(2)

 アーノルドはテーブルについて、拳銃の内部の汚れを取る小さな箒のようなものを使って手入れをしている。この室内にも弾丸や銃の予備があって、そのキャビネットは触らないように言われている。

「毎日整備するんですか?」

「毎日ではない。ただ、昨日訓練で使ったからな」

「フランツさんは使ったこと、ありますか?」

「猟銃はありますが、あまり……」

「うん、まああちらでは普及していないですもんね」

 王国では魔法の研究が進んでいる。帝国では乏しい魔法エネルギーや魔法石が豊富に算出するため、そのエネルギーを使って四大元素を活性化させ、動力源として技術を進歩させている。物語のように掌から火を出すだとか、空間移動するということは出来ないのだが、一般市民でも生まれた時から四元素のどれかの才能があって、義務教育で正しい知識を身につければ、媒介となる石の力を借りて生活に役立てることができる。料理や洗濯などが分かりやすいかもしれない。

 両国の境にあるこの都市は石が産出しないため、王国から輸入しているようだが、帝国に流れないよう規制が厳しく、一般人は魔法とは無縁の暮らしを送っている。

 フランツは資源の乏しい王国北東部で育ったため、もともと魔法のない生活に慣れている。魔法石を使った設備があちこちにある王都の暮らしは、便利すぎて戸惑ったものだ。

「フランツさんの守護元素は何ですか?」

「火です」

「意外ですね」

「才能、ないですよ」

 魔法石はそれぞれの元素に対応していて、触れて反応したものがその人の守護元素だ。稀に二つ以上が反応する者もいる。大抵、ペンダントにしたり剣に埋め込んだりして持ち歩くものだ。消費材なので一年ほどで自然吸収ができなくなると交換する必要がある。

「ティタンの人はどうですか? 使っているところは見たことがありませんが」

「私は使えますが、今はあまり……ここでは使う機会も必要もありませんからね」

「そうか。魔法って、帝国の人でも使えるんでしょうかね」

「元素の豊富な環境に普段からいれば可能性はあります。石はただ吸収と放出をするだけです。ただ、帝国にはもう、元素を産出する場所がありませんから」

 彼女が妙に詳しいのでフランツが目を丸くしていると、「私の専門は魔法でして」とポケットから何かのカードを出してみせた。

「え、国立魔術省附属大学生……?」

 クリステヴァ王国の魔法研究機関の最高峰だ。

「知らなかったのか?」

 アーノルドが口を挟んだ。

「言ってませんでしたっけ。私は留学生なんです。王都のほうではなく、この街から西に行ったところにもキャンパスがあるの、ご存知ですか?」

「ああ、そうでした。でも、すごいですね。飛び級か」

 ルピナスは照れ臭そうに笑った。

「論文が意外に評価されてしまって」

「ですが、通いながらこの仕事はきつくないですか? 睡眠時間が」

「授業もゼミも基本的に午後だけなんですよ。あと、うちは試験に無駄な時間を使いたくないという方針で、一年に一度論文さえ出せばオッケーです」

 なるほど、年齢の割に大人びていたのはこういう理由か。

「物価が違って学費がバカにならないので、奨学金と親の収入だけではとても足りないんです。この歳であちらで働くのは無理ですし、この街でも表では働けません」

「俺の給料なんか、もっと減らしていいですよ」

 ルピナスは胸を張った。

「何言ってるんですか。ちゃんとそろばんは弾いてますよ。それよりフランツさん、研究を続けたいと思っていないんですか?」

 ようやく助手の地位を掴んだところで組織に飛ばされ、当初は歯痒さと悔しさでいっぱいだった。だが、今さら続けようにも、宗教の違うこの街では無理だ。

「神学ですよ。無理です」

「諦めるのは早いです。王国が無理なら、帝国にも大学があるじゃないですか」

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