第四十九話

「…………はぁ」


 例の手紙の差出人と思しき人物の自宅の前に着いたのだけれど……。


「嫌な感じしかしない……」


 明らかに周囲の様子がおかしい。

 空気がよどみ、風も無くジメジメとしてどことなく暗い雰囲気を醸し出している。

 それに物凄く気持ちが悪い。この感覚は前にも感じたことがある。


 アマテラスの使う『瞬間移動』。

 あの術による霊術酔い、あの感覚にとても酷似している。


「何を、どうしたらここまで霊流が乱れるんですか……」


 ここまで霊流が乱れるというのはちょっとした災害レベルである。

 災害も大きくなればなるほどその土地の霊流は乱れ秩序が維持できなくなる。それだけのせいとは言い切れないけれど災害地で様々な不可解なことが起きるのはそのせいだ、とアマテラスは言っていた。


 霊流にはその土地の状態が色濃く反映される。

 土地の状態が安定していれば霊流も安定するしその逆ならば土地は荒廃する、荒れれば荒れるほど元には戻れなくなる。

 そもそも普段に何気なく生活していれば霊流が乱れるなんてことはないのだ。


 つまり、災害が起こっていないのならば誰かが人為的に何か霊流を乱す事態を引き起こした、ということに他ならない。

 そんなことをしてもいいなどということはないはずではあるが何をするのかわからないのが人間わたしたちだ。


「でも、原因はここにはない……のかな」


 確かに霊流は乱され汚れてしまっている。今もこの家の敷地からは汚れた霊力が流れ出ている。

これは間違いなく呪いの類である。ここまで汚くけがれた霊力を用いるのは呪いの類しか知らない。

 呪いというのは正式な言い方ではなく、広く一般的なのは呪術というのだろう。さらに詳しく言うのなら呪霊術式というのが正しい、ただ最近ではほとんど呪術で統一されている。


 どうして呪術になると霊力が汚れるのか。


 これは呪術の発動方法に原因があるからである。

 呪術とは言えど根本にあるのは霊術である、例えるなら霊術の亜種あるいはその派生が呪術というのが一番わかりやすいだろう。

 具体的に言うと発動するときの状況で呪術となるか霊術となるかが決まっているのだ。

 呪術は発動するする際に術者の怨念、執念、概念、私怨、鬱憤等々かなりの数のの感情が術式に上書きされる。乗せる負の感情が大きければ大きいほど呪術もより強力なものになる。

 そうして強力になるとその影響は術をかけられた本人のみならずその周辺のありとあらゆるものに影響を与える。今回のように霊流にすら影響を及ぼすような事態を引き起こすのだから本当に怖い。

ただ当然そんなものがポンポンと発動できる訳がない。

 相手を呪うわけだからその代償は術者に返ってくる。最悪呪いを発動した時点で死んでしまうことすらあると聞く。


「お待ちしていました、花撫殿……」


 目の前の大きな扉が内側へと開きその先には白髪混じりの初老の男が杖を片手に立っていた。


幻成げんせいさん。お久しぶりです」


 軽く頭を下げて歩み寄る。


 琴葉ことのは幻成。

 旧家琴葉家の現当主、現界においては珍しく霊術に所縁のある家系であるとか。更に聞くところによると妖怪の血を引いているそうだ。

 というわけで彼には私の夜宵がはっきりと見える。


 そもそもこの町で私の知る限り夜宵を認知できる、更には夜宵が懐き自由に使うことができるのは彼くらいしかいないのだ。


「花撫殿もご壮健なご様子で……」


 いつもは明るい幻成の言葉には今となっては活力がない。

 まぁ、これだけの呪術の効果の抑制をただ一人でやっていれば仕方ないのかも知れないけど。そして何より扉が開いた奥に見える惨状にはただただ戦慄を隠せない。


「……聞くまでもないかもしれませんが私が呼び出されたのはに関してのことですよね」


 真っ直ぐに屋敷の中心辺り、そこに佇む大きな霊柱を指さす。

 一見外からは何もないように見えていたがここまで霊流を乱せばこうなっていることは予想できていた、しかしここまで大きくなっているなんて。

 この家の周りにはかなり強力な結界が張ってあるから周辺への被害は今のところ辛うじて出ていないというところだろう。ただ、結界とは言えど弱点も限界もある。


 既に結界のあちらこちらから綻びが生じている。状況的には崩壊する直前のところをギリギリで延命しているといった感じだろうか。


「……誠に申し訳ないのですが我らでは力不足が否めないのです、何卒なにとぞご助力を」


 幻成はその場に膝をつき深く頭を下げる。


「頭を上げてください、私に出来ることはやらせてもらいますから」


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