四章 悪風が運ぶもの

第四十八話

 やっとのことで神社の境内はいつものような静寂が訪れていた。

 まだ若干の幽霊や妖怪はいるのものの気になるような数ではないし、別に迷惑をかけているというわけではないので、これでようやっと日常に戻れたということにしておいていいだろう。


「はぁ、今回はどれくらいこの平穏な日が、何事もない日が、一体どれくらい続いてくれるんだろ……」


 参道を1人で掃除しながらそんな独り言をこぼす。


 出来ることならば今の状況がずっと続いて欲しい、がそれはきっと無理だろう。

 なんだかんだ言って結構すぐに次の厄介事がやってくる。


 これは経験則、今までただの一度も例外なく訪れている必然の事柄。


「花撫、お前のからすがなんか持ってきたぞ」


 そう、正しくこんなふうに。こうなる実感があったことにはあったのだが、どうして運命という奴はここまで律儀なのだろう。私としてはもう少しだらけてくれて結構である。


 タイミング良く後ろから現れた箒を担いだ神主が私に紙を手渡す。


 夜宵やよいの足に結びつけてあったためだろう、渡された紙は細く折り畳まれている。


「夜宵は?」


「多分お前の部屋に居るんじゃないか」


 それだけ言って神主は去っていった。


 ちなみに夜宵というのは私の使い、先程から話に上がっている鴉の事だ。

 先の異界戦争に向けてと固有能力発現の為の特訓の最中に偶然助けた鴉である。私が夜宵を見つけた時は両の翼が折れており飛ぶことが出来ない状態で道に転がっていた。放置するのも忍びなく、鈴蘭と私の術で回復させた次第である。

 その際に私もその術を覚えられたので一石二鳥のような感じだった。

 なんか少し皮肉のように感じるけれど例えとしては間違ってはいないはずである。


 そんなことがあって以来、異様に私に懐いていたこともありそのまま私の使い魔として働いてもらっているという訳だ。とは言えいつもは私の部屋で寝ていたり、運動を兼ねて外を飛び回っているくらいしかしていない。逆にそれくらいしかすることが無いのだ。

 けれど決まった時間には私の部屋に戻ってくる、それがまた何とも可愛いのである。


 まぁ、それは置いておくにしても夜宵に頼み事をするということは間違いなくあっち側の話。


 そもそも普通の人には夜宵は見えにくく靄がかかったようにぼやけるそうだ。

 ある程度霊力に精通している人でないとはっきりと見えないらしい。というのも夜宵の傷を治す際に私と鈴蘭の霊力を使っている、というのが原因らしい。

 どうやら一部が妖怪化しているとのことで、それが普通の人の認識を阻害するのだとか。

 しかし本当に次から次へとよくもまあこれだけの厄介事が私に降りかかるものだ。

 もう少しだけでいいから分散してくれてもいいと思う、なんていうと不謹慎なのかもしれないけれどそれにしたって私1人に集まり過ぎだ。


『至急、我が家にお越しください。事態は一刻を争います』


 手紙には達筆な字でただそれだけが書かれていた。

 そこには差出人の名前も住所も何も無かった。


「一刻を争う事態なのになんで住所を書かないんですか……」


 もはや既に前途多難だ。

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