発見
翌日、学校を終えて家に帰るとビデオカメラひとつを手にすぐさま河原へと向かった。
彼はそこにいなかった。やはり騙されたのだろう。
一度会っただけで避けられるとは。
どうしようもない自己嫌悪に陥り、私は足元に転がる石を蹴った。
***
「私、嫌われちゃったのかな……」
昼休み、美輝は那波と二人、屋上へと繫がる階段に座って昼食をとっていた。
「だから関わるなって言ったのに。変わった人なんだよ」
「うーん、でも気になるなあ」
「何で美輝が彼にそんな夢中になるのかわからない」
「あの漂う魅力がわからない?」
「はあ、もう……。そんな好奇心を持ちすぎると、いつか危険な目に遭うからね」那波はタコさんウィンナーを口にぽいと放り込んだ。「そういえば映画、進んでる?」
「あー、いや、えーっと」
再び犬の映像がフラッシュバックし、美輝は目眩いに襲われた。
「その様子だと、美輝も撮れてないみたいだね。ウチも何を撮るか迷ってるんだよね」
「いや、モデルは決めたんだけど――」
「あなたたち」
突然、頭上から降り注がれた声で、二人は同時に顔を上げた。
そこには、口うるさい事で有名な社会科教師、君田が立っていた。
「何でこんなところでご飯を食べようと思うのかしら? あなたたちのような人が社会をダメにするのよ」
真っ赤に塗られた口紅がうるさく動く。その五十代後半の女性教師が放つ言葉は、いちゃもんをつけているとしか思いようがなかった。
「以後、気をつけまーす」
すっと逃げた那波に、美輝も続く。
「こらっ、あなたたち、待ちなさい!」
「やばいよ美輝、走れっ」
後ろからの声に、二人は廊下を駆けてゆく。
***
カラオケ店を出ると、暗くなった空で星が瞬いていた。
「何であのおばさんは階段で食事することが社会をだめにするって言うの?」
「何かに文句を言わないとやっていけないんでしょ」
今は八時。美輝と那波が入店してから、三時間ほどが経過していた。
外はすっかり暗くなっている。
冬の冷たい風が吹き抜けた。
「おおっ寒。ウチ、トイレ行きたくなっちゃった」
「うーん。あそこにトイレあるよ。行ってきな」
美輝は近くにあったトイレの公衆トイレを指差した。
「怖いから一緒に着いてきてよー」
「わかったわかった」
美輝は那波に引っ張られるようにしてトイレへと入っていった。
那波が個室で用を足している間、私は洗面所の前に立っていた。
ほの暗い場所で見る鏡は不気味だ。何か良からぬものが映りこみそうな気がする。
「ねえ、なんか臭くない?」
個室から出てきた那波が手を洗いながら呟いた。
確かに臭かった。トイレ固有の臭いではなく、どちらかというと鉄のような臭い。
「那波も感じてたの? 私だけかと思ってた」
「ここからじゃない?」
那波が清掃用具入れの扉に手をかけた。
「開いてる」
扉が少しずつ開いていき、現れたそれに、美輝は息を呑んだ。
そこにあったのは君田の死体だった。
胸には鎌が深く突き刺さっており、恐怖に引き攣った表情で、彼女は死んでいた。
白いブラウスがどす黒く染まっている。
「うそ……」
那波は口を抑えた。その目からは涙が溢れ出ていた。
「助けを呼ばなきゃ」
美輝は那波を連れて、そこを出た。
公園の周りに人を探す。
道を歩く一人の男性を見つけ、美輝は声をかけた。
「すみません」
振り返ったその人物に思わず驚きを隠せなかった。
根尾界。振り返ったのは彼だった。
「はあ、どうかしましたか」
彼の手元には光る何かが見える。
「あの、それは……」
「ああ、これですか。怖がらせてしまったのなら申し訳ない。これは護身用に持ち歩いてるんです」
折りたたみナイフだった。界は華麗な手さばきでそれを折りたたむと、ジーンズのポケットに入れた。
護身用とはいえど、普段から持ち歩くだろうか。それに、話しかけた時には既に手にしていたが……。
美輝があたふたしていると、界は美輝の後ろに立つ那波に気が付いた。
「あ、吉岡さんじゃないか。奇遇だね。で、どうしたのかな」
「ト、トイレで君田先生が……」
那波は声を詰まらせ、咳き込む。
「先生がどうしたんだい?」
界が困惑の色を浮かばせる。
「実は、先生の遺体を見つけたの」
「……遺体?」
彼は一瞬固まって、それからゆっくりとその言葉を繰り返した。
それから顔を上げて、美輝たちの背後に目をやると、目を細めてそれを見た。
界の視線を追って振り返ると、俯きながら歩く潤の姿があった。
暗い道をこちらへ向かってきている。
まさか……!
何か嫌な予感が首をもたげていた。
超能力と連続殺人事件。
「おい、宮瀬」
界の言葉に潤は足を止め、顔を上げた。
「お前か……こんな夜に一体何の用だ?」
彼は感情のこもっていない声で応える。
「とぼけるな。何でこんなところをうろついてるんだ?」
「散歩だ。よく通る」
「ほう、散歩ね……。そんな嘘に騙されるか、お前がやったんだろう?」
「何をだ」
「殺人だよ」
その単語は美輝たちを凍り付かせた。
この状況下に改めて聞くと、おぞましい言葉だった。
「何度も言うが、俺は人殺しなんてやっていない。じゃあな」
再び歩きだそうとする潤の前に、界が立ちはだかる。その手にはナイフが握られていた。
那波がひっと声を漏らす。
「どこに行こうって言うんだ? 逃がすものか」
潤の表情が強張った。
「おい、物騒な真似はよせ。それをゆっくりと降ろすんだ」
界は潤を睨み付けつつ、ナイフを折りたたんだ。
「吉岡さん」
「……はい?」
「遺体があったって言うのは確かなんだよね?」
界に那波が頷く。
「じゃあ宮瀬、お前にも一緒に来てもらおう」
潤は少し考え込んでから、「わかった。しょうがないから付き合おう」とトイレへ歩き出した。
「ここ」
美輝が清掃用具入れの扉を指差すと、界が扉に手をかける。
トイレは寒かったが、シャツは汗で張り付いていた。
「開けるぞ」界がそっと扉を開いて、その場に固まる。
「まじかよ……」
中を覗いて界が呟き、潤は口元を手で覆った。
***
その後、警察が来た。
野次馬も次から次へと増え、公園は騒然とした。
界の父親である、根尾鋭介がその場を仕切っていた。年齢は五十代前後で、落ち着いた雰囲気の人だった。
現場からは何も証拠が検出されず、四人は疑いをかけられる事なく解放された。
美輝と那波は親がそれぞれ迎えに来てくれたが、潤は一人、そのまま帰って行った。
美輝はシャワーを浴びながら考えていた。
現場には証拠がない。
このことから犯人を推測すると、どうしても潤に行き着いてしまった。
能力を使って犯行に及んだとすれば、被害者には指一本触れずに済むのだ。
そこで死体を見た潤の顔を思い出す。
彼の態度は至って普通で、芝居をしているようには見えなかった。それに美輝はどうしても、彼が人を殺すとは思えない。
確かに異様な雰囲気な持ち主であり、あの場所にいたという怪しさはある。
しかしながら、彼からはどこか温かいものを確かに感じられる。
これは直感でとしか言いようがないのだが、彼は悪人でない気がしてならなかった。
彼はどんな人なのだろう。
恐怖がにじり寄ってくる一方、好奇心はどんどん増していく。
シャワーの水を止める。
風呂場の天井から滴る水滴が、ぽちゃんと響いた。
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