第8話:サラバ雅典女学園 後編

 食堂の奥にあるテーブルに五人の男女が座る。

 手前側には未来・自分・近衛さんの三人。

 奥側にはフィフス・ブルームの鳴神と付き添いの女性が座る。

 そしてテーブルの真ん中には紅茶が四杯、そして自分用の緑茶が一杯。

 あとお茶請けとしてさっき貰ったガーネットチェリーとクッキーが添えてある。


「初めまして、フィフス・ブルーム第一課の鳴神 結(なるかみ ゆい)です」

「同じくフィフス・ブルーム第一課、天月 牧(あまつき まき)です」


 そう言って二人は名刺をこちらに差し出してきたので受け取る。

 日本でも数少ない甲種の駆除記録を持つ男なのだが、その無駄に長い髪は何なのか。

 後ろで束ねるくらいなら切ればいいだろうに。

 女性の方はお淑やかな雰囲気がするが、外来異種駆除の最前線となる第一課に所属しているというのなら、恐らく鳴神と同じ新世代の人なのだろう。


「警備管理担当の近衛 三穂津(このえ みほつ)です」


 近衛さんも懐から名刺ケースを出し、名刺を交換する。

 あれ…もしかして名刺持ってないのって自分だけ?

 いや、学園生の未来も持ってないから仲間外れではないはずだ。


「雅典女学園、一年生の未来 未来 六華(みらい ろっか)です」

「外来異種駆除業者の荒野 歩です。名刺は無いです」

「…荒野さん、名刺は持っていなくても切らしているというものです」

「えっ、なにそれ知らない」


 持ってないなら無いって正直に言えばいいじゃん!

 なんでそんなウソつかないといけないの!?


「未来さんは確か、先日外来異種の被害にあった子供を助けられてましたね。雅典女学園の見本ともなる素晴らしい行いであったと思いますよ」

「そ、そんな別に大したことはしてなくて!」


 イケメンからストレートに褒められた未来が少し顔を赤くしながら、手を横にブンブンと振る。

 おい止めろ、俺もセットで好きになるぞ、いいのか!


「謙遜しなくていいのよ、未来さん。私も最初は人を助けるということは簡単だと思っていたけど、この仕事をしてからとても難しい事だって理解したの。だから、本当に貴女のことを尊敬しているわ」


 卒業生である天月さんからも褒められ、未来の方は若干パニックになっている。

 褒められ慣れていないのだろうか。


「いえ、本当に全然でして…感謝状も貰いましたけど――――あれ、そういえばどうして荒野さんには賞状が贈られなかったんですか?」


 未来が不思議そうな顔をしてこちらに尋ねる。

 別に特別な理由などもないし普通に答えることにする。


「それは"当たり前だから"だよ」

「当たり前って…どういうことですか?」

「君は学生で、善意で人の命を助けた。だけど俺は駆除業者で、外来異種を駆除するのがお仕事だからやって当たり前…ってやつだね」


 スマホで見ていたニュースでもそんなことを言っていた、むしろ対処が遅かったという意見もあったくらいだ。

 それを聞いて未来が頬を膨らませるのだが、怒っているというよりも可愛いという感想しか出てこない。


「なんですかそれ…荒野さんはお金を貰ってないのに、あたしが助けてって言ったから助けてくれたのに、他の人は見てるだけだったのに、どうしてそんなこと言われなきゃいけないんですか!」

「そういうもんだからねぇとしか……」


 五十年前にいきなり外来異種という生物が沸いて出てきたんだ。

 皆が皆、自分は悪くないと思った、だからこそ誰かのせいにしたかった

 そして何年も何十年も誰かのせいにし続けた結果がこれだ、自分みたいなちっぽけな小市民にはどうしようもない。


「未来さんの気持ちもよく分かります。ですが、そういう人達だけではありません。しっかりと我々のような仕事を理解してくれている人達もいます。だから、オレ達はこうやって働けているんです」

「俺はこの業界で数年くらい働いてるけど、そういうこと一度も無かったから羨ましいなぁ」


 瞬間、空気が凍りついた。

 その場にいた四人の顔がとても気まずそうなものに変わる。

 あれ…もしかして俺、何かやっちゃいました……?


「あ、いや、そんなことなかったわ! 未来さんにお礼も言われたし、九条さんと水無瀬さんからもありがとうって言われたから別にそんなことなかったわ!」

「あの…荒野さん……それ、最近のお話じゃ…」


 場の空気がさらに凍てついた気がする。

 フリーズというかもう時間停止かと思うくらいに皆の表情が凍り付いている。

 あれ、そういうフォローを求めてたわけじゃなかった……?


「ンンッ、失礼しました。ところで、鳴神さん達との会議につきましてはもう少し遅い時間だったと記憶しておりましたが」


 そんな絶対零度の話題を近衛さんが砕いてくれた。

 よし、これでさっきまでの話は流そう、そうしよう!


「申し訳ありません。私はここの卒業生でして、少しばかり懐かしくなって早く来てしまったんです」


 なるほど、天月さんはここの卒業生だったのか。

 ……なんでお嬢様学校を卒業した人が、わざわざ外来異種駆除業者とかいうクソッタレな仕事をしているのだろうか。


「それと食堂に前任者の方がいらっしゃると聞いたので、一足先にご挨拶をと思いまして」


 そう言って向こう側の二人はこちらを見る。

 "底辺業者が…ペッ!"みたいな顔をしてくるかと思ったが、先ほどのやり取りのせいかぎこちない笑顔を向けてくる。


「えぇっと、仕事の話をするなら学生がいない方がいいのでは」


 そう言って未来の方に視線を動かしたのだが、相手方から否定の言葉が出てきた。


「外来異種に関する調査結果などにつきましては会議の際にお話しようかと。今回は人となりを知りたくて、お会いしに来たのです」

「なんかお見合いみたいっすね」


 つい思ったことを呟くと、イケメンさんが思いっきり口に含んでいた紅茶ごと咳き込んだ。


「ゴホッ……すいません、ちょっとビックリしてしまって。あはは、この場合は相手は誰になるんですかね?」

「…私は鳴神くん一筋だよ」


 そう言って天月さんがイケメンの服の端をクイクイッと引っ張る。

 なんだこれ、俺は何を見せられているんだ、新手の拷問かこれ?


「こっちもスイマセンでした。やっぱ寝取られはダメっすよね」

「ははは、そうですね。そういうのはいけないことですよね」


 男同士、取り合えずこの話はここまでにしようと笑いながら話を合わせたのだが、女性陣からは全く別の反応が返ってきた。


「ねぇ、鳴神くん。ネトラレってなに?」


 俺とイケメンの息が止まった。

 そういえばここはお嬢様学園だった、知らなくても不思議ではないのだ。

 自分の口から説明するわけもいかないので近衛さんの方に何とかしてもらおうと目で合図を送る。


「すみません、私も初めて聞いた言葉です。どういった意味なのですか?」


 とても気まずい。

 口直しにガーネットチェリーを食べつつ、チェリーのヘタで蝶々結びをしながら現状を打開する方策を考える。


「ッスゥー……ちょっとアレな意味なんで、近衛さんはあとでスマホかPCを使って画像検索してみてください。あ、未来ちゃんは大人になってから調べてね?」


 自分の台詞である程度の内容を察したのか、真っ赤になって俯いた。

 そして近衛さんからの視線が出刃包丁のような鋭さになっていたので逃げるように矛先を変える。


「天月さんは、彼氏さんに教えてもらってくださいね」

「分かりました。鳴神くん、あとで教えてね」


 イケメンが目を見開いてこっちを見てきた。

 すまない、そっちは管轄外なんだ。

 自分の彼女さんなら自分で何とかしてくれ。


「すいません、ちょっと話題変えましょうか! え~っと…荒野さんは駆除業者として長いみたいですけど、免許の種類は何ですか?」


 おっ、免許マウントか?

 それならこっちも考えがあるぞ。


「ちょっと奥さん、聞きましたか? 仕事の話をしないとか言いながら、彼ったらお仕事に関わる話をしてますよ」

「鳴神くんは真面目ですからね~」

「え、待ってください。今のオレが悪かったんですか!?」


 このイケメン、イジると超楽しい。

 お嬢様学校という環境の中、自分がイジれるのはこのイケメンしかいない。

 角が立たないくらいにイジりまくって球体になるまでイジり続けることにしよう。


「鳴神くん、こういう時は先ず好みの女性について聞くべきだよ。取り合えず天月さんとは別の女性と付き合うとしたらどんな子がいい?」

「ちょっとそれ取り合えずで聞く質問にしてはハードル高すぎですよ!」


 知ってる、だから聞いてるんだ。


「天月さんを除外するとしてって仮定してるわけだし、別に浮気にはならないよ。で…どんな子がいい?」


 自分の彼氏が何と言うのか気になっている様子で、天月さんはイケメンの方をじっと見ている。

 なお見つめられている本人は後ろめたい背景がなかったとしても、凄く気まずいことだろう。


「………いやぁ~牧さん以外の日とっていうのは、ちょっと考えられませんね」


 その言葉を聞いて天月さんはウキウキ顔である。

 チッ、命拾いしたな。


「そういう荒野さんはどういう女性が好みなんですか? 隣にいる未来さんや近衛さんのような方がよかったりしますか?」


 この野郎、今度は自分の番といわんばかりにこっちに話題を振ってきた。

 近衛さんの方はどうとも思ってなさそうな顔をしているが、未来の方は真っ直ぐにこっちを見ている。

 ここで"はい"と言えば未成年に欲情したとかで捕まる。

 だが"いいえ"と言ったらそれはそれで機嫌が悪くなるかもしれない、最悪嫌われる。

 ……あれ、これ詰んでない?


「ッスゥー……そうだ、免許の話だったよね。ほらこれが俺の免許」

「話逸らすの下手ですか」


 だまらっしゃい!

 これ以上お互いに傷つけあっても何も得るものはない。

 

「えっと…丁種免許?」


 天月さんが自分の出した免許を見て驚いている。

 イケメンの方も見てみるが、ちょっと顔が引きつっているかのように見えた。


「免許の獲得日付が五年前……ずっとこの免許だったんですか?」

「別に困らないからね」


 丙種以上の外来異種を駆除しても適正金額を支払ってもらえないけれど、そこまで困ってないし。

 

「丙種以上だと第三級要請依頼があるじゃないですか、それが嫌でずっとその免許なんですよ」

「第三級要請依頼って何ですか?」


 未来が不思議そうな顔で聞いてきた。

 この業界で働いていたら常識だけど、そうじゃないなら知らなくても無理はないか。

 ちょうといい機会でもあるし説明しておくことにする。


「例えば誰もやらないような仕事、緊急性がある仕事、そういった仕事を国から依頼されるのを第三級依頼要請って言うんだよ」

「あれ、お仕事って区役所で受けたりするんじゃないんですか?」

「区役所のはあくまで報告されてる外来異種の場所のマークで、その地点にいって駆除をして回収場所に持ち込んだらお金が貰えるって仕事だから、依頼とは別だね」


 ちなみにこの第三級要請依頼にはそれなりに強制力がある。

 拒否したら免許を剥奪されるのだが、仕事を全然しない業者への罰点みたいなものだ。

 そもそも本当に問題を解決する気があるなら、それなりの会社に依頼すればいいだけの話なのだ。


「あの、免許ってあたしでも取れますか?」


 自分の話を聞いたせいか、どうやら興味が湧いたらしい。


「未来さんも同じお仕事してみますか? フィフス・ブルームに入られたら免許の取得から更新までしっかりサポートいたしますよ」


 同じ学園の後輩が来るのが嬉しいのか、天月さんが嬉しそうな顔をしてアピールしてくる。


「そういえば未来さんはオレや牧さんと同じ新世代だったよね。フィフス・ブルームには同じ人が沢山いる、きっと気に入ってくれるはずだよ」


 すかさずイケメンの方も合いの手を入れてきた。

 こんなクソみたいな業界に未来お嬢様を引き込もうとするとか、許されざる暴挙と言わざるをえない。


「あたしの夢も、役に立つかも……」

「止めといた方がいいよ」


 おかしなことを考える前に釘を刺しておく。

 自分は立派な大人とは間違っても言えないダメな大人だけれども、それでもこれは言っておかないといけない。


「この道しかないのなら仕方がないけど、色々な人から白い目で見られるような仕事だからキツイよ」

「えっと…それなら第三課とかどうでしょうか? 人前には出ないので、負担は減るかと」


 天月さんが提案するが、それも意味がない方法だ。

 未来が自分の力を使う意思がある限り立ち塞がる問題が残っている。


「例えば、君がそこの鳴神くんが外来異種に右腕を食べられる夢を見たとしよう。それを報告して…どうなると思う?」

「どうって……右腕が怪我をしないように注意するとかですか?」


 うん、それが普通の考えだ。

 だけど表側しか想定できていない考えだ。


「その結果、鳴神くんの左足が食べられたらどうする?」


 その場にいた女性陣の息を呑む音が聞こえた。

 だが、この仕事をしていく限り必ず想定しなきゃいけないことだ。


「他にも別の人が負傷した・誰かが死んだ・一般人に被害が出た、色々と考えられるね。その時、君は皆にどう思われるかな?」

「荒野さん――――」


 鳴神くんは自分の言いたいことを察したのだろうか、何かを言おうとする。

 だけどそれを手で制した。


「なんで教えてくれなかった・余計に事態が悪くなった・嫌いな人だったから隠してたんじゃないか……無関係の人達じゃない、知っている人からそう言われることになる」


 一呼吸おいて、しっかりと思いを込めて言う。


「特別な力があるからといって、それを使わなきゃいけないなんて決まりはない。だから……こんなクソみたいな仕事、しなくていいならしない方がいい」 


 なんともひどい話である。

 なにせそのクソみたいな仕事で生きている張本人がこんなことを言っているからだ。

 自分にはこの道しかなかったからこの道を歩んでいるが……もしも別の仕事をしていたなら、自分もきっと世間と同じような人間になっていたことだろう。

 それを理解してるからこそ、この子にはこっち側に来てほしくない。

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