第6話:誰かの非日常と、誰かの日常

【未来 六華サイド】


 荒野さんが雅典女学園に通うようになってから数日が経った。

 学園生活は何も変わらなかったけれど、それでもあの人がいるというだけで安心感があった。

 あたしが外来異種に襲われたときも、旧校舎のときも、荒野さんが何とかしてくれた。

 本人は"大したことはしていないし、俺より凄い人の方が多いよ"と言っていた。


 確かに抗体世代と呼ばれるような強さもないし、あたしのような新世代が持つ特別な能力もない。

 それなのにあの人は危険な仕事をこなしながら一人で働き続けている。

 だからだろうか…また何かがあったとしても、あの人ならきっと何とかしてくれると思ってしまう。


「失礼します」

「し、失礼します…」

 警備棟に入り、プレートに休憩室と書かれている部屋に水無瀬さんと一緒に入る。

 今日ここにきた理由は、水無瀬さんが旧校舎の小火で助けてもらったお礼を言いにきたからだ。

 本当なら九条さんも一緒に来るはずだったのだが、意識を失っていたこともあるのでまだ安静にしているようにとお医者さんに言われている。


 一人だと気後れするということで、あたしが付き添いとしてついてきたのだが、肝心の荒野さんは床に突っ伏して寝ている。

 本当に寝ているのか不思議なくらいに微動だにしない、ちょっと心配になるくらい。


「未来さんに水無瀬さんね、悪いけど起こさないようにしてもらえるかしら。夜からが仕事の本番だからね」


 そっと起こそうとしたら女性警備員さんに止められてしまった。

 そういえばあたしが学園にいる間に荒野さんを見たことはほとんどなかった気がする。

 

「えっと、何で夜に働いているんですか? お昼とかの方が健康にもいいと思うんですけど」

「夜に活動する外来異種もいるらしいのと、人がいない教室を調べる為なのと、あとは安全の為ですね」


 安全の為と聞いて首をかしげる。

 朝とか昼の方が明るいから安全だと思うのに、どうしてわざわざ暗い夜の方が安全なのだろうか考えてみた。


「…もしかして、生徒の安全に配慮という意味ですか?」

「そういう意図もあります。丙種に襲われた未来さん、そして旧校舎の小火を体験した水無瀬さんなら理解してもらえるかと」


 あたしと同じくらいの大きさの外来異種、いま思い出しても体が震えそうになる。

 もしもまたあんなのがいたとしたら、しかも学園内にいたとしたら大変なことになってしまう。

 つまるところ、夜の方が安全というのは荒野さんのことではなく、私達生徒のことなのだ。


「あの、危険なモンスターも多いって聞きますけど、大丈夫なんですか?」


 寝息すら立てておらず、死体じゃないかと思うくらいに静かな荒野さんを心配そうに眺めながら、水無瀬さんが尋ね、警備員さんがそれに答える。


「その点については問題ありません。個人情報なので詳しいことは話せませんが、荒野さんは前に勤められていた駆除業者会社の数少ない生き残りであり、少し前に乙種の駆除記録も残されています」


 乙種…ニュースでもよく聞く危険な分類の外来異種のモンスターであり、これより上は甲種しかない。

 会社の人が死んだというのに一人でこのお仕事を続けている…あたしが思っていたよりも、荒野さんが凄い人だということを実感した。


「あの…それはそれとして、ちゃんと息とかしてるんでしょうか?」


 そう言って水無瀬さんが荒野さんの口と鼻に手を近づける。

 手の匂いにつられたのか、荒野さんが口を開けてその手を食べようとしたので、水無瀬さんはヒャンという台詞と同時に後ろに飛びのいた。


「あ、気をつけてください。彼は今とても空腹ですので、何でも食べようとします」

「まるで野生動物みたいですね…食堂で何か食べたらいいんじゃないですか?」

「夜は食堂は開いていません。夜勤の者の為に夜食は作られているのですが、彼の空腹を満たすほどではないそうで」


 体力を凄く使う仕事だからだろう、今度なにか差し入れでも持ってこよう。


「そういうわけですので、何か用がありましたら下校時ではなく朝の方がいいでしょう」


 流石に疲れている所を起こしてまでお礼を言うのは逆に失礼になるので、あたしと水無瀬さんは休憩室をあとにした。


「なんか、すごかったね」

「うん…意外だったし、すごかったね」


 水無瀬さんが言う意外というのはTVのニュースから出来てしまった外来異種駆除業者とのイメージと実態の違いについてだろう。

 ニュースでは駆除業者が建物を破損させた、怪我人を出した、事故を起こしたというものばかりが取り上げられている。

 その一方で有名な駆除業者の手取りはサラリーマンの年収を超えるとか、危険な現場に立ち向かう勇敢な人として報道している。

 そのせいで一部の有名な駆除業者会社は嫉妬されて、他の会社はあまりよくないイメージがあったりする。

 実際にあたしや水無瀬さんもそういうイメージを若干持っていた。

 だけど、実際に接することでイメージはあくまで虚像でしかなかったのだ。


「今度お礼に行くときは、九条さんも一緒に何か食べられるものを持って行こっか」

「そうですね。お菓子よりもお弁当のほうがいいですかね?」


 そんな感じで正門の前まで水無瀬さんと歩き、そこで別れる。

 水無瀬さんはお母さんが車でお迎えに来てくれるのであたしも一緒にどうかと聞かれたけど、家はそこまで遠くないので遠慮しておくことにした。


 帰宅途中、小雨が降ってきたのでカバンから折り畳み傘を取り出す。

 突然の雨で少し気分が憂鬱になりながらも、近所の子供が遊んでいる声を聞いて少し羨ましくなった。

 人のいない工事現場で遊ぶ子供達を見て、あたしもああやって遊びたかったなぁと思いを馳せる。

 お父さんとお母さんはあたしの夢のことを知っているので、危険な場所には近づかないようにと念押ししている。

 あたしもそれについては当然のことだと思ってはいた。

 けれど、それでも一度くらいはああやって遊びたいという気持ちが残っている。

 いつか大きくなったら、一人前の大人になったら、ちょっとだけ危ないことをしてもいいのだろうか。

 それともずっとこのままなのだろうか。


 分からない、分からないけれどもどうすることもできない。

 あたしはどうにもならないことを考えつつ、子供達の叫び声を背にして家に帰る。


 ………叫び声?

 さっきまで子供達が遊んでいた場所に目を向けると、子供が二人泣きじゃくってる。

 その子達の足元には、倒れている子供の足が見えた。


「どうしたの君達!」


 急いで駆け寄り、思わず息を呑んでしまった。

 大きなナメクジが子供の上半身を飲み込むかのように張り付いているのだ。

 何とか振りほどこうとしたのであろうと思われる跡が地面に残っているが、今は痙攣するかのように手足が動いているのしか見えない。


「コウくん、モンスター退治だっていって…ナメクジをいじめてて……」

「そ、そしたら…ずっと動かなかったのが、いきなり飛んできて…お願い、おねえちゃん助けて!」


 泣きじゃくっていた子達の話を聞くも、どうすればいいのか分からないが、とにかくこのナメクジを引き離さないといけない。

 その為にはコレに触れなければいけない。

 ウジュウジュと奇妙な音を立て、おかしな脈動と臭いを放つこの外来異種に。

 素手で触ろうと思っただけで嫌悪感で手足が震えてしまう。

 あたしは折り畳み傘を一度畳み、それでナメクジをどかそうと必死に押し出してみようとする。

 だけど水や他の何かも吸っているのか、重くてビクともしなかった。


 そうしている間にもナメクジに飲み込まれてる子の手足の動きが弱まってる。

 何か道具はないかカバンを漁る、どうすればいいのか考える、だけど何も思い浮かばない。

 だってこんなこと知らない、夢でも見たことない!!

 分からない! 分からない!! どうすればいいのか分からないよ!!

 そこでポケットにあるスマホに気付き、縋りつくような思いで新しく入れた連絡先に電話する。


「………ふぁい」

「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 大きなナメクジが、男の子の上に! その、窒息しそうになってて!!」

「――――場所はどこ? 何匹?」


 気が抜けたような声だったけど、あたしの切羽詰った声を聞いたからか、しっかりとした声に変わった。


「場所は、その…学園の正門から出て右に真っ直ぐ進んだ所にある工事現場です! あと、一匹だけです!!」

「分かった、スグに向かう。ついでに救急車と周りの人がいたら手伝ってもらうよう呼んでおいて」


 それだけ言って荒野さんとの通話は終わり、そのまま119番に電話をつなぐ。


「こちら119番です。火事ですか、それとも救急ですか?」

「き、救急車をすぐにお願いします! ナメクジのモンs…外来異種が子供を窒息させてて!」

「分かりました。救急車だけで大丈夫ですか?」

「えっと…専門家の人がもうすぐ来るから、救急車だけでもすぐにお願いします!」

「はい、それでは住所をお願いします」


 電話を受け付けている人は迅速に対応してくれているということは理解できている。

 だけど目の前で死にそうになっている子供を見ると、どうして救急車を呼ぶだけにこんなにも時間が掛かるのかと焦燥感があたしを追い立てようとする。

 それでも何とか住所を伝え、電話を切る。


 工事現場の外には異変を感じ取ったのか、何人かの人が遠巻きにこちらを見ていた。


「お願いします、助けてください! 子供が窒息しそうになってるんです!!」


 荒野さんに言われた通り、その人達に手伝ってもらおうと声をあげる。

 だけどその人達はその場から動こうとしなかった。

 困ったような顔をしたり他の人に視線を移したりスマホを構えるということはしているのに、何故かこちらには一歩も近寄ろうとしなかった。

 助けてほしいのに。

 目の前であたしよりも小さな子供が死にそうになってるのに。

 まるでアッチとコッチに超えられない境界線があるかのように、誰もこちらに来ない。

 怒る気持ちも悲しい気持ちも沸きあがらない。

 ただ…"どうして?"という気持ちでいっぱいだった。

 

 そして、そうしている間にもナメクジに飲み込まれそうになっている子は消耗していっている。

 こうなったらここにいる皆で何とかしなきゃいけない!


「皆、一緒にどかすよ」

「う、うん…!」

「いっせーのでっ!」


 今でもこのナメクジの外来異種に嫌悪感があるけれど、もうそんなことを気にしている余裕なんて残っていなかった。

 あたしは二人の子供と一緒に一生懸命にナメクジをどかそうと力を込める。

 それでもナメクジはそこから動かなかった。

 冷たくヌメヌメとした感触が手から伝わり、思わず悲鳴をあげて逃げそうになる。

 あたしが手を離さなかったのは、下にいる子の体温を少しだけ感じられたからだ。

 それでも、あたしにはこの状況をどうにかすることはできなかった。

 こんなにも周りに人がいるのに、助けようと頑張っているのに、何も変わらない。

 自分の無力さだけが存在するかのように、まるで暗闇の中に落ちていく錯覚を覚える。


 雨音と一緒に、遠くから誰かが走ってくる音が聞こえる

 人の波を掻き分けて、確かにこっちに来ている足音が聞こえる。


「お待たせ! 状況は?」


 そこには、大きなアルミケースを持った荒野さんと、休憩室にいた警備員さんの二人がいた。


「あの、あの! 救急車は呼んで、何とかしようとして! だけど、どうにもならなくて…ッ!!」


 必死に伝えようとするけど喉からうまく言葉が出てこない。

 何を伝えればいいのか、どう言えばいいのか、あれでよかったのか、それともあたしは何か間違えたのか。

 感情だけが溢れ出してどうにもならなかった。


「うん、分かった。もう大丈夫だからちょっと離れてて」


 警備員さんは遠くで見ている人達の所に向かい、救急車の邪魔にならないように移動を促している。

 そして荒野さんは手馴れた手つきで大きなアルミケースからスコップを取り出す。

 だが、使うことなくそのスコップを地面に置いた。


「こーれーは……まずいな」

「ま、まずいって…どうしたんですか? 早くしないとこの子が!」

「いや、切れ目を入れて切断しようかと思ったんだけど、子供がいるせいで手が出せない。縦切りはもちろん、横から切ろうにもどこまで抱え込まれてるか分からないから下手すると鼻とか耳も切り飛ばしちゃう」


 つまり、このナメクジを剥がさなければどうしようもないということだ。

 荒野さんも力で引き剥がそうとするが動くのはナメクジの体勢だけで、子供と引き離すことができなかった。


「こんの軟体生物め…子供を人質にとりやがって!」


 せめて呼吸だけでもと手を突っ込んでみるも、しっかりと子供に吸着しているせいで隙間すらない状態だ。

 あたしにもっと力があったら助けられたのだろうか、それとも夢でこのことを見ていたら防げたのだろうか。

 分からない……あたしには、何も分からない。

 

 突然、荒野さんがスコップを片手に立ち上がる。

 強硬手段に出るのかと思ったけど、何故か工事現場の奥へと走っていき、何かの袋を二つ抱えて戻ってきた。


「俺は止めろっつったろクソナメクジが……覚悟しやがれ」


 そう言ってスコップで両方の袋を破り、その中身の粉をナメクジに思いっきりかけた。

 するとどうだろう、先ほどまで頑なに動かなかったナメクジが凄い速さで飛ぶように男の子から離れた。

 それを見て荒野さんは右手のスコップを大きく振りかぶり、逃げたナメクジに向かって突き刺した。

 しばらくは身悶えしていたものの、その後すぐにナメクジは動かなくなった。


 その後、ナメクジに飲み込まれていた男の子の容態をすぐに確認する。

 ただ、荒野さんはこういうことが得意ではないのか、遠くにいた警備員さんを呼んだ。


「どうですか?」

「多分…呼吸が止まってますね。人工呼吸が必要です。私が心臓マッサージをするので、荒野さんが息を送ってください」


 そう言って警備員さんは両手を添えて男の子の心臓マッサージを始める。

 荒野さんも男の子の口に顔を近づけ……そこで止まった。


「あの、俺がやっても捕まりませんよね?」

「この状況で何言ってんですかアナタ!?」

「いや、だって! AED使ったら訴えられたってニュースが!!」

「その時は私が訴えた奴を殴って、そっちの保釈金も出しますよ!」

「あ、捕まることは否定されない……分かりました、覚悟しときます」


 何かを諦めたような、受け入れたかのような顔をしながら荒野さんが男の子に息を吹き込む。

 それと同時に遠くから救急車のサイレン音が聞こえた。


「よし、ここは専門家に任せましょう!」

「うん…まぁいいけどね。それじゃあ私はこの子を運ぶよ」


 そう言って警備員さんが男の子を抱っこして救急車の元まで走る。

 それと、男の子の友達が不安そうな顔をしてこちらを見つめてきた。


「あの…お姉ちゃん。僕達どうしたらいいの?」

「う~ん…友達が心配なら、あのお姉さんについていくといいよ」


 それを聞くと二人の子供は救急車の方へと勢いよく走っていった。

 残されたのはあたしと荒野さんだけ。


「荒野さん、また助けてくださってありがとうございます」


 あたしが頭を下げてお礼を言うと、荒野さんは照れくさそうな顔をして手を横に振った。


「ん? いやいや、これも仕事みたいなもんだから気にしなくていいよ」

「でも…あたしと違って、子供を助けることができました」


 荒野さんは本当に頼りになる。

 だからこそ、つい弱音が零れ落ちてしまった。

 そしてそれは次々に零れていく。


「あたし、何もできませんでした……電話で荒野さんを呼んで、それだけです…」


 無力な自分がイヤで顔を伏せてしまう。

 そんなあたしにも降り注ぐ冷たい雨が頬を伝う。

 冷たくて…寒くて……だけど、不意にその雨が止んだ。

 顔を上げると荒野さんが落ちていた折り畳み傘を広げて、しかもタオルであたしの頭を拭いてくれた。


「なに言ってんの、完璧だよ。未来がやったことはパーフェクトな対応だよ」


 あたしが弱音をはくせいで、荒野さんに気をつかわせてしまった。

 それが分かっているからこそ、その言葉を受け取れなかった。


「……どこがですが? 休んでた荒野さんを起こして…言われたことしかできなくて……ううん、人に協力してもらうこともできなくて…あたし、ほんと無力で…何もできなかったんです…ッ!」


 荒野さんに当たることは間違ってる。

 分かってはいるけれど、それでも吐き出さずにはいられなかった。

 そしてこの人にこんなことを言ってしまった自分に嫌悪感を覚える、それと同じくらいに怖くもあった。

 こんな良い人に嫌われてしまったら、あたしは一体――――


「ちゃんと助けを呼べたじゃないか。それでもう充分だよ」

「…そんなこと、誰でもできるじゃないですか」

「いやいや、出来ないんだよ。誰でも出来ることじゃないんだよ。緊急時とかパニックになると、助けを呼ぶって選択肢が出てこない人も多いんだよ」


 助けを呼ばない人がいる…?

 本当にそんな人がいるのだろうか。


「だいたいの人は想定外のことが起こると頭でどうしようか考えて実際に行動を起こせない。行動に移せても自分で何とかしようとして失敗する…いや、ほんとよくあるんだよ」


 感慨深いといった感じで荒野さんがしみじみと語っている。

 今までにもそういったことがあったのだろうか。


「だから、出来る人に任せるっていうのが一番大事! そもそも、未来が電話しなかったらあの子は助からなかったよ」


 つまりそれは……あたしが電話をしたから、助けを求めたから………。


「そういう意味では、あの子を助けたのはキミのおかげだったわけだね。ありがとう、ちゃんと助けを求めてきてくれて」


 そう言いながら荒野さんは笑いながらあたしの頭をタオルで優しく拭いてくれた。

 あたしは自分が無力だと思ってた、何も出来ないと…失敗したと思っていた。

 だけどこの人は違うと言ってくれた、何も間違っていないと肯定してくれた。

 その言葉であたしの中にあった緊張感などの気持ちと一緒に、腰が抜けて地面に座り込んでしまった。


「あぁ……ああああ……うわああああぁぁ…!」


 スカートとパンツが濡れてしまったけど、もうそんなことは気にしていられなかった。

 人前でみっともなく涙を流すことも、声をあげて泣くことも止められなかった。

 あたしが一番信頼していた人に認められたこと、そして自分の行動で人を助けられたことが嬉しくて、感情が爆発してしまったのだ。


 そんなあたしの姿を見て荒野さんが慌てふためいている。

 そして周囲にはまだ人がいることもあり、なんとか泣き止もうとしてみたけれど、全く抑えられなかった。

 それどころか今まで溜め込んでいた分まで発散するくらいに涙が出てきて止まらない。


「すみません、通報があって来たのですが」


 知らない声が聞こえたのでそちらに顔を向けると、制服姿の警察官の人がいた。

 

「あ~……すみません、ちょっとお話いいでしょうか」

「違うんです信じてください!!!!」


 物凄い早さで否定から入る荒野さんの手首を、警察官の人が掴む。

 荒野さんは逃げたら余計に事態が拗れるということを理解してるのか、必死に顔を横に振って何かを否定しようとしている。


「そうですか、違うんですか。では何が違うのかをお聞きする為にも、お話を…」

「いやほんとそういうんじゃないんです! あ、未来さん! 未来様! 俺の無実を証言してください、お願いします!!」

「ウアァ……ハハ…ハハハ、アハハハハハッ!」


 ついさっきまであんなにも頼り甲斐があって強く見えていた荒野さんは何処へいったのやら、そこには弱々しくどうしようもなさそうな荒野さんがいた。

 そんな荒野さんの姿を見て、あたし笑いを抑え切れなかった。

 何もできない無力な子供だった自分のことも一緒に笑い飛ばすように、あたしは大きな声で笑ってしまった。

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