(2)

「そうだ。頭でっかちの息子を、家が潰れても食っていけるようにしてやってほしいと頼み込まれたからな」

「なるほど、人を殺して得た金で食えと」

 フランツは視線を落とし、再び氷の塊を割りはじめた。先生は何も答えなかった。警務省に所属する二人の前で口にすべき言葉ではなかった。

「すみません。お二人の仕事のことではありません」

 レイヴン先生は今も昔も、クリステヴァ王国警務省の指導教官だ。歳をとって体力が落ちるまで、王国内で剣術において右に出る者はないと評されていた。剣だけでなく刃物全般の扱いに異常と言っていいほどの熱意を持っており、それを活かして要人の護衛を務めることも少なくなかったようだ。

 警務省の人間である父は、コネとカネで先生を雇ったのだと思っていた。頭でっかちだと? 苦労はしたが、ちゃんと研究職についていた。余計なお世話だ。

「フランツは剣を握るのが好きじゃないの?」

 シャロンが問う。

「もちろん剣は人を傷つけるものだけど、それだけじゃなくて、武芸は精神を鍛えるためのものでもあって、使い方は使い手次第でしょ。私の相手をしてくれたとき、確かにあなたは楽しそうに笑ってた」

「……あなたの剣技は美しかったです。笑っていたとすれば、そのせいですよ。俺は、あなたのように理想を語ることは出来ません。責めているわけではありませんが」

 彼女の故郷で起きた紛争に従軍していたことは言っていない。言うべきではない。それに、彼女は紛争地域で暮らしていて両親を奪われたといっても戦闘が行われた場所にいたわけではない。兵として紛争地におもむいたわけではないのだ。だから、凄惨な現実を口で説明したところで理解してもらえるとは思えない。法に基づいて権力を行使することと、国が掲げる正義のもとで自分が生き残るためだけに人を殺めることは、似ているようで全くの別物だ。

 紛争のあと、まるでモノを壊すかのように人を殺められるようになった自分に、局長は目をつけた。感情というのは厄介だ。それを仕事だからと割り切って捨てられる人間が必要とされる場所があった。

 すべては、父のせいではない。が、この力を自分に与えたのは父だ。

「やれやれ。この世は理不尽だと教えてやっただろう、ゾンビサドンデスバトルで」

「な、なんですかそれは?」

 シャロンが気味悪そうに訊く。

「知りたきゃ、こいつが教えてくれるぞ。もっとも、お前さん、手合わせしたなら気付いただろう? こいつの型が、他の誰とも違うことに」

「それはまあ……恐ろしくやりづらかったです。いくら攻めても吸収されるみたいで、いつの間にかジリ貧になって焦りました。なのに、フランツはどこまでも余裕というか……」

 彼女がそんな心理に陥っていたことは分からなかった。表情に出さないあたり、心理戦に強いのだろう。

「まあ、殺意に慣らせ過ぎちゃったからね。それでも互角だったのはアレか? 惚れた弱みとか?」

 フランツはアイスピックの狙いを外した。手には当たらなかったが、滑った氷が盛大な音を立てて金属製の流しに落ちた。視界の端でルピナスが口元を押さえて笑っているのが見えた。

「ほほう、図星か」

「ち、違います。ハンデがあったんですよ」

 まさかヒールにスカートだったとは言えない。

「そうなんです。私のほうが刃が長い模造刀でした」

「抜かせ。シャルル、お前はウソがヘタクソだ。捻挫しても腕が折れても戦えるように訓練してやったろう。いいかフラクス、こいつはやめとけ。性格はこじれてる、口は悪い、唯一褒められるのは母譲りの見た目と、いじり甲斐があることだけだぞ」

 フランツは額を押さえた。あんまりだ。

「シャルル? それがフランツの本名なんですか? フランツは優しいですよ。あと、私に好きな人がいるって知ってるので、惚れた弱みではありません」

 シャロンがフォローしてくれたが、先生は、しれっとした顔でウイスキーをあおっている。

「あらそう? この世は理不尽。相変わらず、ついてない男だね、お前は」




***


今回のBGMは澤野弘之作曲・AmaLee & David Vitas編曲/Reluctant Heroesです。

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