ミステリー映画

 美輝はビデオカメラを片手に、町を徘徊していた。

 飛行機雲やしおれた花、落ちている軍手など、目に付いたものに片っ端からビデオカメラを向けていたが、何を撮ろうとしても、昨晩見た君田の死体が浮かび上がり、結局はカメラを降ろすことになるのだった。

 当てもなく歩き回るうちに、自然と足は堤防へ向かっていた。

 堤防に到着すると、河原から石切の音が聞こえた。


 河原には潤がいた。

 彼は相変わらず石を拾っては川に投げ、また拾っては川に投げていた。

 それが彼の仕事であるかのように、脇目も振らず黙々と。

 美輝は斜面を降り、彼の横に座るとビデオカメラにその光景をおさめた。

 彼は美輝の方を見向きもせず、作業を繰り返した。奇妙な光景だった。

 空はどんよりと曇っており、頬を切りつけるような風が吹いている。

 潤は厚手のコートを着ていたが、美輝は薄めのカーディガンを羽織っているだけだったので、冷たさが身に染みた。

 流石に繰り返される作業に飽きた美輝は、カメラを降ろして立ち上がった。


「ずっと石を投げてて、飽きない?」

「飽きない」


 彼の言い方は本当に飽きていない様子だった。


「君こそ、こんなところ撮ってどうするつもり」

「石を投げる青年の成長記録映像にする」

「そう」


 彼は呆れたとも、感心しているともつかない調子で応えた。


「冗談だよ」


 美輝の言葉に彼は顔を上げた。無表情で見られ、居心地がわるくなった美輝は視線を逸らす。

 ぽとり、と冷たいものが腕に落ちてきた。

 立て続けに頭の上や鼻にも水滴がついた。

 雨だ。

 美輝たちはそばにあった橋の下に移動した。

 雨あしはどんどん強くなり、ちょっとすると視界が降り注ぐ雨粒で真っ白になった。

 美輝は黒くなったカーディガンを握りしめ、ガタガタ震えた。

 何でこんな薄着の時に雨が降ってくるのだろう。

 何もかもがいやになりそうだった。


 ため息をついていると、肩にコートがかけられた。

 えっ、と驚いて横を見るとコートを脱いだ潤が、何事もなかったかのように座っている。

 彼のコートは温かかった。

 能力を持っているという噂や、殺人鬼なのではという疑いから、彼には冷たいイメージがまとわりついていた。しかし今、美輝は彼の体温を感じて、彼も同じ、ひとりの人間なのだと思い返した。


「君ってさ」


 彼が唐突に口を開く。


「美輝だよ」


 彼は美輝の名前を思い出せない様子だったので、美輝は自分から口にした。


「人の名前を覚えるのが苦手なんだ……」

「いいよ、またわからなくなったら聞いていいし」

「うん。ところで、映研所属なんだよね」

「そうだよ」

「どんな映画見るの?」


 前振りなく映画の話題が持ちかけられ、不思議に思いつつも美輝はミステリー、と応えた。

 その言葉を発した途端、彼の目の色が変わった。


「ミステリー映画好き!? 俺もすっごい好きなんだ」


 意外だった。まさか、かけ離れた存在だと思っていた彼とこんな共通点があるとは。


「お気に入りは?」


 彼は前のめりになって話し始めた。余程、ミステリー映画が好きらしい。

 美輝はいくつか好きな映画の題名をあげていった。

 彼はその一つ一つに大きく反応を示した。

 それは確かに驚いたよね、とかそんな面白そうな映画があったんだ、とかいつものクールさはどこかに吹き飛ばし、話に夢中になる彼とは話していて楽しかった。

 彼の知識量は飛び抜けていた。ここまで話が合う人は初めてかもしれない。


 二人は話し続けた。会話が一段落した時には雨がすっかり止んでおり、雲の切れ目から星空がのぞいていた。


「いけない、そろそろ帰らなきゃ」


 美輝が立ち上がり、彼もつられるように立ち上がる。

 二人は一緒に堤防を上った。


「じゃあ俺はこっちだから」


 彼は美輝の家と逆の方向を指で差すと、そちらへと歩き出した。


「潤」


 美輝の声に彼は振り返った。


「また、映画の話しよ」


 彼は小さく笑みを浮かべ、頷いた。

 彼の後ろ姿を見つめながら、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 ふと自分の手を見ると、コートの裾をぎゅっと強く握りしめていた。

 コートを着たままだった。

 急いで彼の姿を探すが、彼はどこにもいない。家も知らないから届けることも出来ない。

 つまりは次に会う理由が確実になったということだ。


 夜の堤防、月明かりに照らされた道、コートをなびかせ歩いて行く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る