第五十一話

「あぁ、これはシャレになんないぞ……」


 いったい何をここまでするとこんな状況に陥るというのだろう。


「もうほとんど結界が機能してないし」


 もはやないよりかはあった方が少しはまし、くらいにしか機能していない。

 結界の一番薄い部分は既に結界としての作用がなくなっている。本来なら結界の内部から結界を破壊するなんてことはできないはず、仮にできたとしても破るのに膨大な量の霊力を使う。

 というかそもそも守るために展開する結界術に内側からの干渉を防ぐなんて機能はいらないのだ。


「……人払いか? まぁ、なんにせよ好都合、か……夜宵、どうする?」


 聞くまでもないといった様子で一声鳴き、私の肩に留まる。


「行くぞぉ……いよっと」


 再度周囲を見渡してから地面を軽くけり結界が薄くなっている天井部分まで飛び上がる。


 しかし、本当に信じられないな。

 これは下手な災害よりも余程深刻な状況だ。


「……呪術、か。でも明らかに系統が違う、ってことは……」


 薄い結界を破り、自然落下に任せ中庭に着地する。


 上を見上げると結界が修復をしていたがやはり本来の速度と比べるとほとんど止まっているかのようにゆっくりだ。


「仕方ないか。ふぅ~、よっ――っと。ん、こんなもんか」


 今の状況では結界が直るが先か崩れるが先か。しかし、やはり術式に介入するのは面倒くさくて嫌になる。今回は汎用的な通常結界で助かった。

 これが変に手の込んだ固有結界なんかだとそれを解析をするのに時間がかかる上に干渉するとなると更に時間がかかる。


 なら正面の門扉から入ればいいって話なんだが、この方が色々と取り早いのだ。


 ***


 呪術に関して、ひいては霊術に関しても未だ素人に毛が生えた程度の私ではこの状況を打破できる策を用意することもできない。

 茶の間に戻り平静を装いお茶をすするが自分の情けなさに嫌気がさす。自分にもう少し知識や技術があれば……気にしても仕方がない、けれど後悔は残る、拭えない不安の中で苛立ちや焦りがくすぶっている。


「ん、来ました」


この屋敷を覆っている結界に何かが干渉した。


「一体何が来たのですか?」


 私が答えるよりも早く、廊下に面する障子が勢いよく開け放たれる。


「幻成様、侵入し――あっ、失礼いたしました」


 私の存在に気が付いた幻成の従者が慌てて頭を下げる。


「お気になさらず、その侵入者は私の知り合いなのでここに通してもらえますか?」


「は、はい。承知いたしました」


 一瞬わけのわからなそうな顔をしたけれどすぐにいつもの表情に戻り来た時とは対象に静かに障子を閉じて去っていった。

 ただそれでもだいぶ慌てている様子で、しばらくしてから転んだ音が廊下に響いていた。

 大丈夫だろうか。


「うちの従者が失礼を……」


 まぁ、誰だって自分達が張った結界を破って侵入してくるやからがいるなんて思わないだろう。


「いえいえ、あいつが正面から素直に入ってこないのがいけないので。後で言っておきます」


 とはいえ、今回は感謝をしなくてはいけないのかもしれない。

 外を見ると明らかに機能を失っていた結界が修復している。それだけではなく結界自体も目に見えて強化されている。


 流石は自分の自宅を核すら防げる結界で包む仙人、ということだろうか。


「……ちなみに、花撫殿がいうあいつ、というのは?」


「もう来ますよ。幻成さんもよくご存じです」


 そうして再び勢いよく開け放たれた障子の奥には夜宵を肩に乗せた鈴蘭が満面の笑みで立っていた。


「す、鈴蘭様。どうして偉大なる大仙人様がかようなところに……」


「幻成、硬いのはなし。一緒に酒を酌み交わす仲だろう、それに花撫に頼まれたからな。私に断る理由はない」


 な? と確認するように私に視線を向ける。

 確かにその理由ももっともなのだがもう少し考えて言ってほしいものだ。それでは私が頼まなければ来なかったみたいに聞こえるじゃないか。


 夜宵が鈴蘭の肩から私の肩に飛んでくる。


「何というか、予定よりも随分と早い登場だね」


「まぁ、花撫のことならたとえ火の中水の中、地球の裏側にだって直行するぞ」


「……」


 本当にこういう時には頼もしい限りだ。

 こういう時だけ……なんだけどね。


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