第11話:深度壱領域 攻略戦 前半
逃げる人の波をかきわけて生物災害発生区域を走る。
沢山の人が逃げる中、自分だけがその流れに逆らっている。
流れる冷や汗が、張り付く喉が、警鐘のように激しく鳴る心臓の鼓動が足を止めようとする、この流れは望まれたものではないと。
全くをもってその通りである。
自分が行ったところでどうなる、なんならもう救助されてるかもしれない。
それでも足は止まらない、人の流れに逆らいながら走り続ける。
とっくに救助されていたなら馬鹿な奴が笑われて終わる、いつものことだ。
遅れたことを責められるならそれでいい、そんなこと慣れている。
ただ…間に合わなかったという結果だけは認められなかった。
高卒の俺ですら自分の命は自分の責任で背負っている、なら他の人も自分の責任で背負うべきだ。
けど、あの子達はまだ未成年だ。
自分の命すら満足に背負うことのできない子供だ。
なら、大人がその子達の分まで背負わなければならない。
それが駄目人間であろうとも、大人として育ってしまった俺がやらなきゃいけない最低限の仕事だ。
何時間も走り、ようやく目的地である高層マンションに到着した。
前に水無瀬さんの親御さんからお礼の電話があったおかげで場所を聞くことができた。
そして電話の最後に頼まれてしまった。
「どうか娘とその友達をお願いします…!」
「安心してください。救助が来るまで立て篭もっていれば基本的に安全ですから」
任せてくださいと約束はできなかった。
誰も彼も助けられるような力を自分は持っていない。
しかし、誰かを見捨てられるほど強い人間でもない。
高層マンションの入り口を探すように周囲を歩く。
すると、大きな入り口の近くに何人かの人だかりの中に見知った背中が二つが見えたあった。
「不破さんと…鳴神くん?」
「ん? おぉ、荒野じゃねえか。お前も仕事か?」
「荒野さん、どうしてここに!?」
まさかここで知った顔と会うのは予想外であった。
いや、生物災害が起きてるから同業者に会うことは珍しくないのだが、同じ現場に別の会社の人達が会うということは稀だ。
「俺はちょっと忘れ物を取りに。二人はどうして?」
「仕事だよ、仕事。ここの駆除を優先してくれって言われて渋々やってきたんだよ」
「オレも同じです。九条さんの両親に頼まれてここに来たのですが、どうやらダブルブッキングだったようですね」
ん~…これなら別に自分が来なくてもよかったんじゃなかろうか。
かたや素手で乙種をブチ殺せる人。
もう片方は日本で有名なフィフス・ブルームに所属している新世代のエース様。
これはもう勝ったな、家に帰って風呂入って寝よう。
「ところで荒野。お前、免許更新したのか? 丁種じゃここ入れねえだろ」
「…そういえばそうですね。荒野さん、どうやって入ってきたんですか?」
「ちゃ…ちゃんと免許見せて入ってきましたよ!?」
ちなみに免許の種類の所を隠して、免許取得日だけ見えるようにかざして
"外来異種駆除の業者です! 五年前からやってます、現場に入ります!"
と言って入ったので許可はある。
なお許されるかどうかといえば絶対に怒られるやつで、罰金も覚悟しなければならない。
そういう意味では、ここで顔見知りに会ってしまったのは最悪のパターンである。
こんなことならやっぱり見てみぬフリをして帰るべきだった!!
「ところで、皆さんここで何してるんですか? 中に入らないんですか?」
「俺ぁ現場から来たから人員と荷物待ちだ。あと、この場所の仕事をどうするかそっちのアンちゃんと話してたところだ」
そういえばこの人の本職は土建屋だった。
副業で駆除業者の会社に入りつつ本職もやってるとか、ちょっと体力が余りすぎではなかろうか。
「実は最初に何人かの人員が中に入ったんです。ですが、エントランスホールに"閑寂鳥"(かんじゃくどり)が居ることが分かったんです」
閑寂鳥…乙種の中では比較的に大人しい外来異種である。
大きさは二メートル、鳥というよりもプテラノドンみたいな感じだ。
音に敏感な特殊な器官があるせいで周囲の音の反応して凶暴化するものの、逆に言えば静かな夜とかであればそこまで怖くない。
問題は、生物災害のせいで周囲から様々な騒音が入ってきているということだ。
本来ならば消音器をつけたライフルでしとめるのがセオリーらしいが、こんな状況で悠長に狙撃することは難しいと言えるだろう。
それでも量があれば狩れない相手ではないはずだ。
「銃がなくてどうしようもないってこと?」
「いえ、銃もありますし業者に使用が許可されてる威力が弱い弱装弾でも駆除することはできます」
「そんなん無くても素手でどうにかならぁ」
いや、それでどうにかなるのは不破先輩だけです。
ほんとこの人にとって暴力はどんな万能ツールだと思われているんだろうか。
「オレ達がここで足止めされてる理由は、閑寂鳥が複数匹いる可能性があるからです」
あ、それは確かにヤバイ。
それなりに広いエントランスホールとはいえ、あんなデカイ奴が何匹もいたら普通にこっちが狩り殺される。
「ちなみに…今の深度ってどれくらい?」
「今はまだ深度一程度だと思います」
コロニー深度というのは外来異種のコロニーのレベルを現すものである。
現在確認されている最高深度はアメリカの深度五であり、ここまで深度が深まると乙種どころか甲種までわんさか沸いてくる。
そのせいでアメリカは州ごとナパームで焼き払いつつコロニー深度のレベルを下げて、州軍で鎮圧していったとか。
コロニー深度が浅い今ならまだ何とかなると思うのだが、入り口に乙種がいるのはちょっと反則ではなかろうか。
「他にも各階層に複数の外来異種がいると思われます。安易に突入した場合、多くの犠牲が出てしまいます」
ヤダ…このイケメン、ちゃんと考えてる……!
ウチの前社長もこれくらい理性的だったならよかったのに。
まぁ死人を悪くいっても仕方がないのでその時の出来事は横に置いておこう。
「つまり、中の状況が分からないから足止めされてるってことでいいのかな?」
「その通りです。今は第二課に応援を頼んでますので、彼らの到着を待ってます」
フィフス・ブルームの第一課は最前線で駆除を行う精鋭。
そして第二課は調査などを専門としている部署だったというのをTVで見た記憶がある。
まぁ日本で有名なところなのでその実力を疑うわけではないのだが、問題がある。
「その到着っていつ頃になりそう?」
「……現在、各所の災害に対応しながらこちらに向かっている為、正確な到着時間は断言できません」
うん、まぁそうだよね。
例えばコロニー深度三が発生したとしても、数が少なければ彼らの独壇場だろう。
だがコロニー深度が一だとしても、各所で発生してしまえば人手不足が露呈してしまう。
だからこそ国は業者の確保を専念したり補助金なども出しているのだが、風評という逆風のせいでそれもうまくいっていない様子だ。
「おい、荒野。お前の忘れ物ってのは何だ?」
そういえばそっちが目的だった。
別に乙種を駆除することが目的ではないのだ、それならそれでやり方というものがある。
俺は不破さんと鳴神くんにここに来た目的、三人の救助について話をした。
「ダハハハハッ! お前、その格好で白馬の王子様になりにきたのか!?」
不破さんが大爆笑しながら俺のお腹を揉んでくる。
自覚してますよコンチクショウ!
髪はボサボサ、服は作業着、顔はどう見てもイマイチどころかイマサン。
こんなブサイクがファンタジーの王子様として生まれてきたら、出産と同時に絞め殺して死産ということにされること間違いなしだ。
「荒野さん、こっちを見てください」
そう言って鳴神くんが高層マンションの見取り図を広げる。
「水無瀬さんの部屋は九階東の非常階段の近くにあります。非常階段かエレベーター、どちらで昇るにせよ、必ずエントランスホールを通らなければなりません」
「つまり、あのクソ鳥を何とかしない限り何もできねぇってことだな」
マジで害悪でしかないクソ鳥である。
検閲の通った一部の外来異種は食用として流通してるらしいので、せめて家庭の食卓にお届けされてくれ。
「分かりました。じゃあ俺が忘れ物をとってくるついでに調べてきますんで、道具を借りていいですか?」
「おぉ、好きに持ってけ」
こちらに向かうことに夢中で自分の仕事道具は置いてきてしまったので、下手すると素手で挑まなければなかったのだが、不破さんがいて本当に助かった。
「ちょっ…無茶ですよ荒野さん! 死ぬ気ですか!?」
「だ、ダメだよ鳴神くん……君には天月さんっていう素敵な彼女がいるのに、僕にそんな迫られても…」
「勝手に人におかしな性癖を生やさないでくれませんか!? っていうか本当に危ないんですって!」
「うんうん、知ってる知ってる」
そんなもの百どころか三百六十五も承知だ。
一年中、毎日危ない業界だということを理解して仕事をしてる。
とりあえず遮光性の高い黒のゴミ袋と、ライトと、そしてバールを不破さんの車から引っ張り出す。
そして近くにあったマンホールを開け、その中にゴミ袋を広げてガムテープでとめておいた。
「荒野さん、これ何ですか?」
「即席トラップ。陰虫が外にいるから、最初にあれを何とかしようかなと」
マンションに群がっている虫に懐中電灯の光を当てる。
ただ、市販品のせいで光が弱いのかどうにも反応が弱い。
「そういうことならこちらも手伝います」
そう言って鳴神くんが他の人達に合図を送ると、車両から大型ライトとバッテリーのセットが出てきた。
懐中電灯の光量とか比べ物にならない光が高層マンションを照らし、陰虫があちらこちらへと飛び回る。
そして最終的に近場にあったマンホールの穴…と見せかけたゴミ袋の中に全て入っていったので、袋を閉じて厳重に封をする。
先ほどよりもマシにはなったものの、まだまだ虫型の外来異種が多く群れていた。
壁を登って三人がいる部屋に侵入しようかと思ったのだが、あの数では邪魔されて地面の染みにされてしまうことだろう。
やはり正面突破で行くしかないようだ。
そうなると何か大きな武器がほしい。
財布の中身を探ってみるが、小銭しかなかった。
「不破さん、お金貸してもらえませんか?」
「千円でいいか?」
千円でどうしろと。
いや、自分も人のこと言えないけど。
「鳴神くん、僕の体なら好きにしていいよ……だから…その……お金、貸して♪」
「今すぐその気持ち悪い演技を止めてください!!」
「演技なんかじゃないわ…あたい、本気なの! 本気なのよ鳴神くん!!」
「分かりました! 分かりましたから! あとで絶対に返してくださいね!?」
よし、どうやら色仕掛けが成功したようだ。
地元でもこれで失敗したことがない最強の技だ。
問題はこれを使うことで周囲の評判が地に落ちるどころか、500ポンド爆弾が落ちたかのような惨状になるのだが、背に腹は代えられない。
「まぁ死んだら香典代ってことにして諦めてくれ」
「駄目です。何が何でも生きて帰ってきてください」
そう言って五万円という大金をポンとこちらに渡してくれた。
……これ、利息つかないよね?
その時は本気で体を使うしかないんだけど。
そんなこんなで、フィフス・ブルームの人達から漂白剤にも負けないくらいの白い目で見られながら近くの無人のお店にお金を置いていくつかの商品を拝借してきた。
流石は高級マンション群である、品物の値段も相応で一気に所持金が減った。
「それじゃあ行ってきます。早めに帰りますけど、お風呂の栓は抜かないでおいてください」
「おう、これが終わったらスーパー銭湯おごってやる」
色々な道具をポケットやら懐やらに仕込み、エントランスホールに体を向ける。
ちなみに鳴神くんに頼んで、マンションの東側にマットやらクッションの山積みを作ってもらった。
最悪、飛び降りて脱出する為だ。
だから少しでも安全に飛び降りる為にも陰虫を駆除する必要があったんですね。
まぁそんなRTAじみた事をするハメにならないことを祈ろう。
「どうしたにいちゃん、自分が行くわけでもないのに不安なのか?」
「不安に決まってますよ。乙種が複数いるあの狭い空間にいたら、オレだって死んでもおかしくないです」
「ハッ、心配するだけ無駄だよ。あいつは確かに弱っちぃが……生きることに関してだけは国士無双だ」
麻雀の役で例えても意味が通じないのではなかろうか。
そんな声を背にしながら、俺はマンションの中に入っていく。
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