23:50

ブロス

第1話 23:50

ふたりの間にはいろいろあった。


 小学校のころから大学まで一緒の学校に通って、一緒に卒業した。そんなふたりが付き合いはじめたのは高校を卒業する少し前のことだった。


 その日ふたりは、いつもの様に下校している最中だった。大学も同じ所に進学することは決まっていて、後は卒業式を迎えるだけだった。大学に行ってもまたコイツと同じ学校に行くのだと思うと、偶然にも程があるだろうと思っていた時期だったし。アイツの他愛もない会話。他愛もない笑顔。歩幅が合わない所も、もう馴れっこになっていた。


 そんな時だ、アイツが急に真面目な顔になって黙りこくったのは。どうしたのかと聞くとアイツは「いや・・・」とあやふやなことを言い。そして


 「俺たち、付き合わないか?」


 突然とんでもないことを言い放った。


 「え・・・。」


 アタシが言ったその言葉は、嫌悪感で出てしまった「げっ!」によく似た発音になってしまった。最初コイツはいったい何を言っているのかがアタシには理解できなかったが、アイツの真剣な顔にはどこか惹かれてしまったのは認めざるを得なかった。なぜなら不覚にも「yes」と、直ぐに答えてしまったからだ。顔を真っ赤にして・・・


 アタシもアイツに対してはもちろん友達以上の思い入れはあった、いや、むしろアイツが告白する前にアタシは幾度となく思いを伝えようとしたことか。認めるのは癪だが、確かに一番仲が良かったし、友達として一生付き合っていける自信はあった。でもアタシもアイツも友達以上恋人未満の関係を続ける事は出来ないと考えていたと思う。


 小学校の頃はよく一緒に遊び、よく一緒に笑い、よく一緒に泣き、よく喧嘩もした。男勝りな性格のアタシはアイツにだけは負けたくないという意地があった。それはアイツも同じだったと思う。一度衝突してしまうとふたりとも譲らなかったし殴り合いの喧嘩なんかしょっちゅうした。


 アタシは中学に上がってもずっと一緒だと思っていた。けどアタシとアイツが中学で共に過ごした時間はあんまり長くなかった。


 悔しいけどアイツがアタシより背が大きくなったころ。アイツがクラス一のかわいい女の子と付き合いはじめた。幼馴染のアタシにはどうこう言う事はできたかもしれないけど、アタシはそれをしなかった。アタシはアイツと距離を取るようになったのもこの時期だ。下校もバラバラ、学校で会っても会話はなかった。

 

 でも、距離が開いて気が付いたことがあった。アタシにとってアイツの存在はあまりにも大きいという事だった。

その頃からアタシは一人になった。


 男勝りなアタシの性格は中学生になっても変わらなかった。損な性格という事はもちろん知っていた。けど、これがアタシなんだという事を主張したかった。アイツを避け一人になったアタシの精一杯の悪足掻きだった。足掻き続けるアタシには男女両方に敵が多かった。男子と無茶な喧嘩して、女子といっしょにいても向こうがアタシに気を使っているのが分かってしまうので一緒にいて心から楽しいと思った事はなかった。


 中学三年の時、アタシはとある男子と大喧嘩をした。理由はもう忘れてしまったが、もちろん最初に手を出したのはアタシの方だった。相手の男子は激怒してアタシに拳を振り上げた。中学生にもなれば女子が男子に勝るわけもない。アタシは一度頬を強く殴られると悟ってしまった。「勝てない」力、体つきがもう違うのだ。周りで見ている生徒たちも助けには来てくれなかった。


 ただ一人を除いては・・・


 アタシは相手の男子の拳がもう一度振りかぶられるのを確認すると目を強くつぶった。両目から少量の涙が出ていたからか、目をつぶった瞬間それが頬を伝った感覚は忘れない。中学に上がって他人の前で見せた最初の涙だった。けど、アタシを殴る衝撃はいつまでたってもやって来なかった。目を開けると目の前でアイツが男子の拳をもろに喰らっているのが目に入った。アタシは何が起こったのか解らず、ただ見ていることしか出来なかったが、その後、教師が止めに来るまで、アイツは殴られ続けてくれた。


 騒動の後、アタシとアイツは久しぶりに肩を並べて教師にこっ酷く叱られた。その帰り道は一緒に下校した。そこでいろんな話をした。聞くとアイツはもうクラス一かわいい女の子とは中学二年生の時点で別れていたらしい。その理由がとても滑稽だった。アイツとその子では一緒にいて全く会話が無かったのだという。それでも付き合っていたのは相手の女の子の周りの生徒に対しての優越感を感じていたいからという事だった。アイツもアイツでその事に気づき別れを告げたのだという。アタシはアイツと会話した時は本当に久しぶりに心から笑った。


 その後は、アタシもアイツもひとりからふたりへと戻ることができた。アタシもむやみやたらに喧嘩をすることが無くなった。アタシのストレス発散先はアイツへと方向転換したからだ。


 今でもそうだがアタシはアイツに無茶苦茶な注文をする。高校に上がってからは、購買のパンを何と何を確保して来い。とか、誕生日にはどこへ連れて行けとか。とにかくもう頼めることは何でも頼んだ。アイツはそれを上手くスルーするか、別の形で叶えてくれたりしてくれた。アタシはそれがとても楽しかった。アイツもアイツでアタシにいろいろ言ってきた。自転車はお前が漕げ。とか、金貸せ、など、アイツもアタシも両方、無茶苦茶言うので、どんぐりの背比べみたいになっていてとても滑稽だった。


 そんな関係は高校でも、付き合いはじめて大学になっても続いた。大学を卒業すると同時にアイツとアタシは就職し、別々に暮らして家賃を自分で払うのは不都合なので一緒に住むようになった。アイツもアタシも会社は別々にもなったが生活リズムは同じだった、朝起きて、適当に作った朝食を食べ、途中まで一緒に通勤し、アタシが途中の駅で下車する。帰りはどうしてもアタシの方が早く部屋に着いてしまうので、料理などの家事はアタシがやることになっていて、アイツは洗濯物や風呂掃除。ちなみにアタシは器用な性格ではないので、料理は上手とは言えなかった。


「料理はお前が克服しろよ。」


 と、一方的な命令が下された。確かに美味しくは無いが「食べられなくは無いのだから良いじゃん。」とは思うが、まあアイツの言い分は分からなくはないので、それは承諾した。


 同棲して気づいてことがある。趣味の違いや、アタシ・アイツ共に掃除しない。など、様々な違いが生じてきたのだ。


「あ、またお気に入りのDVDが無い。」


 また、アイツが持ち出したと悟ったアタシは、代わりに、アイツのクリア寸前のゲームをレベル1にして上書いておいた。

 

 こんなことを繰り返して、お互い損ばかりしている。こんなふたりは笑い合って過ごせる日々がいつまでも続くのだろうか。アタシは少し不安になっていた。この先、ふたりが上手くやって行けるのだろうか、もしかしたらふたりの気持ちはまた、離れて行ってしまうのではないかという心配ではない。アイツの気持ちだけが離れて行ってしまう事が心配だった。アタシは不思議なほどアイツを好きなままでいる。たぶんアタシの気持ちはこのままずっと変わらない。中学に上がって、アイツと離れて気が付いた、アイツを大切に思う気持ち。あまり自分の気持ちを言葉にしないアイツはどう思っているか知らないが、アタシは死ぬ時まで一緒がいい。


 アイツが帰ってくるのが遅い。そんな日は今までたくさんあったが、今日は特に遅いという。アタシはつまらなくなり、ほんの仕返しで、アイツの冷蔵庫に隠してあった一つのラーメンの袋を引っ張り出してきた。アイツはケーキの箱をラーメンの袋で包んでいたが、20年近く一緒にいたのだ、アイツのこういうずる賢い所はお見通しだ。


「おぉー」


 箱の中には一つのショートケーキが輝いていた。しかも、アタシの好物は甘いものであり、ショートケーキに関しては目が無かった。おそらくアタシに黙ってひとりでこっそり食べようとしていたのだろう。


「へっへっへ。そうは問屋が卸さないのだよワトソン君。」


 アタシはしめしめという感じでショートケーキをあっという間に平らげた。


「美味しぃー」


 アタシは今もの凄くいい笑顔をしているだろう。でも、どうしてアイツはショートケーキなんて食べようとしたのだろう。アイツはショートケーキというよりモンブラン派だったと記憶しているが


「ま、いっか。早く帰ってこないかなぁ~。」


 アイツの悔しがっている顔を拝むのが待ち遠しい。


 ふと、部屋に飾ってある5分進んでいる時計を見ようとしたとき、カレンダーに目が止まった。今日という日に黒く○が書いてあるのがみえた。カレンダーに何かを書くときは、アタシは赤。アイツは黒。という事にしてあるから、これはアイツの予定だろう。


「あれ?今日って・・・」


 アタシはいろいろ考えているうちに、今日という日を思いだした。


 今日はアタシの誕生日だった。


 どうして、今日という日に黒く○が書いてあったか、どうしてわざわざ自分の好みではないショートケーキを買って、隠していたのか。


「全部アタシのため?」


 たぶん何日か前から今日に備えて美味しいケーキを探してきてくれたんだ。アタシはアイツの気持ちをアイツの知らない所で食べてしまった。アイツの事だ、たぶん怒る。アタシの事だからたぶん喧嘩になってしまう。そうしたら・・・


「そうしたら・・また、離れ離れになっちゃう。」


 それだけは嫌だった。どうしても避けたかった。でも、もし今のアタシが同じことをされたら怒るだろう。そうしたら本当に気持ちが離れかねない。何度も何度も、アタシは、アタシが行った軽率な行動を悔いた。でも、いくら悔いても食べてしまったアイツの気持ちがこもったケーキは帰ってこなかった。


 アタシは混乱していた。アイツとずっと一緒にいたい。でも、アイツの気持ちを分かってあげられないアタシをアイツはどう思うだろう。アタシの瞳から、涙が流れ始めた時だった。


「ただいまぁ」


 アイツのいつもの様に帰ってきた時に言う呑気な「ただいま」が聞こえた。アタシはもうどうしたらいいか解らなくなり、2DKの部屋のドアを開けたアイツに抱き着いた。否泣きついた。


「おう!なんだよ。」


 アタシは涙でぐしゃぐしゃの顔をコイツの胸に押さえつけながら嗚咽をこぼした。


「あだし・・あんだの・・・気持ちっ。ケーキ。」


 もう混乱しすぎていて、何を言っているのか自分でも分からなかった。ただ、コイツと離れるのだけは嫌だという気持ちだけが口から、心からあふれ出てきた。


「はぁ?何言ってんだよ。・・・あ。」


 コイツはたぶんアタシが食べてしまったケーキを見つけたのだろう。鼻から少しため息をついた。


「ケーキ食べちゃったの?」


 アタシはもう正直に謝るしかなくなった。


「うん。ごめん・・・なさい。」


 コイツはアタシを引きはがして口を開いた。


「まったく、ほんとに意地汚いなぁ。お前は。」


「・・・・・・・・」


 アタシは怒られるために、ずっと黙っていた。黙っていることしか出来なかった。また、だんだんと涙がこぼれてきた。


「しょうがない。ちょっとコンビニまで行って買ってくるから泣き止め馬鹿。」


 アタシに浴びせられたのは罵声ではなく、コイツの優しい言葉だった。


「え。」


 アタシが上を向いたら、コイツの怒った顔ではなく、笑った顔だった。子供のころにたくさん見たコイツの偽りない、アタシに向けた優しい笑顔だった。


「まだ、今日は終わってないだろう?ちょっと待ってろ、今すぐ行ってくるから。」


 と、コイツは、すぐにアパートを出て行った。


 アイツは怒らなかった。怒るどころか、優しく笑ってくれた。アタシの心配はアイツの笑顔に、言葉にかき消されていた。アタシは悟った、アイツとはこれからも絶対上手くやって行ける。アタシの不安はアイツに持って行かれた。アタシはもう泣くのを我慢する。その代り、今度はアタシがアイツのためになることをしたい。だからアタシ笑ってるよ。



ほら、急いでよ。あと10分。

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23:50 ブロス @daisuke0119

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