第五十話

 客間に通されて私がここに呼び出された詳しい話を聞くと呪術にかかったのは幻成げんせいの孫娘ということらしい。


「お孫さんはどこでこの術に?」


「それが、わからないのです」


「わからない?」


 そんなことがあるのだろうか。

 術が術である限りそこには必ず何らかの証拠が残る。そこからは術者の特徴、術の構成などかなりの情報が読み取れる。

 この前の傀儡かいらい術でもない限りそういった例外はない……ないはずなのだ。


「えぇ、何度も逆探知を行っているのですが、いつも決まって結果が分岐するのです。おそらく何らかの妨害を受けているのだと……」


 結果が分岐? 

 つまり逆探知事態はできている、ただそれが最後までたどり着けていない。しかしそんな妨害をするような術があるのだろうか。

 それに妨害するならまだ痕跡を隠蔽する方が簡単なはずだ。


 なんでわざわざ面倒くさい方を使うんだろう。


「う~ん、そこらへんのことは私まだできないんですよね。でも、何かひかっかるのは事実ですね……」


「それとですね、少し孫を見てください」


 そういってお孫さんが寝ているという部屋に案内される。


 段々と部屋に近づくにつれてどんどんと空気が悪くなる。そのせいで視界は歪み息もしずらくなっていく。


 お孫さんがいるという部屋の前はこれまでかというくらいにお札が貼ってある。


「……これは……」


 ***


「かっなで~、今日も今日とて来たんだ……あれ? いないのかな」


 この時間ならいつもこの御神木の影で寝ているんだが。

 いくら見回しても花撫どころか花撫がいたという痕跡もない。今日はここにきていないというのか。


「……私の楽しみなのに」


 花撫の寝顔はそれはそれは素晴らしいものだ、まるで天使が地上に降りてきたかのような美しさと可愛さのコラボレーション。控えめに言っても最高で最強、少なくとも私の中で花撫の寝顔と笑顔に勝てるものはない。


「ん、あれは……」


 拝殿の屋根の上に一羽のからすが留まって羽の手入れをしている。

 あれは間違いなく夜宵だろう。

 というかこの神社には他の鴉は寄り付かない。鳩やら椋鳥むくどりなんかの鳥は見かけるが鴉だけは決してここには近寄らない。

 まぁ、それに関しては私のせいといえなくもないのだが。


「夜宵~、花撫は?」


 あいつとしても私にはそれなりの感謝は感じているのだろう。呼ぶと素直に地面へと降りてきた。

 カァ、とだけ鳴いて再び飛び立つ。


「ついて来いってか?」


 妖怪化してしまった上に元からの知能も加わって今では並大抵の鴉の何倍も頭がいい。下手をすれば幼稚園児の子どもと同程度の知能を有している。

 喋れないのが玉にきずではあるが、私と花撫にはあいつの言いたいことが何となく伝わってくる。

 そうこういていると夜宵が再びカァ、と鳴く。


「早くしろって、私はお前と違って空を飛んでは行けないんだぞ」


 仕方が無いといわんばかりに短く鳴くと夜宵は私の肩へと降りてきた。


「いや別に、お前は飛んでていいんだぞ」


 妖怪化しているとしても体重は変わらない。鴉ってのは地味に重いのだ。

 しっかしこいつ、いい匂いがするな。

 また花撫と一緒に風呂に入っていたのか、花撫の使い魔なのになんて羨ましいやつだ。


「なぁ、私もお前みたいのなら花撫と一緒に風呂に入れると思うか?」


 夜宵は一度こっちを眺めて溜息のように短く鳴くと首を左右に振った。

 そしてさらに付け加えるように鳴く。


「てめぇ、言っていいこととと悪いことっておい、降りてこい。このバカラスが」


 しかし、花撫が夜宵に場所を教えているというのも珍しい。というか日中に夜宵が神社にいるということ自体がそもそも珍しい、というか滅多にない。


 これは、もしかしなくても面倒事の予感がするぞ。





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