第2話:叫竜とガラスのスコール
予想外の乙種の駆除によりボーナスが手に入ってホクホクになった俺は新しい仕事道具を揃えた。
作業着のつなぎも予備の新しいやつを買い、心機一転である。
本当はボロくなったトランクケースも買い換えたがったが、まだ使えると思い止めておいた。
まぁ自分は丁種免許なので、前の乙種の駆除については適正範囲外の仕事として報酬が少し減ったものの、乙種の駆除は色々と買い揃えられるくらいには実入りがいいものであった。
なお、報酬が減額されないように免許の更新をしてはどうかとブンさんが乙種免許の申し込み用を用意していたが、断固としてNOと言っておいた。
仕事のモチベーションも上がり、今日はちょっといつもとは違うことをしてみようと思ってちょっと都心の近くまで足を伸ばしてみることにした。
「…で、なんでこんなものを持ち歩いてたの?」
「その…仕事で……」
作業着を着た不審者が、トランクケース片手に徘徊…警察に目をつけられないはずもなく…俺は仕事道具を地面に並べて職務質問を受けている。
「ほら、免許見せて。なになに…お兄さん、外来異種の駆除業者なの? なんでここに来てるの?」
「いや…なんか仕事ないかなって……思って…」
「仕事ならスマホで受けてから現場に行くもんでしょ? なんで仕事を受けてないのに来たの?」
「ソッスネ…ホント…」
中学生の頃に意味もなく夜の街を散歩したくなった病が再発したとは死んでも言えない。
というか言ったら恥で死ぬ。
「こっちもこういうこと言いたくないけどさ、こんな危ないもの持ち歩いてられたら怖がる人もいるんだよ」
「ハイ…ハイ…」
「今回は注意だけにしておくけど、次からは気をつけてね」
「ッス…気をつけます…」
そんな感じでなんとか解放された。
朝の最高の気分が一気に奈落の底まで落とされた気分である。
いやまぁ学校にテロリストが入ってきた妄想よろしく、仕事道具を持って街を徘徊してたら何かないかと期待していた自分のせいなのだが。
このまま帰るのもシャクである、適当にランチでも食べてから帰ろう。
だがここは学生が多くいる場所であるため、店内は学生ばかりで作業着を着ている自分が入ったら異物感が凄い。
仕方がないのでテイクアウトで紙パックのお茶とおにぎり4つを買って近くの公園で食べる。
公園のベンチに座って昼飯を食べながら周囲を見る。
社会人以外にも集団で駄弁っている男子学生、ひとりベンチに座りながらお弁当を食べてる女子学生。
自分の学生時代を思い出す…教室で飯を食ったらそのままクラスメイトとゲームしてた記憶しかない。
ああやって外で食べてリア充を気取っていたら何か変わってただろうか、いやないな…性根が変わらなきゃ意味がない。
そのままボーっとしながら昼飯を食べていると、突然隣のベンチにおっさんが座ってきた。
よくよく思うのだが、どうしてこういう人は人の隣に座るのだろうか。
「お昼ご飯中に悪いね。俺はこういうもんで」
そう言っておっさんが懐から警察手帳を出してきた。
あ、刑事さんだから座ってきたんですね、逃がさないぞって意味ですねこれ。
「あの…職質はさっき受けたのでまたされるのはちょっと…」
「ん? ああ、いやいや…そういうものじゃないよ。ちょっと聞きたいことがあってね」
「それを職質と言うのでは…?」
もしかしてあれか、女子学生を見てたから通報されたのだろうか。
さっきまでベンチに座っていた子の所を見ると、その女の子は気まずそうな顔でこちらを見ている。
違うんです別にいやらしい目で見てないわけじゃないですけどそれは男のサガみたいなものでやましい行為をする気はないんですほんとです信じてください。
「実はこの辺に外来異種が出たって通報があって、警察が駆り出されちまってんだ」
「はぁ…」
だから警官が色々なところにいて俺が職質をくらったのか。
よかった、どうやらこの人は俺に犯罪歴を加えるためにここに来たわけではなさそうだ。
「こういうのは業者の役目だってのに、警察でも出来るってことを証明させて予算と権力を分捕ろうってバカがいるのさ。おかしな話だろう?」
「まぁ…それでも止められないってことは、失敗しても成功してもいいって感じなんですかね。"ほれ見ろ無理なんだって派閥"と、"予算と人員が足りないせいだもっとよこせって派閥"が結局ぶつかって有耶無耶になる流れですね」
俺がそういうと刑事さんはキョトンとした顔をした後、口を大きく開けて笑った。
「カァーカッカッ! そうなんだよ、結局どちらもお互いの非ばっかり責め合ってるから意味ねぇんだよ。そして俺や下っ端が振り回されてんだ」
「会社だろうと警察だろうと人間がいるならどこも同じようなもんですねー」
まぁ海外じゃ警察が対処してるところもあるから日本でもって思ってる人もいるのかもしれないが、その場合は海外のように家ごと駆除される場合も想定しているのだろうか。
「それでだ、にいさん…あんたの服と荷物を見れば駆除業者の専門家だって分かる。だからちょいと専門家のアドバイスでも聞こうと思ってな」
「アドバイスと言われても、何の種類のモンスター…外来異種なのかが分からないと何も言えないですよ」
文字通りモンスターは千差万別、今でも全部を把握しきれていないのだ。
そして対応を間違えば大変なことになるからこそ、民間に委託して責任をそっちに被せているという面もある。
「自分から言えるのは、とにかくどんな奴だろうとしっかり対処法を調べてから行動すべきってことくらいです」
「当たり前のことだけど、だからこそ大事ってことだな。ありがとよ、参考にさせてもらうよ」
そう言って刑事さんはベンチを立ってどこかに行ってしまった。
それから少ししてから自分も帰ろうかと思ったが、周囲の警察官が慌しく移動するのを見て野次馬根性がちょっと騒いでしまった。
警察ならどうやって対処するのだろうかと思い、少しばかり見学することにした。
走っていく警察を追ってみるとすでに現場には何十人もの人が集まっており、警察は野次馬たちに離れるように指示を出している。
いったい何を駆除しようとしているのかを見てみると、そこには高層ビルの窓に張り付いた大きなトカゲがいた。
あれは…叫竜(きょうりゅう)だろうか。
丙種の危険なモンスターではあるが、対処法さえ分かってしまえば少ない人数でも問題ないものだ。
自分に話しかけてきたおじさんがスマホで撮影してずっと画面を見ている。
恐らくアプリでどういったものかを調べているのだろう。
まぁアレは昼は活発に活動しているが、夜になればかなり大人しくなる生態のため、警察の人たちは夜まで待つことになるだろう。
そう思っていたのだが、なにやら慌しく走っているのが見える。
「おい、海原! どうして夜まで待てんのだ!」
「我々も暇じゃないんですよ、夜までずっと睨めっこしてるつもりですか?」
先ほどの刑事さんと別の人が言い争っているようだ。
もしかして強行駆除でもするつもりだろうか。
「大山さん、警察がこれだけ人手を集めておいて夜まで何もしなかったとしたらどう見られると思いますか? あれだけ大勢いたのに眺めていることしかできない阿呆の集団だと宣伝するようなものです」
「だからといってわざわざ危険な方法をとってどうする。これで被害が出たらそれこそ我々は無能であることを…」
「私もそう思いますよ。だけど、上からも早急な解決をするよう指示がきているんです…それでは失礼」
そう言ってその刑事さんは他の警察官に指示を出して車のトランクからライフル銃のようなものを取り出した。
もしかして実弾で仕留めるのだろうか?
まぁちょっと過激ではあるが、安全に仕留めるならそれが一番だろう。
銃を渡された警察隊員の人たちはビルの屋上まで昇り、そこからゆっくりとラペリングで叫竜に近づいていく。
命中率を上げるために近づいているのだろうが、それでも50メートルくらいがベストではないだろうか。
「海原、ありゃ何だ?」
「外来異種用のテーザーガンですよ。通常のテーザーガンよりも長く20メートル離れた相手にも当たります」
背中から首にかけておぞましい気配が這い上がり、鳥肌が立った。
20メートルというのは叫竜の戦闘体勢範囲だ。
つまりこの高層ビルが並ぶこの場所で、周囲の多くの人がいる状態で、やつが吼えるということである。
「今すぐあの人たちを下がらせてください!」
俺は慌てて警察の人たちを止めようと二人の刑事さんに向かって叫んだ。
「落ち着いてください、外来異種の駆除はもうすぐ終わります」
「いや、待て。この人は専門家だ」
そうこうしている内に、窓ガラスに張り付いていた叫竜は近づいてくる重装備の警察隊員を見て威嚇をするべく口を裂けるように広げて発声器官を露出させた。
ああなってはもう手遅れである。
「逃げろ!!」
大声で叫んでその場から全力疾走で逃げる。
けれども多くの人は俺の後について来ないどころか、足を止めて叫竜を見たり撮影していたりする。
唯一、公園で見かけた女の子が人混みから脱出しようとしたのだが、慌てていたせいか転んでしまった。
俺はすぐにその子に走り寄って手をとって立ち上がらせ、そのまま手を引いて走った。
下心がなかったわけじゃないが、自分の発言を聞いて行動にまで移してくれたこの子を見捨てることができなかった。
だが、キイイイィィィという不快で頭の中に反響する音が聞こえてきた。
女の子は咄嗟に手を離して耳を塞いでしまい、地面に座り込んでしまった。
周囲の人々もこの不快な音のせいで耳を塞いで座り込み、近くの建物も音のせいでかすかに震えている。
これが叫竜の恐ろしさである。
その高音による威嚇の咆哮により周囲の敵対生物を無力化させるのだ。
ピシリ、と…何かにヒビが入ったかのような音が聞こえた、窓ガラスにヒビが入っている。
急いで辺りを見渡す。
ビルの下、間に合わない。
車の下、車がない。
木の下、意味がない!
ガシャンと、遥か上空で一斉に窓ガラスが割れる音がした。
それを見て人々が悲鳴をあげた、地面に座り込んだ子も悲鳴をあげた。
時間がない。
トランクケースを買い換えなくて本当によかった。
もう片方の手で持っていたトランクケースを地面に勢いよく落とすと、留め金が外れて中身が飛び散る。
俺はそのまま空になったトランクケースを被るように頭の上にかざして女の子も自分の近くに抱き寄せる。
小さい悲鳴をあげられたが、そこは我慢してもらう。
直後、局地的なスコールかのようにザーという音が鳴り響いた。
高層ビルのガラスが一気に割れ、それが落ちてきたからだ。
音が鳴り止んだ後、しばらくは静かであった。
けれどもその後は悲鳴の大合唱である。
肩口に大きなガラス片が刺さった人、上を見ていたせいで細かいガラスが目に入って血の涙を流している人、ピクリとも動かず倒れて血だけを流している人。
現場はパニックどころか阿鼻叫喚であった。
ここに居ても、自分に出来ることは何もない。
苦しみ悶えている人々を見て言葉も出ないような状態である隣の女の子を立たせて、その場から離れようとする。
後ろからドスンという音がしたのでゆっくりと後ろを振り向くと、そこには1メートルちょっとあるご機嫌ナナメの叫竜がいた。
しかも目が合った。
目と目が合ったら喧嘩の合図だったろうか、いやソレは猿の場合か。
どちらにせよこんな近距離でまた鳴かれたら鼓膜が破れるか、もっとヤバイことになる。
けれども、あちらはこっちが一番嫌がる手段を行使してきた。
自分が庇っていた女の子目掛けて飛び掛っていったのだ。
咄嗟に叫竜に体当たりしながらしがみついたものの、勢いがあるせいで後ろに倒れそうになる。
そのまま地面のアスファルトに叩きつけられてはその衝撃で動けなくなると判断し、無理やり腰を捻って叫竜の方を地面に叩きつけた。
だけどその程度で大人しくなるはずもなく、自分の腕の中で暴れている。
「キミ! 俺の仕事道具をこっちに投げて!」
せめて武器か何かがないとどうしようもないので女の子に手伝ってもらおうとしたのだが、目の前の状況を処理できずに呆然としてしまっている。
仕方がないので地面に落ちている適当なガラス片を掴み、それを叫竜に突き刺すと大きな悲鳴をあげた。
その声に驚いたのか、女の子の意識がこちら側に戻ってきた。
「えっ? えっと、どれですか!?」
「なんでもいいから!」
そして女の子はあたふたとしながらも地面にあったネイルハンマーを手に取り、こちらに投げる。
右腕と自慢の80kgの体重で叫竜を押さえつけながら、左腕でそのネイルハンマーを掴む。
狙う場所はさきほど叫竜の背中に突き刺したガラス片。
その場所にネイルハンマーの釘を抜く箇所を突き刺して、皮を剥ぐように思いっきり引き裂いた。
あまりの痛さのせいか叫竜はさらに暴れ、そろそろ自分の体重だけでは抑えられなくなってきた。
なんとかハンマーを叩きつけたり刺したりしているものの、決定打がない。
そう思っていたところに、紐のついたコンセントのようなものが叫竜に突き刺さった。
「早く離れろ!」
公園で話していた刑事さんの手にはライフル銃のような大きさのテーザーガンが握られていた。
すぐさま叫竜から手を離して地面を転がり離れると、刑事さんは銃についていたボタンを押して電流を流した。
バチンという凄い音と共に叫竜は跳ね上がり、そのまま動かなくなった。
「悪い…遅れちまったな」
「いえ、助かりました。ありがとうございます。」
刑事さんの手をとって立ち上がり、叫竜の方を見てみる。
何かが焼けるような臭いがしているのだが、死んだのだろうか。
「にいさん、そいつ死んでるかい?」
「どうですかね…どれくらいの電気で死ぬかは流石に分からないので、念のために首を切りたいところですね。刑事さんはもしも動いた時のために、いつでも電気を流せるようにしてください」
「おう、お前さんも気をつけろよ」
取りあえず地面にばら撒かれた自分の仕事道具を集めようかと思っていたのだが、どうやら自分が助けた子が集めておいてくれたようだ。
「ありがとう。でも、危ないからもうちょっと離れてたほうがいいよ」
「わ、分かりました。離れてみてます」
いや、そのまま帰ったほうが…でも、もしかしたら何処か怪我をしてるかもしれないし、救急車が来るまでここで待機してもらったほうがいいのだろうか。
色々と考えながら自分の仕事道具を探すが、刃物系は無かったのでスコップを使うことにした。
「おい…それで大丈夫なのか?」
「これでも軍用なのでいけるはずです」
ボーナスが入って一番最初に新調した仕事道具だ、やっぱりこういう時に使わないと。
先ずは軽く先端でつついてみて、動かないことを確認する。
次に首に当てて押し込もうとするのだが、滑ってうまくいかない。
仕方がないので地面にあるガラス片で首に切れ込みを作り、そこにスコップを入れる。
あとはそのままスコップにかけた足に全体重を乗せて一気に突き刺し、グリグリと動かして切っていく。
そして、それを遠くで見ていた女の子が倒れてしまった。
「…やっぱ、ちょっとグロかったですかね」
「そうだな…まぁトドメは刺せたことは分かったんだ、それでよしとしようや」
叫竜の死体を袋に入れようかと思ったのだが、かなり大きくてかさばるため入らなかった。
仕方がないので袋を何枚も死体に巻いて、ダクトテープでグルグル巻きにしておいた。
「それじゃあこっちは事件の後処理と負傷者の避難をやってくる。あとで話を聞きたいから連絡先を教えてくれるか?」
特に断る理由もないので自分のスマホの番号を教える。
「悪いなにいさん、貸しにしといてくれ」
「それじゃあ、今度取調室でカツ丼でも奢ってください」
そう言って刑事さんとは別れた。
その場には叫竜の死体と倒れてしまった女の子が残されていた。
取りあえずそのままにしておくこともできないので、女の子を背中に担いで死体を引きずりながら公園に向かうことにした。
ここで大きな問題が二つある。
先ずはこの叫竜の死体の処理だ。
これを運ぼうにも今日俺は自転車ではなく電車で来ている、つまり徒歩でこれを区役所まで運ばなければならない。
このクソ重いもんを近くの区役所に運ぶとか嫌がらせを超えた罰ゲームである。
そしてもう一つの問題、一番の問題だ。
「そこのキミ、ちょっと話を聞かせてもらえるかな」
「…ちゃうねん」
そう、警察の職務質問である。
「うんうん、分かってるから。それじゃあ先ず背中に背負っている女の子だけど」
俺は今日、二つの教訓を得た。
一つは欲張って丙種以上のモンスターを狩ると大変だということ。
そして、もう一つはモンスターよりも警察の方が手強いということだ。
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