(7)

「何をしてるの、フランツ君」

 背後から鋭い声が飛んできた。赤いポインタの光が、顔を上げたエルンストの眉間に浮かんでいる。

「フランツさん、離れてください。あとはティスさんに任せて」

 ルピナスが叫ぶ。フランツは振り返った。

「お帰りなさい、けっこう早かったですね。彼はもう無害です。じきに動けなくなると言っています。そっとしておいてあげてください」

 ティスは黒く光る拳銃を掲げたまま、一歩距離を縮めた。

「何を吹聴ふいちょうされたのか分からないけれど、殺戮人形キリングドールの言うことに耳を傾けてはいけないわ。彼らに感情は無いのよ。騙されないで」

「アーノルドだけが特別なんですか?」

 フランツはエルンストを庇うようにして立ちはだかった。

「フランツ、いいんだ。彼女に従え。あの人は先輩か何かだろ? 関係を悪くするもんじゃない」

「そうですね……ティスさん、これは信条の問題です」

 静かに、しかし断固たる口調でフランツが告げると、ティスは眉を上げた。

「俺は、この街に来てから、武器を捨てた相手には、とどめを刺さないと誓いました。足首を刺して動けなくするとか、腕を使えなくするとか、そういうことは安全確保のためにします。ですが、人の命を奪うことは神に禁じられた最大の罪です。彼は人です」

「あなたが信じる神と、私の信じる神は違う。それに、そこにいるのは人じゃないけれど――それは、今は問題じゃないわね」

 こちらに向けられたくらい銃口は微動だにしない。その手の中の拳銃の形状を確認し、こんな状況でありながらフランツは安心した。あれはティタン市警軍も使用しているダブルアクション式の拳銃だ。撃鉄を上げる必要はなく、引き金を引けば弾が発射される。PTSDの反応が起きるのは、おそらく音を聞いた時だと医師が言っていた――撃鉄が上がる音だ――ようやく心を通わせ合った戦友が自死を選んだ時の。

「君は甘い。甘さは弱さよ。仕事っていうのは、誰かのために動くこと。私の仕事は、あなたを含む、この店に関わる全員を守ること。私の邪魔をしないで。あなたが手をくだすわけじゃないでしょ?」

 揺るぎない使命感を宿した瞳を真正面から受け止めつつ、フランツは無言のまま一歩も動かなかった。

「聞き分けが悪いわよ。アーノルドの言うことも聞かなかったのよね。中途半端な正義は、ただの自己満足よ」

「彼が本当に有害なら、俺はもう死んでいます。彼にとって、赤子の手を捻るより簡単なことですよ」

「あなた、私が来る前に騙されて死んでいたとしたら、そんな口もきけないのよ」

 ティスの顔に浮かんでいたのは、怒りではなかった。彼女が見ているのは、もしかすると、いつか彼女が救えなかった誰かなのかもしれない。

「ティスさん。あなたは守ると決めた人を必ず守ると誓った。俺は、決してこれ以上、人を殺さないと誓った。用心棒として間違っていることは分かっています。もし、この信条のせいで自分だけでなく他の人も巻き込まれたら言い訳はできません。だから仕事ではアーノルドとあなたに従います。でも、今回だけはできません。俺は、今は仕事中ではありません」

 フランツは一気に言った。

「自らを殺せと頼んでくる人を、俺は殺せません。自分が手にできなかった幸せを手にしている人を妬んでしまう弱さも、一度負けた相手を打ち負かしたいと強く願う気持ちも、自我が消されるくらいなら死を選ぶプライドも、人間だから持っているんじゃないですか」

「私は、彼が人形だから壊せと言ってるんじゃないわ。人間でも同じよ。相手が猟奇殺人鬼でも、あなたは同じことを言える? 命を賭けるに値するものなんて、無いの。格好良く死ぬより、這いずり回ってでも生きなさい。あなたの命は、あなただけのものじゃないの」

 平行線だ。ルピナスが口を開こうとしたようだが、その前にエルンストが割って入った。

「フランツ、僕を人間扱いしてくれてありがとう。でも、僕はやっぱり機械だよ。どうして君が僕にこれほど親近感を抱いてくれたのか、よく分からないのさ。この頭脳は所詮、君たちを模したものだ。記号で編み上げられた偽物で、体はほとんど無機物で出来ていて、君たちほど簡単に死ねない。僕を悪用したい人間が修理すれば、また君たちを殺そうとするかもね。それは嫌だな。そうならないようにしないと」

 冷たい金属音が響いた。冷や汗が吹き出し、全身の血の気が引くのが分かった。彼の手にはフランツが蹴飛ばしたはずの拳銃が握られていて、その撃鉄は上がっていて、銃口は彼自身のこめかみに押し当てられていた。

 彼は微笑んでいた。

「やめ――」

ありがとうダンケまたいつかアウフ・ヴィーダーゼン




***


ABT10.(4)-(7)のBGMは、バリオス/大聖堂 です。

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