第五十四話

 今回の事件は闇が深い。

 正直関わりたくはない、そもそも今回の件は私自身関わる気はなかった、とはいえ頼まれたら断れないのは私の弱いところなのだろう。


「……話が通じるやつならいいんだけどな。そうじゃなかった場合は少し覚悟はしといてくれな」


 花撫にはそう言ったけれど本当の意味で覚悟をしないといけないのは私なんだろう。

 今回の件は闇が深いからこそ徹底的に潰しておかなければ後々悔いることになる。そうなると必然的にそれを体験するのは後の時代の誰かだ。私が不幸を被るのは一向に構わない……というわけでもないが事情の分からない他人を巻き込むというのは気が引ける。

 それを避けるには過去と共に生き続ける私たちがやるしかないのだ。

 私とて自分がどれくらい生きていることができるのはわからない、例え神が授けた不老不死であっても完全完璧に信じられるかといえば素直に頷けない。確かに私は数えるのが面倒くさくなるくらいには生きている、普通ではとっくに死んでいる年月を重ねている。

 だからこそ疑わずにはいられないのだ。


 果たして自分はいつまで生きていられるのだろう、と。


 この世に絶対なんて事は存在しない。過去にいくつも絶対を体現しようとしていた者もいた。でもその存在は決して絶対にはなれなかった。必ず時代という波にもまれ呑み込まれていった。

 いつか訪れる終わりを認識しながらそれでも絶対であり続けようとした彼らの生涯は私にはとても眩しく憧れた。

 でも、私にはそんな生き方はできない。仮にやりたいやりたくないではなくできるかできないのか、その点だけで考えれば下手をすると私は絶対であり続けることができてしまうのかもしれない。しかしそれは本来の絶対とはかけ離れてしまう。絶対は存在しないからどこまでも絶対であり続けることができる。


「……過去は薄れるもの、薄れるから受け継がれる、続くことを願われながら終わるからこそそこに意味が生まれる」


 一人呟く言葉は欠けることを知らないかのような月に吸い込まれる。


「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の かけたることも なしと思え

 へば、か」


 絶対はないが変わらないものもあるか……いや、私も目が曇ってきているのか……。


 やはり私の苦笑は月の明かりで消されていく。


「…………」


 気配を感じて振り返る。そしてそれと同時に刀を生成する。

 こういった場合大体攻撃のテンプレートのようなものが存在するのは言うまでもない。

 こういう時は大抵背後から首根っこを引っ掛かれるというのがオーソドックス。結局のところ一番危険なのは常に後ろということだ。というわけでとりあえず首を刀で守る。


 瞬間、甲高い金属音と火花が夜の闇に響き渡った。


「う~、やっぱり先輩には敵いませんね」


 どこか緊張感と間の抜けた口調が静寂に響く。


「いつもいつも登場と同時にいきなり切りつけられる私の気持ちにもなってくれ……なんにしてもとりあえず太刀それをしまってくれないか?」


「は~い」


 彼女がそういうと刀にかかっていた圧力が霧散する。それを確認して私も刀を分解する。


「それで、英蘭えいらん。私に何の用?」


 桑崎かざき英蘭。見た目は中学生とほぼ変わらない、黒髪黒目の日本人。

 とはいえよわい1032歳、彼女は私を先輩と呼ぶように彼女もまた仙人である。

 付け加えると彼女も五仙人の一人、神足通の使い手である。彼女が私の後ろに回り込めたのは偏にこの能力のおかげである。この能力は自由自在に思う場所に思う姿で行き来ができる。一説には外界のものを自在に変えられる力も備わっているというがその真偽はわからない。


「いや~、久々に目を覚ましたら面白いことになっていたので、状況を聞きに行こうかなって」


 それで後ろから切りつけられては敵わない。本気で殺してくる気はないだろうから寸止めにはなるんだろうけど、それでも根本的な恐怖はある。


「それよりせんぱ~い。らんを褒めてください」


 今度は猫のようにスリスリとすり寄ってくる。


「先輩から頼まれてた完成させました。試験的に運用して今のところ問題なく動いてます」


 つい最近目覚めたと聞いたからもっと時間がかかると思っていたが流石、といったところだろうか。いやでも英蘭の従者もには精通しているのか


 突き出された頭をなでなですると英蘭は気持ち良さそうに目を細める。

 でも、そうか。完成したのならひとまずは良かったということだろうか。まぁ、は今回は全く使えない代物だが、おそらく……いや、確実に今後に役立つものだろう。

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