学校
放課後、河原に行くのが日課になった。
ほぼ毎日、潤はそこにいた。
映画について来る日も来る日も語り合ったが、話題は決して尽きなかった。
最初はあんなに素っ気なかった潤が、ミステリー以外の話をするときも、目を見て話してくれるようになり、笑顔を見せてくれた。
彼の新しい一面を知る度、私の中にある温かい感情が大きくなっていった。何だかむずがゆい、早い春の訪れのような感覚。
帰り道で話に夢中になると潤は、私の家の前まで着いてきた。そうしているうちに、話をしなくても潤は家まで送ってくれるようになった。
ある日、美輝は家の前まで送ってくれた潤に切り出した。
「学校に行ってみない?」
彼は犬の事件以来、一度も学校に来ていなかった。
彼の表情が硬くなり、黙り込んでしまう。
「私も一緒に行くから、顔だけでも出してみない?」
彼は無言で一点を見つめる。
口と一緒に心まで閉ざされたのではないか。
不安が私の心に渦巻く。
「いや」
彼の声は平静だった。
「迷惑かけるだろうし、一人で行ってみるよ」
私は力強く頷いて「応援してる。困ったらいつでも呼んで」と肩に手をかけた。
帰り道、彼が見せた背中はいつもより小さく見えた。
何やら、もやのような重い塊が空気に充満している、そんな気がした。
***
学校で朝、教室に入ろうとしている潤を見かけた。
手を振ってみると、彼は苦笑いを浮かべつつ手を振り返した。
昼休みに二組を覗きに行ったが、教室に彼の姿は見当たらなかった。
不安が現実にならないことを祈りつつ、憂鬱な五、六限を過ごし、チャイムと同時に二組の前に向かった。
丁度二組も帰りの会が終わったところで、生徒たちが続々と出てきた。
「みーきっ」声をかけてきたのは那波だった。「映画の調子はどう?」
「ぼちぼちかな」
「どうしたの? 誰かに用事?」
クラスから出てくる人を横目に見ていると、それに気が付いた那波が尋ねた。
美輝は少しの迷いの後、思い切って彼の名前を出した。
「宮瀬くん、いる?」
その名前に那波は目を丸くした。
それから声を潜めて話し始めた。
「久しぶりに来たと思ったら、美輝の仕業だったのね。どういう繋がりかは知らないけど、美輝は彼の怪しさに夢中なのね」
真実を言い当てられ、美輝はギクッとした。
「どうやら図星みたいね。まあ、美輝は一度気になりだしたら止まらないんだから、私は影ながら応援するほかないかな」
「流石、親友。よくわかったね」
那波は深くため息をついた。
「とにかく彼は敵多き人だから、うまく付き合わないと美輝も怖い目に遭うよ」
美輝は潤の境遇に改めて心を痛めた。何も悪いことをした証拠はないだろうに、どうして彼がこんな目に遭わなくてはいけないのだろうか。
「話を戻すけど、今、宮瀬君はどこにいるの?」
「彼はね……」
その時、美輝の後ろを勢いよく通過していく人物がいた。
その後を数人の男子生徒が追いかける。
「逃がすな、また犠牲者が出る! 捕まえろ!」
中心にいるのは界だった。
界の取り巻きの一人が一枚の写真を高く掲げ、大声で叫んでいる。
「宮瀬潤は殺人鬼だ! 証拠写真が出たぞ! あいつは人殺しだ!」
拡大された写真には、倒れた犬を見下ろす潤が写っていた。
美輝の背中を冷たいものが這う。
「潤っ……」
無意識のうちに、美輝は走り出していた。
「あっ、美輝! 待って!」
後ろから追いかけてくる那波を待つことも忘れ、美輝は無我夢中で彼らの後を追った。
階段を駆け下り、上履きのまま昇降口から飛び出す。
正門の手前に潤の背中があった。
その数メートル後ろを、界たちが追いかける。その様子はまさに獲物を狩る野獣だった。
周囲には異変を感じた生徒たちが集まっている。
潤が正門から外の道路へと駆け出たとき、一台のトラックが飛び出した。
危ない! ぶつかる!
信じられないことに、潤に衝突したはずのトラックは宙に浮いていた。
時間が止まったかのようだった。
何トンもあるであろうトラックが、何かに持ち上げられるようにして空高く舞っているのだ。
突如、再び動き出したそれは、界の前に落下した。
叫び声が上がり、周囲の生徒たちが一斉に散った。
地面をえぐるようにして墜落したトラックを目の前にして、界は無様に転がっていた。
あと一メートルずれていたらぺちゃんこだろう。
舞っていた煙が晴れて視界が開ける。
しかし現れた道路に、潤の姿はなかった。
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