第10話:生存本能の誤作動
雅典女学園の仕事から解放されて、自分は自由気ままな仕事を楽しんでいた。
嘘だ、何一つ楽しくない、とにかくめんどくさいという感想しか出てこない。
大規模なボランティア清掃が企画されているということから、今回はブンさんに頼まれて二つほどの駆除をお願いされた。
清掃活動するなら一緒に駆除もやってほしいと思うのだが、危険である為にこういうのは業者任せである。
先ずは河川の草むらで発見された直径1メートルほどの大きな肉の塊。
肉というか内蔵とかそういったものまで見えるのでちょっとグロい。
ちなみに手で触ると指か手を食われるので絶対に触ってはいけない。
"肉達磨犬"(にくだるまけん)と呼ばれるこの外来異種は、本来もっと犬っぽい姿をしており、この姿は擬態だ。
肉達磨犬は体にまで裂けた大きな口が特徴だ。
こいつらはブチブチという音を出しながら大きく口を開けていき、一定以上開くと口が裂けていき、最終的に裏返るのだ。
つまり、自分の臓器が丸出しの状態になる。
そしてそれに釣られて他の動物がそれに触れると、まるでバネで弾かれたかのように元の形に戻る。
その時の反動で触れていた部分を丸かじりし、捕食するのがこいつの食事方法だ。
そういえば、それで指を一本食われた人がいたな。
あの人は今も元気だろうか。
………そういえば死んでた。
せめてもう数本食われていれば仕事を辞めて死なずに済んだのだろうか。
そんなくだらないことを考えながら小さな刺叉(さすまた)と大きめの鉈を足元に置き、道具箱から錐を取り出す。
実はこの肉達磨犬、内臓がむき出しなので心臓を一刺しすれば簡単に死ぬ。
問題はその心臓がとても分かりにくい位置にあるのだ。
成功すれば簡単に駆除できる出来るので熟練の技を身に付けた人なら簡単に稼げる個体なのだが、生憎と自分はそんな技術を身に付けていない。
なので、成功しても失敗してもいいように備えて駆除する方法をとるのが自分流だ。
左手で刺叉を持ちつ、恐らく心臓だろうと思われる箇所に一突きする。
だがバチンという音と共に錐は弾かれて空を舞う、失敗したようだ。
元の姿に戻った肉達磨犬は攻撃されたことで凶暴化して攻撃するか逃げるかの手段をとる。
なので、左手に持っていた刺叉を素早く首の位置に差し込んでそのまま地面に押し倒す。
肉達磨犬は何とか逃れようと暴れるが、流石に80キロオーバーである自分の体重を押し返すほどの力はなかった。
そのままの体勢で地面に落ちている鉈を拾い、首に押し当てる。
そして全体重を右足に乗せて鉈を思いっきり踏むと、肉達磨犬の悲鳴と鈍い音と共に首がごろりと転がる。
……あれ、一発で切れた?
おかしいな、前までは二・三回は踏む必要があったけど。
もしかして俺、また太った?
………まぁ仕事が楽に片付いたのでヨシ!
中身が見えると大変なことになるので何重にも重ねた黒いゴミ袋に首と胴体を入れる。
そして一つ目の仕事を終えたということで現場を撮影し、スマホのアプリでマーカーを記録する。
その時、スマホに一件の不在着信があったことに気付いた。
着信元は未来 六華と表示されていた。
ただ、呼び出し時間が1秒となっており、ほぼワンコールのようなものだった。
何の用事だろうかと考えた瞬間、おぞましい気配が背中を這い上がり鳥肌が立った。
咄嗟に身構えるが周囲には何もおかしな様子はなかった。
念のために肉達磨犬を入れたゴミ袋の中身を見てみるが、動いた様子はなかった。
気のせいだったのだろうか?
いや…あの感覚で何度も助かったことがあるのだ、自分はあの感覚を信じている。
しばらく慎重に周囲を探索してみると、肉達磨犬に弾き飛ばされた錐を見つけた。
斜め上に落ちていたことを考えると、恐らくこれを踏んで足を怪我する可能性を感じ取ったのだろう。
俺は道具箱に錐をしまい、二つ目の仕事の準備に取り掛かる。
二つ目の駆除依頼は"鱗蛭"(うろこびる)である。
まるで鱗のような形や色をしており、基本的に魚に寄生している外来異種である。
ただ、まれに人に噛み付くこともあるということで、河川側にいるこの蛭を駆除するのが仕事だ。
まぁ先ほどの肉達磨犬が丙種であることに対し、鱗蛭は丁種と危険度は少ない。
腕全部を噛まれたとしても大したことはないだろう。
ちなみに、昔この蛭を鯉の品評会で不正利用したという話があったりする。
形を色だけは綺麗なのでそれはもう見事な彩色になるらしく、この鱗蛭を養殖する業者もいたらしい。
まぁ外来異種の養殖は基本的に法律違反で捕まることになるので、見つかったら大変なことになること必至である。
そんなこんなで少し切り分けた肉達磨犬の肉に釣り糸を巻いて川にたらしながら歩く。
しばらくすると肉と血に誘われた鱗蛭が集まってくるので、それをゴミ袋の中に入れる。
完全な駆除は無理なので百匹くらい集めたら一気に潰して終わりにしよう。
そうしてしばらく作業しているとスマホからアラーム音が鳴る。
地震か何かだと思ったのだが、スマホには"第二級生物災害速報"という文字が表示されていた。
生物災害速報…それは特定地域において外来異種による生物災害が発生した為、そこから避難および近づくことを禁止することを報せるものだ。
外来異種は特定の条件を満たすことで一定範囲を自らのコロニーにする。
もしも条件を満たした場合、そのコロニー内の外来異種は異常繁殖や突然変異が発生してしまう。
確かアメリカで外来異種の駆除を怠ったことで生物災害が発生し、一つの州が外来異種に支配されてしまった例もある。
日本でもその轍を踏まないように政府が色々と手を尽くしていたのだが、まさか自分が生きている内に二度目を体験するとは思わなかった。
スマホで生物災害発生箇所を調てみたが、さいわいにも自分の今いる場所やアパート、そして実家の方には発生していなかった。
これなら現場に近づきさえしなければ大丈夫だ。
まぁ発生源となった都心に近い人達は大変だろうけど、さっさと逃げるか救助が来るまで立て篭もっていれば大丈夫なはずだ。
なにせ駆除業者からすれば国から危険手当も出るボーナスタイムのようなものだ、皆が張り切って働いてくれることだろう。
まぁ俺は自分の命が惜しいし、丁種免許は足を引っ張るということで立入り禁止となっている。
大人しく仕事を終わらせてアパートに帰ろう。
けれど、俺に帰ることを許さないといわんばかりの悪寒が再び背中を走った。
なんだ…なにを見落としている……?
もしやこの騒動はさらに広がるということか?
それならアパートに戻って荷物をまとめたらすぐに遠くに逃げなければ。
ふと…先ほどスマホで見た名前を思い出した。
まさか、まさかだろうと思いながらニュースを見る。
緊急速報として現場の凄惨さを実況しながら、画面下部のテロップに現場に取り残されているであろう人達の名前が流れていく。
自分は友達が少ない、知っている名前なんて流れるはずがないのだ。
そう思いながらも必死にテロップで流されていく人の名前を目で追う。
……見知った名前が、三つあった。
自分の仕事道具すら仕舞い忘れて、現場に走った。
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