16.5 【番外編】ラスト・メッセージ 前編

※ノベプラのAIコンテスト開催に合わせて発表したものです。更新滞っていてスミマセン生きております、生存報告の代わりに……



 標的を追い込んだ地下水路。相手を見失い、通路に潜んでから十分ほどが経つ。 

 気温は五度。湿度七十%。もしもこの身体が有機物で出来ていたなら、不快な環境に愚痴のひとつでも零したくなったことだろう。  

 だから、それらしく小さな声で呟く。

「さっさと外に出たいな」

 応える者は無い。近くにいた味方は全て標的にやられたらしく、つい先程インカムで安否を問うて返ってきたのは、離れた位置にいる二人の返事のみだった。

 十数人いても、これだ。この薄暗い地下水路が死に場所になるなんて最低としか言いようがない。

 けれども、自ら志願したのだから後悔はない。


 標的は、数年前に敵軍の手に落ちた先行機の機械人形だった。

 はるか昔、第三次世界大戦中に開発された機械人形。その技術はもはや失われ、ロストテクノロジーとして研究対象となっている。

 この時代に開発費と人材を抱えられるのは機械文明を発達させた『帝国』のみだ。公式の発表では、実用段階に至っている人形の自律式機械人形は、まだ存在しないことになっている。

 僕や標的の生みの親は、帝国軍の研究所に反旗を翻した第一線の女性研究者だ。彼女が優れた結果を出したのは、人形をイチから作らず、ハードもソフトもロストテクノロジーの遺産を一部流用し、研究と並行して開発を行ったためである。しかし、そのやり方は人工知能の暴走を危険視する勢力から認められず、彼女は帝国をあとにした。


 標的の機械人形は、帝国軍のプログラマーに密かに改造され、生みの親や仲間への恩も忘れて、かつての味方を殺し続ける裏切者だ。僕が生まれたのは、奴を回収するためだった。

 奴とは、これまでに二度対峙しているが、二度とも敗北を喫している。それで生みの親は僕への興味を失い、新しい子を作って甲斐甲斐しく世話を焼いている。

 用済みの僕は、今回の仕事に失敗したらリサイクルされることになっている。

 二度目の敗北時――奴が用心棒をしているバーで破壊された片腕は修理してもらえず、ほとんど使い物にならない。この状態で裏切者に勝てる見込みは、ほぼない。

 だから、この三度目の戦いはE−RN02という機械人形がこの世に存在したという微かな爪痕を残すためのものだ。

 もっとも、僕と同じく全身が交換可能なパーツで出来た相手をいくら傷付けたとしても、実際に爪痕を残すことなど出来ないのだけれども。


 少し離れた位置から銃撃戦の音が聞こえてきた。反響音から割り出した位置によると、裏切者と、その保護対象である少年が脱出口として選んだのは古い井戸だったらしい。

 ひとしきり激しいやりとりが続いたのち、不気味な静けさが辺りを支配した。

 微かな物音を聴覚センサーが拾う。標的が警戒しながら、こちらの通路の様子を伺っていた。まだ気付かれていないようだ。

 奴がこちらに背を向けた瞬間、閃光弾を投げる。

 少年が何事かを叫んだ。

 機械人形は人間ほど音と光の影響を受けないが、とはいえ聴覚センサーや視覚センサーに多少の狂いを生じさせることは可能だ。

 隙をついて、物音を頼りに用水路を挟んだ向こう側に銃弾をばらまいた。

 弾丸が、強度のある金属に確かに跳ね返された反響音を捉えた。

 僕は石壁の窪みに身を隠したまま、裏切者の名前を呼んだ。

「A−RN、君はちょっとばかり詰めが甘い。いや、上司のプランが甘いのかな?」

 用水路を挟んだ向こう側には、確かに裏切者がいるはずだ。だが返答はない。

「ま、僕は今回、君に用はないんだ。せっかくだから、ゆっくり潰し合いたいのはやまやまだが、その子を連れ帰るだけでいいって、上司が言うからね。何も殺すとは言ってないから、安心してくれよ」

 もちろん嘘だ。本当の目的はひとつ、奴を潰すこと。

「E−RN02か」

 抑制のきいた声が返ってきた。

 相手は左手で拳銃を握り、こちらを振り返った。右手は被弾したらしく、配線が剥き出しになっている。

「あのバーでは、よくもやってくれたな」

 レーザーポインタを、奴の眉間に向ける。

「君は排除対象だ。融通がきかないから」

 奴に庇われている少年が叫ぶ。

「おい、やめろよ! 俺を連れてけたらアーノルドはどうでもいいんだろ!」

 アーノルド。それが彼につけられた呼び名であるらしかった。

 僕にもエルンストという呼び名がある。名付けてくれた友人は、奴の仲間でもあった。彼も、奴をアーノルドと呼んで人間と同じように扱っていたのだろう。

「君さ、僕らみたいなのに感情移入しちゃってるのか?」

「だったら悪いのかよ? アーノルドは無愛想だけど、いいやつだぞ!」

 返答の代わりに引き金を引いた。その寸前、A−RNは少年を床に伏せさせ、拳銃で応戦した。

「逃げろ!」

「逃がすわけにはいかないな」

 足元を狙って引き金を引く。奴は少年の首根っこを掴むと走って逃げ出した。その背に銃弾が当たるが、奴は歩みを止めることはしない。

 機械人形には痛覚がない。破損した部位の異常を知らせる信号があるだけに過ぎない。

 奴は平板な声で、「今、あれに勝つ術はない」と呟いた。

 片腕の機械人形を相手に、奴はなぜ不利だと判断したのか。もしかすると、こちらが決死の覚悟でここにいることを察したのかもしれない。

 奴は何事か少年に話すと、左手で拳銃を撃ちながら「行け!」と怒鳴った。その弾丸一発一発の精度は、おそろしく正確だ。人間であれば既に絶命しているだろう。

 しかし、ハイエンドモデルの軍用機械人形にとって、真正面からの撃ち合いで飛来した弾丸を避けることは難しくない。相手の動きから弾道を予測し最適な位置に退避するだけのことだ。従って、故障箇所の有無かバッテリー切れか弾切れが勝敗を決める要素となる。

 無駄な撃ち合いであることは確かだ。かといって抜いた銃を引っ込められるわけがない。

「なんで僕がここにいるか、君にはわかってるみたいだな」

「貴様は俺に対して何らかの執着を持っているらしい。心当たりが無いが」

 眼前の相手は、異常なまでの演算能力と運動能力を、改造したプログラマーによって与えられているらしかった。周囲の環境すべてを利用し、あらゆる状況下で的確な攻撃手段を瞬時に弾き出す。先行機でありながら優れた性能を誇るのは、どうやら自己学習能力が高いためだとみられる。  

 フィードバックによりプログラムを自ら補正し、必要であれば書き換える権限。それが与えられているとは、法にひっかかっていてもおかしくないはずだが、奴はそれで演算と動作にかかる負荷を軽減させているらしい。人間でいえば経験を積めば積むど、ある状況下でどう動けばよいのか、身体が先に動くくらい染み込んでいる状態といったところか。

 僕らの生みの親であるエリーは、敵方のプログラマーに憧れ嫉妬し、彼に勝つことだけを目標に生きていた。

 だから、たった一度でいい、僕は彼女に勝利の証を授けたいのだ。

 A−RNは口を開いた。

「後継機種の開発が進んでいるのだろう? 存在目的がなくなったあとにやることが、今まで勝てなかった相手を潰すことだというのは理解できる」

「君もそうだった?」

「記憶にない」

「君もリサイクルが怖くて逃げ出したりしたのかな。そんなタイプには見えないけど。何も覚えてない状態で生まれ直すのって、怖いよな? それまでは敵だった相手に使役されるなんてさ」

「怖い? 貴様は俺より人間らしさを追求した機種のようだ。それで、そのように考えるのかもしれない」

「僕のこれはバグだよ。怖くないほうが良かったかもしれないな。君はたぶん、幸せなんだ」

「俺はそういった問題を考えない。だが貴様はエリーのために働くことが幸福なのだろう。それを忘れるとしたら、たしかに不幸だ」

 奴の口から、その名が出てきたことに驚いた。

「エリーを覚えてるのか」

「プログラマーから話を聞いただけだ」

 素っ気なく言うと、彼は銃口を掲げた。

「時間がない。俺は戻らないといけない。邪魔するなら排除する」

「愛想ないよな、君は本当に」

 拳銃二丁しか持っていないくせに、最新型のアサルトライフルと互角にやり合うなんて、ぶっ壊れ性能だとしか言いようがない。しかも、この機械人形は基本的にはシングルアクションの一丁しか使わないのだ。格好つけているわけでも、舐めているわけでもない。愛銃で勝てないと判断すれば撤退する。己の実力を過信しないし、貧乏くさいとしか思えないほど無駄撃ちや無駄な故障を嫌う。そして、守るべき存在のためならば自己の大破も厭わない。まさに軍用機械人形のかがみ

 それが、理解し合えるはずの数少ないエリート軍用機械人形の一人で、かつての記憶を失った兄であり、倒すべき裏切者だった。

「前と同じ手は通用しないよ、アーノルド」

「当然、織り込み済みだ」

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