ABT7. 鬼教官

(1)

「酷いですよ。青二才だなんて」

 フランツはウォーターサーバーに氷を放り込みながら師匠に抗議した。彼女は涼しい顔で弟子のほうを振り返った。

「第一義はティタンの名産の果物の名前ですよ? 青いプラムのことです。あのカクテル、プラムのシロップを使っていたでしょう。美味しかったですよ。こんなに素晴らしいダブルミーニングがありますか?」

 フランツは半眼で無言のまま、再び氷を入れた。

「遠回しに揶揄からかうのは、よしてください。あなたにかなわない事は分かっていますので」

「うふふ、認めましたね。減らず口を直さないと、いい熟し方ができませんし、素敵なあの子も落とせませんよ」

「何の話ですか」

 ルピナスは、青年が手元を狂わせるのを見逃さなかった。

「女の勘を舐めちゃダメですよ。今日は金曜日ですね。ちゃんと前髪をセットしてるじゃないですか。決まってますねえ」

「な……」

 入り口のチャイムが涼しい音を立てた。

「ルメリ、お足元が悪い中ありがとうございます」

 ルピナスは一瞬で笑顔に切り替えると、現れた男女を出迎える。シャロンと一緒に現れた連れは、引退も間近そうな年齢ながら背筋がピンと伸びた男性だ。

「シャロンさん、そちらのお方は?」

「こんばんは、ルピナス、フランツ。こちらは私の……」

「先生」

 フランツは硬直して、鷹を思わせる鋭い目つきの男に呼びかけた。彼もまた、中折れ帽を脱ぎかけた手を止めた。

「……こんなところで何をしとる。するとあれか? フラクスが言っていた剣士とはお前か」

「え? フランツ、教官と知り合いなの?」

 シャロンは驚いて二人を交互に見た。フランツは次の瞬間、素早く体をひねった。一瞬前まで頭があった位置を風がぎ、白金の髪が数本、宙を舞う。

「ほう。いちおう怠けては、おらんようだな」

 フランツの喉元で銀色の切っ先がぴたりと止まる。

「だが、死んでおるぞ。二千三百七十四回目だ」

「お、お客様、店内では、どうかおやめください」

 ルピナスが言うまでもなく、彼は素早く剣を鞘に仕舞っている。シャロンは警察に見つかったら銃刀法違反で捕まるとたしなめた。

「うむ、だが、これはさっき買った東洋の刀の模造品だ。なんか、うっかり余計なものが切れちゃったけどね。これは意外と危険だな……あー! 腰が。いてて」

「老体を鞭打つからです」

 フランツが言うと、「相変わらず生意気な」と睨みつつ、教官は腰を折りながら椅子についた。

「はあ……ようやく再試の試験官候補が見つかるかもしれんと思ったのに、このヘナチョコ弟子じゃあな」

 フランツは小声でシャロンに尋ねた。

(まさか言ってませんよね? あの時の衣装のこと)

(う、うん)

「何をコソコソ話しとる」

「いいえ。先生はウイスキー一択でしたね」

 フランツは誤魔化すように言うと、グラスに氷を投入する。

「無論だ。で? お前がここにいる理由は? 裏仕事から尻尾巻いて逃げ出したんか」

「いえ。それは断じて違います。残念ながら理由はお話できません。俺の姿を見たことは一切口にしないでください」

 先生は切れそうなほど鋭い眼光を放ち、たっぷり十数える間フランツを睨みつけていたが、ふっと息を吐いた。

「お前、嘘をついているときは分かりやすいからね」

 ルピナスがシャロンに作ったサングリアと先生の分のウイスキーを出した。フランツはようやく緊張がほどけるのを感じた。

「フランツさんには用心棒もやっていただいています。剣術は先生に教わったんですね」

「まあな。用心棒には向いとらんだろう? 確かにこれは儂の一番弟子だが、木を見て森を見ず、自分の身を守るので精一杯だからな」

「ふふふ、そうですね。でも、腕はうちの古参の用心棒が保証済みです」

 ルピナスはいつも通り、「サービスです」と言いつつナッツの小皿を出す。先生は、シャロンにも食べるよう勧めた。

「教官、昔は個人の指導もなさっていたんですか」

 シャロンが訊くと、先生は意外なことを言った。

「いや、こいつの場合は父親に頭を下げられたから、仕方なくだ」

 フランツは氷を割る手を止めた。

「頭を下げた? あの人がですか?」




***


今回のBGMは、ドールズフロントラインOSTより、Vanguard Sound/Make Senseです。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る