第五十五話

風鈴かりん、帰ったぞぉ~」


 ……おかしいな。いつもは何かしらの反応があるんだけどな。

 どこかに買い出しにでも行ってるのか……いや、こんな時間に営業してるのはコンビニくらいか。

 だとしたらもう寝てるのか?

 いや、風鈴が私よりも早く寝てたことなんてないんだよな。全く関係ないが私が早寝早起きをするようになったのはそれが原因だったりする。だって私が寝ないと風鈴は絶対に寝ない。まぁ、早寝早起きは病知らずともいうのだからいいことなのは確かだ。

 って、そうじゃなくて。


「先輩、やっぱり不用心じゃないです? 鍵もかけてないなんて」


「あのな、何度も言ってるけどここには本来誰も入ってこれないんだよ」


「でも……」


 進んで入ってくるのはどこかの女神くらいだ。とはいえ最近は色々とあったせいで結構な数が出入りしていることは確かなのか、とはいえ風鈴に私が留守の時は任せているし問題は起こるはずもないしそもそも私の家は高価なものや貴重なものは別途保管しているから盗れるものは食料くらいだろうか。

 まぁ、それも風鈴本人がいなければ話にならないのだけれど……。


 とにもかくにも英蘭をこのままここに待たせる理由もないのでとりあえず玄関を開けて中に招き入れようとする。


「―――にゃ!」


 突然振り返った英蘭が短い悲鳴と共に地面をけり後ろへと大きく距離を取る。


 直後、英蘭がいた場所を中心に旋風が吹き荒れる。慌てて結界を張ったため玄関に対する被害は軽微なもので済んだが玄関前の敷石は何枚かが吹き飛び、そこの地面には膝が埋まる程の穴を穿った。


 巻き上がった砂塵の向こうで英蘭は口を手で覆い涙目になりながらも何かをその目で確かに追っていた。


「けほっけほっ、随分なご挨拶ですねっ!」


 言うのが早いか英蘭の目が紅く光り次の瞬間には甲高い金属音が夜の闇に響く。

 この闇夜の中であそこまで正確な距離を捉える英蘭も英蘭だが、それは英蘭と共に空中に対峙する者にも言えるわけだ。

 双方が生み出した突風の奔流によって林の木々は折れんばかりにしなっている。

 衝撃の中心地では既に幾重にも木だったものの残骸が積み重なっている。


「英蘭、程々になぁ……って、またかぁ」


 徐々に速度と高度を上げる金属音に従い上空を見上げると今までの衝撃なのか反動なのか結界の一部が乖離かいりしている。これでもあれは固有結界の中ではかなり高位に位置するものだ。

 何より今の惨状が一瞬の間に巻き起こるのだから恐ろしいものである。


 しかし、どう頑張っても結界は内側からの衝撃にはとことん弱いな。外ばかりを強化すると内は弱体する、反対に内を強化すると外の機能が低下する。それに機能を持たせすぎるとそれに耐えきれなくなり自壊する。

 結界、特に固有結界は繊細過ぎるのが玉に瑕だ。


 そんな中でも甲高い響音と火花が散り鍔迫り合いが未だ続く。


「これを防ぐのですか、流石と言っておくのです。でも、その大鎌はいつまでもつのですかね」


 英蘭が不敵な笑みを浮かべる。


「ふふ、あなたは落ちたものですね。の力というのはこの程度ですか」


 売り言葉に買い言葉、互いに互いを挑発し合う。そう言えばここに英蘭が来ると大抵というか確実にこうなるんだった。

 それにしても毎回毎回よく飽きないものだ。いったい何が二人をこうもいがみ合わせるのだろうか。

 気にしても仕方ないのだが来るたびに結界を壊されてそれを修復する私の苦労と労力をもう少し考えてほしいものだ。


「言ってくれるのです。死なない程度に殺してやるのですっ!」


 こうなってしまうと私の声は二人にはとっくに聞こえていないのだ。更に激しい金属音と火花が散り始める。

 旋風が砂塵を巻き起こし神速の斬撃が木々を薙ぎ倒す。衝突の衝撃波は瞬く間に結界を内部から破壊する。


「おいおい、マジですか。これ、結構限界まで内部強度上げてるんですけど……」

 

 さっきまでの乖離とは比べ物にならない速さで結界が崩壊しだす。これは間違いなく結界が結界としての機能を消失している。

 つまり前回の比ではないくらいに双方の力がぶつかっているのだろう。英蘭とて手は抜いていない、それは初っ端から神通力を使ったところから伺えるのだが、それとほぼ互角にやり合うとは、私が見ていないうちに随分と腕を上げたようだ。

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