失敗する。

 いつもの仕草で、いつも通りの精神で右手の上着を肉塊に落とす。

 バチンという音と共に肉達磨犬は俺の上着を口の中に入れながら、こちらと目が合った。

 すかさず左手をそいつのデカイ口に突っ込むと、肉達磨犬からうめき声が聞こえた。

 こいつらは反動を利用して獲物を噛み砕く、逆に言えば擬態状態でなければこちらの腕を噛み切ることはできないのだ。

 とはいえ、このままだと無理やり擬態状態になってから噛み千切られる。

 俺は右手で非常扉を開け、マンションの廊下に肉達磨犬を放り投げながら大声をあげる。


「助けに来たよ!!」


 ここから時間勝負だ、とにかく部屋の中に入らないことにはどうしようもない。

 大声を出したことでこちらに気付いてくれたことを祈りつつ、水無瀬さんのいる部屋のインターホンを連打して扉をゴリラのドラミングのように叩く。

 廊下の地面に叩きつけられて情け無い悲鳴をあげた肉達磨犬が、こちらを睨みつけている。

 よっしゃ、かかってこい!

 お前がこっちに来る前に俺は水無瀬さんの部屋に入ってみせるぞ!


 …ふと思ったのだが、これってまるでホラー映画の展開とそっくりではなかろうか。

 ドアからノックする音と、いるはずのない人の声が聞こえる。

 そして徐々にその音が大きくなっていくというやつだ。

 ………あれ、もしかして選択肢間違った?


「お願い早く開けて水無瀬さん! 助けに来たんです信じてくださいお願いします開けて助けて!!」


 助けに来た側が助けを求めるという展開で涙が出てきそうな状況である。

 しかも廊下の奥からはカリカリという何かを引っかくような音が聞こえてきた。

 その音に気付いた肉達磨犬が危険を察知して裂けるように口を大きく開ける。

 だが、その擬態しようとしていたその犬は天井から伸びてきた何かに絡め取られて持ち上げられる。

 視線を上げると、そこには足の全てが鋭利な爪となっている巨大なムカデがいた。

 "百爪百足"(ひゃくそうむかで)、乙種の外来異種である。

 普通に肉食だし、普通に危険だし、普通にヤバイやつだ。

 …おいふざけんなさっき監視カメラで見たときいなかったじゃんお前!

 

 そこでようやく自分の祈りが通じたのか、扉の電子ロックが解かれる音がした。

 俺は急いで扉を開けて中に転がり込み、鍵を閉めた。

 玄関には水無瀬さんと九条さん、そして未来がいた。

 三人を不安にさえないよう、俺は出来るだけ明るい声で彼女達を励ますことにする。


「…タスケニキタヨ!」


 まずい、さっきまで死ぬかもしれない目にあってたせいでおかしな声になってしまった。

 こんな奴が救助に来たとかツバを吐きかけられても文句は言えない…むしろご褒美だ、ありがとうございます!


「う………うわあああああああん!!」


 三人が一斉に泣きじゃくりながらこちらに抱きついてきた。

 なんだここは天国か?

 つまり俺は死ぬのか。

 確かにここで警察に踏み込まれたら実刑判決まったなしで社会的に死ぬ。

 なんなら男としても死ぬかもしれん。


「ごめんなさい、ごめんなさい、あたしのせいでごめんなさい!!」


 過剰な幸福摂取により現実逃避トリップしてたのだが、なにかおかしな言葉が聞こえてきた。


「ちょいちょい、あたしのせいってどういうこと」

「だって、だって! 荒野さん、今のお仕事が嫌だって言ってた! なのに、あたし、助かりたいからって、電話しちゃった!! こんな場所に、呼んじゃった…ッ!」


 ああ、よかった。

 実は外来異種の繁殖実験をしてたらこんなことになりましたとかそういうのだと思ってたけど全然違った。

 というか別にこの子は何も悪くない。

 この場で何が一番悪いかといえば俺の顔と頭くらいだ、泣きたくなってきた。


「いいのいいの、こんな仕事してる俺みたいな奴はこういう事でしか役に立たないからね。むしろ頼ってくれて嬉しいよ」

「で…でも、夢で見てたんです! 雲の形が同じで、本当なら荒野さんと一緒に、歩いてたんです!! あたしが、夢と違うことをしたから、こんなことに!!」


 どうやら例の予知夢では、俺と未来さんはどこか別の場所で歩いていたらしい。

 そして、それを破ったせいでここにいることになったと。


「ちょっと聞いていい? 部屋中の明かりがついてるのって、未来が助言とかした?」

「は…はい……。窓に陰虫がいたから、追い払うために……」

 

 これで確信した。

 予知夢、予想以上に役に立たない。


「うん、ナイスな対応だよ。君が予知夢と違う行動をとったおかげで、ここにいる。そのおかげで九条さんと水無瀬さんがパニックにならずにすんだ。俺が助けにくるまでもなかったね」


 もしも予知夢の通りに自分と行動していたら、この二人はこのマンションに取り残されていたことだろう。

 そうなればどうなっていたか分かったものではない。

 この子がいたからこそ、無事だったということだ。


「で…でも……あたし…あたしは……!!」

「いやいや、お手柄だよ。下にはもう鳴神さんとウチの前の上司もいてね、ここで篭るって選択肢を取った時点で助かったも同然だったんだよ」

「……あたし、間違ってなかったんですか?」

「うん、正解だったよ。えらいえらい」


 むしろ俺なんて失敗と間違いだらけである、つらい。

 あ~も~ほんとなんでこんな仕事してるのかな~~俺はさ~~~~!!


 

 しばらくして、三人共泣き止んで落ち着いた頃にどうするかを話し合う。


「ぶっちゃけ、ここでゴロゴロしてるだけで助かるんだよね」

「ええ~……」


 可愛いおさげを揺らしながら水無瀬さんが気の抜けたような声を出す。


「外にいる百爪百足は扉に小さな穴を開けられるけど壊すことはできないし、外の虫も窓を破ることはできないからね」


 つまりこちらから招かない限り、どうやってもあいつらはここに入れないのだ。


「ということで、準備をしたら玄関から出て脱出します」

「あ、あの…いま話の流れがおかしくありませんでしたか?」


 いや、なにもおかしくない。

 他人をあてにして助けが来るのを待つなんて真っ平御免である。

 俺は俺自身を信用してないけど、同じくらいに他の人も信用していない。

 というより、信用したくないのだ。

 もしもここで鳴神くんと不破さんが助けにこなかったら、俺は二人のことが嫌いになる。

 俺のことを騙そうとする人達ではないということは分かっている、どうしようもない理由があったんだと理解することもできる。

 それでも俺は弱い人間だから裏切られたという感情を持ち続けることになる。

 自分の命を人に託しておいて、その人を罵るような人間にはなりたくないのだ。


「まぁいざって時は窓から飛び降りて脱出すればいいよ」


 その言葉を聞いて、三人の顔が青ざめた。

 もしかして高所恐怖症だろうか。


「ム、ムリですよ! ここって九階ですよ!?」

「下にクッションを用意してもらってるから大丈夫だって」

「……落ち損ねたら、どうなります?」


 あ、そのことは考えてなかった。

 下手すると俺だけ飛距離が足りなくてコンクリートに赤い染みに転職する可能性もある。

 やはり強行突破してでもここから脱出しなくてはならない。


「無理強いするつもりはないから、ここで待ってても大丈夫だよ」


 自分が情報を持って帰れば鳴神くんと不破さんもすぐに駆除に動けるはずだ。

 そういう意味でも、この子達はここに残っていた方がいいかもしれない。


「い…いきます! ついていきますから、置いていかないでください!」

「いや、ほんとにスグに助けにくるよ? 本当にいいの?」


 念のためにもう一度聞くも、みんな一様に頷く。

 まぁそれならそれでいいか。

 それじゃあ脱出計画を考えることにしよう。



 水無瀬さんから許可を貰い、家捜しをさせてもらう。

 ちなみに水無瀬さんの着替えが入っているタンスを開けようとしたのはわざとじゃないと明言させてもらう。

 だって、だって! 何処に何が入ってるかなんて分からないよ!


「さて、それじゃあ皆でゴミ袋を被って窓を開けて、そして大量に入ってくる虫に紛れて非常階段まで逃げるという作戦はどうだろう?」


 三人が思いっきり首を横に振った。


「じゃあ俺が持ってきたハンマーで壁を砕いて非常階段まで行くっていうのは?」

「あの…そういうのもちょっと……」


 牢屋から脱獄する映画を参考にしたがダメらしい。


「う~ん…過炭酸ナトリウムとかってある?」

「ごめんなさい、分からないです。何に使うんですか?」

「…………え~と、他には」

「あの! 何をするつもりだったんですか!?」


 そりゃあ危ない物なんだから危ない事だよ。

 まぁ下手すると火事になるから無くてよかったかもしれない。


「あっ、殺虫剤のセットがあるね。これ貰うよ」

「は、はい。でも殺虫剤が効くんですか?」

「同じ虫でも外来異種にはほとんど効かないかなぁ」


 殺虫剤が効くなら仕事が本当に楽なのだが、どういうわけかあいつらにそういうのは効かないのだ。

 まぁ流石に密室の中を殺虫剤まみれにしたら死ぬだろうが、それは殺虫剤じゃなくても同じことである。


「じゃあその殺虫剤を何に使うんですか?」


 不思議そうな顔でこちらを覗き込む未来に対して、満面の笑みで答える。


「少し早い花火かな」

 


 インターホンのカメラを見て、百爪百足が玄関の扉から離れていることを確認する。

 三人に目配せをして、扉を勢いよく開けて飛び出す。

 マンションの廊下に出て周囲を確認すると意外と近くに百爪百足がいたのだが、どうやら食事中だったらしく、こちらに向き直った。

 これならゆっくり出た方が安全だったかもしれないが、もうそんなことを言ってられる場合ではないので頭を切り替える。

 三人は扉を開けた自分の後ろから走って非常扉まで向かうが、その動きに反応してうねりながらこちらに寄って来る。

 こちらの予想通りの行動であったので、慌てずにこちらの秘密兵器をブン投げる。

 まぁ秘密兵器といってもそこまで大層なものではない。

 満タンの殺虫剤四つセットをガムテープでまとめて、ついでに火をつけたジッポも貼り付けただけの物だ。

 百爪百足は反射的に投げられた殺虫剤のお得セットを足の爪で掴み、その爪が缶に穴を開ける。

 瞬間、凄まじい轟音と衝撃が廊下にいた全員に叩きつけられた。

 昔ニュースで殺虫剤による爆発事故を見たけど、まさかここまで凄いとは思ってなかった。

 今の爆発と煙に反応した火災報知機がけたたましいベル音を鳴り響かせる。

 俺は音に驚いて倒れた九条さんを助け起こして非常扉に向かう。


 背筋に悪寒が走った。

 

 後ろを振り返ることすらせずに九条さんを引っ張って全力で非常扉に走った。

 非常階段に滑り込むと同時に、先に着いていた二人に九条さんを突き飛ばすように任せて非常扉を思いっきり閉める。

 扉が閉まったかと思いきや、わずかな隙間から百爪百足がその顔と体の一部をもぐり込ませていた。


 俺は扉を閉めようと叫びながら全体重をかける。

 百爪百足が苦しそうに身体をよじらせてその爪で周囲を傷つけているが、扉は閉まりそうになかった。

 俺はこれ以上扉が開かないように左足で扉を固定し、上半身を引かせる。

 そして勢いよく肩から扉に向かってタックルした。


「があああああああ!!」


 雄叫びをあげながら勢いよく無駄に大きくなった自分の肉体という質量を叩きつける。

 扉が壊れるのではないかと思うくらいに二度…三度…何度も何度も扉にぶつかり続けた。

 バン! という大きな音がして扉が完全に閉まる音がした。

 そしてこちら側に入ろうとしていた百爪百足の部位が千切れて床に落ち……死なずに三人の場所に向かって素早い動きで這いずりだした。

 咄嗟に右足で蹴り飛ばしたものの、若干まずい状況になってしまった。

 体が千切れても動くだろうとは予想できてた。

 できてはいたが、まさかあんなにも元気ハツラツに襲い掛かれるとは思ってなかったのだ。

 不破さんから借りた道具でアレの相手をできるだろうか…いや無理だ、自分はそんなに強くない。

 最悪自分がひきつけて三人に逃げてもおうかとも考えたが、エントランスホールにいる閑寂鳥を突破できない。

 自分一人ならどうともできるのだが、自分以外の命も背負うとなると覚悟も鈍ってしまう。

 分不相応なことするもんじゃないねほんと!!


 だが、自分が蹴り飛ばした百爪百足は壁にぶつかり、その下にあった肉塊の上の落ちた。

 バチンという音と共に肉達磨犬が百爪百足をその体に取り込んでしまった。

 擬態を解除したものの、それでも普通の犬よりも凶暴な外来異種だ、覚悟しなければならない。

 けれども肉達磨犬は血を流しながら倒れ、痙攣していた。

 目を凝らしてよーく見てみると、百爪百足の爪が体の内側から飛び出していた。

 ……ダブルKOだったらしい、心配して損した。


 その後は皆で仲良く手をつないで非常階段をゆっくりと下りていった。

 これがこんなクソみたいな場所じゃなければ"ヒャアッ合法的な触れ合いだぁ!"とヨダレを垂らしながら狂喜乱舞していたことだろう。

 実際は非常階段にいる肉達磨犬に触らないように先導しつつ、バランスを崩して誤って触らないように介護していく感じなので手汗が止まらない。

 "(汗のせいで)汚されちゃいました"とか言われたらどうしよう、死ぬべきかな、死ぬべきだな。


 まぁそんなこんなで一階まで到着する。

 残る関門はクソ鳥だけである。

 俺は階段横に置いておいた秘密兵器を持ち出す。


「あの…それ、なんですか?」

「コンビニにあった花火セットと火炎瓶だよ」


 火炎瓶はコンビニにあったビン酒の中身を全部捨てて、ジッポオイルを詰め込んだ一品モノだ。

 コンビニいいよね、何でもあるもん。

 それを聞いた水無瀬さんが不安そうに尋ねる。


「えっと…火事になるんじゃ……」

「建物よりも、君達の命の方が大事なんだ!」


 カッコイイことを言ってみたが、ちょっと引かれたような空気を感じる。

 やっぱりイケメンじゃないとダメらしい、イケメンなら許されてたはずだ。


「まぁスプリンクラーもあるし大丈夫だよ」


 それを聞いて水無瀬さんは安心した顔になる。

 なお、無事に作動するかどうかは知らない。

 この状況でそこまで気にしていられないし、そこまで責任は背負えない。

 自分とこの子達の命を背負うだけで精一杯だ。


 俺は持ってきた花火の全部に火をつけてエントランスホールに投げ入れる。

 しばらくすると煙が充満してきたので、非常口の扉を開けて一気にエントランスホールを駆け抜けた。

 三人もすぐに後ろをついてきて、すぐに追い抜いていった。

 ちなみに彼女達を先に行かせる為にわざと遅く走ったわけではない、全力疾走してこれだ。

 いいんだ…これがぽっちゃり系の宿命だから……。


 花火と煙で混乱させたものの、流石にこれだけの人数が走れば閑寂鳥に捕捉される。

 こちらに追いすがるように二匹の閑寂鳥が飛び掛ってきたので、火をつけた火炎瓶を全力で投擲する。

 外来異種だろうとも所詮は生物、炎を見れば本能で飛び退くはずだ。

 ここで一つ誤算があった。

 自分の投げた火炎瓶は確かに閑寂鳥に命中したのだが、ビンが硬すぎたせいで"ゴン"という音と共にビンが地面に落ちてしまったのだ。

 それでも威力はそれなりにあったのか、顔面に火炎瓶(鈍器)が当たった閑寂鳥は怯んだ。

 ただし、もう一匹は勢いを緩めずにこちらに迫る。

 背中から襲われれば抵抗することもできない。

 負けることは分かっているが、それでも生き足掻く為に足を止めて振り向き抵抗する構えを取る。


「よっしゃああああ! でかしたぞ!!」


 怒声と共に乱入してきた不破さんが、閑寂鳥に襲い掛かった。

 

「よぉ、知ってるか? こいつら後ろが無防備なんだぞ!」


 そう言って閑寂鳥の首を素手で締め上げている。

 閑寂鳥は何とか逃れようともがいたり背中にいる不破さんを攻撃しようとするも、クチバシも羽にある鉤爪も届かなかった。

 いやぁ…背中が安全だと分かってても、それはちょっと真似できない。


「荒野さん、無事でしたか。もう一匹はどこに?」


 そうこうしている内に鳴神くんとフィフス・ブルームの人達もエントランスホールに入ってきた。

 背中には大きく細長いボストンバッグがあり、中から刀が出てきた。

 普通は乙種以上の駆除には銃が使われるのだが、使用が許可されている弾丸は通常よりも威力が落ちている弱装弾であるので、一部の人達はそういう制限がない近接道具を使用している。

 俺はさっき火炎瓶という名の鈍器で怯んだ閑寂鳥の居場所を指し示すと、鳴神くんはその刀を抜いた。


「危ないので下がっ……ケホッ、ケホッ! ちょっ、なんですかこの煙!?」

「花火だけど」


 周囲が煙だらけのせいで涙目になりながらむせている。

 逃げる為に必要だったんだ、本当にすまないと思っている。

 その隙を逃さないように煙の中から閑寂鳥が飛び出してきた。

 ヤバイと思って地面を転がって後ろに下がると、鳥の頭も一緒にこちらに転がってきた。


「もう大丈夫ですよ。荒野さんは外で休んでてください」


 イケメンだ…顔どころか所作までイケメンだ……。

 そんなこんなで負け犬になりながら外に出る。

 そこにはフィフス・ブルームに保護された三人と天月さんがいた。


「荒野さん、お疲れ様でした」

「天月さんもお疲れ様です。これ、ビルの中にいる外来異種の一覧です」


 そして自分のスマホに記録した情報を見せる。

 それを見た天月さんは大きな通信端末でその情報を発信していた。

 外来異種によってコロニー化された場所でも使える特殊な機材だ。

 そういう設備にお金を掛けられるとは羨ましいものである。


「荒野さん、おかえりなさい!」


 天月さんへの情報提供も終わったので三人の場所に向かうと、温かな声で迎えてもらった。

 これだけでも今日ここに来た甲斐があったというものだ。


「うん、皆お疲れ様。だけど家に帰るまでが遠足だからね、油断はしないでね」

「あの……私の家、あそこなんですけど…」


 そういえば水無瀬さんのお宅は絶賛生物災害の真っ只中であった。

 あそこに帰るわけにもいかないので、避難区域から出たら親御さんに連絡してもらおう。

 

「荒野さん、こちらどうぞ」


 九条さんがペットボトル飲料を渡してくれたので一気飲みする。

 流石に長時間動き続けてたので喉がカラッカラであった。

 

「あっ……」


 それを見た三人がちょっと気まずそうな顔をした。

 もしかしてアレか、間接…間接……サブミッションキスとかそういうやつかコレ!?


「も、もしかして誰か飲んでたコレ!?」

「いえ、まだ誰も飲んでなかったので大丈夫です」


 あーよかった、殺されるところだった。

 この子達じゃなくて社会が囲んで棒で殴り殺すという意味だが。


「実は私達も喉が渇いてたので、一緒に飲もうかと思ってて」


 ああああああああああ!!

 間接キスのタイミング逃がしたああああああ!!!!

 ……いやまぁ本当にやったら社会が俺を千切りにするのでやりはしないけど。

 それでも惜しいという気持ちが胸の奥でラブソングを歌っている。

 そんな馬鹿なことを考えていたのだが、一つの悪い予想が頭をよぎった。


「もしかして、皆も飲みたかった?」

「ペットボトルだから、全部は飲まないかなって思ってたんですけど、あれだけ動かれたんですから無理もないですよね」


 ヤバイ、さっきまでノリノリでラブソングを歌ってたハートがデスメタルを叫ぼうとしてる。

 

「ッスゥー……ちょっとひとっ走り行って買ってきます」

「えっ!? いやいや、荒野さんは休んでていいんですよ!」


 走り出そうとする自分の服を三人がしっかり掴んで離さない。

 頼む、後生だから離してくれ!

 災害から救助された女の子達の飲み物を全部飲んでそのままにしておくとか、下手をしなくても大炎上案件である。

 俺はまだ…まだ、社会的に死にたくないんだ……ッ!!

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