友人
堤防の上から河原を見渡すが、潤はどこにもいない。
トラックが宙を舞ったあの日から三日が経過していた。
流石に超能力を原因に挙げるのは難しいらしく、警察は事故とみて捜査を進めている。
あれから潤は一度も河原に来ていなかった。
何となく橋の下まで降りてみると、鼻をすする音が聞こえた。
音の方へ目をやると、橋の下で暗い影の中にうずくまっている彼がいた。美輝はその横に座った。
彼は自分の膝を抱え込み、そこに顔をうずめていた。
冷たい風が吹き抜け、潤の肩が震えた。彼は薄着だった。美輝は着てきたコートを脱いで、彼の肩にかけた。
彼は顔を上げた。目の周りが濡れていた。
「これって……」
美輝は恥ずかしそうに笑う。
「ごめん、結構前に潤が着せてくれたやつ。そのまま着て帰っちゃって……で、いつも持っていかなきゃと思ってるんだけど、毎回忘れちゃってて。やっと渡せた」
彼はコートの中で縮こまった。
「すっかり忘れてた……。どこかになくしたものだと思ってた。それにしても随分と長い間……」
彼の冷たい視線が刺さり、美輝は頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした」
彼が黙ったままだったので、いつまで頭を下げておくべきか困っていると頭の上に温かい手が乗せられた。
「別に怒ってない。頭下げなくて良い」
そう言われても、この状況に顔が熱くなっていた美輝はしばらくの間、顔を上げられなかった。
やっと顔を上げると彼は川の向こう岸をぼんやりと見ていた。
「ごめん、学校になんて行かせちゃって。あんなひどい目に遭わせたのは私のせい」
彼は美輝の目を見た。
「今日はやけに謝るな。あんなこと、たいして気にしてない」
彼は力なく笑った。
視界が潤んでくる。泣いていいのは自分じゃない、と唇を噛むも溢れ出てくる涙は止められなかった。
潤は困ったような顔をしている。
「大丈夫。君が泣くことない」
「だって、潤は何も悪いことしてないのに……。もっと怒っても、悲しんでも良いのに……」
彼は優しく美輝の手を取った。
美輝がはっと顔を上げると、彼の顔がすぐそこにあった。
最初は異様だと思っていた彼も、今、近くで見るとその顔には優しさが滲み出ていた。
「気にしないで。俺は君がいてくれて、良かったと思ってる」
彼の手から温もりが伝わってくる。
「俺、ひとりだったんだ」
彼は寂しげな笑みを浮かべていた。
「こんな風になってから、クラスの輪に入れなくなって、そのうち仲良かった奴と話せなくなった」
彼の手が美輝から離れた。
「話せる人がいなくなってから、初めて話しかけてくれたのが君だ」
彼に向けられた輝かしい笑顔を見て、彼を助けたい、という気持ちが心の奥底から湧いてきた。
この可哀想な境遇に追い込まれた、純粋で優しさに満ちた彼のことを救いたい、とそう思った。
彼から友人の話を聞いて、ふと賢也のことを思い出した。
「そういえばこの前、佐賀くんが潤に用事があるって、教室まで来てたよ」
彼の表情が固まった。
「あいつ……」
「知り合いなの?」
彼は苦しそうな表情で俯いた。
「まあな」彼は立ち上がった。「今日は寒いからここにいたら風邪をひきそうだ。帰ろう」
私も頷くと彼と一緒に橋の下を出た。
堤防に登る途中で、上を歩く女子生徒と目が合った。
カメラを片手に持ち、眼鏡をかけたその生徒は写真部の長谷川梨里子だった。
根尾界たちに写真を渡したであろう人物。
なぜならあの犬の事件で、その場面を写真に収めたのは彼女しかいないのだから。
梨里子は咄嗟に駆けだした。
「待って!」
美輝は堤防を駆け上ったが、登り切った時には既に、彼女の姿は消えていた。
彼女は何の恨みがあって、このような事をするのだろう。
振り返ると、堤防の下で俯く潤がいた。
***
翌日の昼休み、那波を昼食に誘おうと二組の前に行くと、賢也が美輝を見つけて駆け寄ってきた。
「雨川さん。二組に用事?」
「うん、そうだけど……」
「これ宮瀬に渡してくれないか」
そう言って彼が取り出したのは手紙だった。
「直接は渡せないんだ」
「わかった。いいけど……」
急な申し出を不審に思う美輝を残して彼は「頼んだ」とその場を去った。
「美輝、外でお昼食べる?」
教室から出てきた那波の明るい声が耳に入る。
彼女は美輝の手にある手紙を見て顔を輝かせた。
「何それ? ラブレター? 誰から貰ったの?」
「いや違う。佐賀くんから頼まれたの」
「え? 佐賀君から?」
「潤に渡してって……」
彼女は怪訝な顔でこちらを見つめる。
「美輝、宮瀬くんのこと潤ってよんでるの?」
「そ、そうだけど……」
顔が熱くなる。
ばつが悪くなった美輝は歩き始め、那波は横について歩いた。
「彼とはどういう関係なの?」
「仲良くしてる」
「私、実はほとんど話したことないんだけど、どんな人なの?」
「優しくて強い、それで心が綺麗な人だよ」
「へえ、そうなんだ。美輝が言うならそうなんだろうなあ」
那波が信じてくれて嬉しくなった。
那波が親友でよかったと、つくづく思う。
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