第四十七話

 どんなに世界が回ろうと、どれだけ日にちを重ねても変わらない事実はあり、また変幻に移り変わるものもある。それは何物もまた何者も然り。

 でもそれが本当だとしたらもう少しは私の周りの事情も変わってほしい気がしてしまうのは我儘わがままではないはずだ……。


「花撫、そろそろ上がるぞ。早く座れ」


 段々と日も傾き薄暗くなってきた。まだ時期が時期なのもあって吹く風は少し肌寒い。


 そして私の気持ちなんかお構いなしに母屋の縁側はいつにも増して賑やかな形相をしていた。様々な屋台料理が所狭しと湯気を立てジワジワと食欲を刺激してくる。時間帯が丁度夕飯時というのも原因があるだろう、その上今日は想定外の重労働を課せられたのだから当然だ。


「相変わらず元気だこと。それよりも鈴蘭、今日の事なんだけど……」


 今までとは打って変わって慌てた様子で私から目を逸らす鈴蘭。私が回り込むと鈴蘭は更に首を捻る。額には大粒の汗がにじんでいる。


 そんなに焦るならやらなければいいのに。


「だから私は止めたんですよ。鈴蘭殿」


 ぐびぐびとお酒を呑み込む杏果。


 もうかなりの量を呑んでいるのだけれど呂律はしっかりしていて、むしろいつもよりも活気に満ちているような感じがする。

 とは言っても喧嘩を一段落させた際、彼女は全身の至る所を怪我していたのだ。


 聞くと鬼としての力を解放してしまうと空間に与える影響が大きくなり過ぎて喧嘩を止める前に空間が崩壊する可能性があったそうでただ人の渦にもまれることしか出来なかったそうだ。

 しかしまぁ流石と言うべきかお酒を呑んだ瞬間に傷は最初から無かったかのように消えてなくなった。酒呑童子というの鬼の一族はかなり厄介で有能な能力を代々持っているようで。何であれ絶対に敵には回したくない種族であるのことは間違いないだろう。


「全くじゃ、大変だったのじゃぞ」


「むっ、それを言うならアマテラスもですよ。あのメガホン、ちゃんと説明してから渡してくださいよ」


 あの擬似メガホンとか言う物のせいで危うくこの空間が消滅しかけた。

 というか、あんないかにもって感じの物を出されて逆に誰が普通ではないメガホンだと気が付くだろうか。だってまるっきり野球応援とかで使う感じのやつだったもん。もう少し普段見かけないような形をした物にしてもらいたかった。


「よく言うのじゃ、花撫が勝手に持って行ったのではないか」


 確かに私は勝手にメガホンもどきを持ち去った。

 しかし、あの状況で悠長に説明を聞いている暇など無かった。それに……。


「誰がポケットの説明をしてくれなんて言いました?」


 あの状況で四次元ポケット擬きの説明を聞いている余裕は私も周りも持ち合わせてはいなかった。それは火を見るより明らかだ。

 いや、だからこそなのか? 

 あのタイミングでメガホンの説明をされたとしたら私は間違いなくメガホンを使わなかった。そうなっていたら空間の消滅と喧嘩の鎮火はどうなっていたか分からない。

 私の性格と状況を天秤にかけて文字通りのバランスを保った……。


「さっきから擬き擬きと、あれだってしっかりとした妾の努力じゃぞ。まぁともあれ、何とかなって良かったのじゃ」


 アマテラスはれっきとした神様だ。となればそこら辺のことは考えていたとしても不思議ではないのだが。

 どうにもこの緩み切った表情からはそんな風格は一切感じ取ることができない。


「はぁ……もう少しどうにかならなかったんですかね」


 なんだかんだ言ってかなり大事になっている、そもそも最初は異界戦争を止める為に活動していたのだ。というか今思えば異界戦争ってところでもう十分一大事だ。


 それにいつの間にか私は祭りの役員のようになっていたし、やれ握手だの写真を撮ってくれだの、というか人間にまで写真や握手してくれと頼まれた時には流石にびっくりした。正直なところここまで祭りが大きくなるとも予想していなかった……想像もできなかった。


「鈴蘭様、このりんご飴とても美味です」


 そう言って鈴蘭にりんご飴を差し出す浴衣少女。


風鈴かりん。何で私の口に無理矢理それを詰め込もうとするのさ……ちょ、風鈴?」


 浴衣に身を包んだ少女は慌てる鈴蘭などお構い無しにりんご飴を鈴蘭の口に突き出していく。


「遠慮なんて要りません。私と鈴蘭様の仲じゃないですか」


 大丈夫かな鈴蘭の顔がだんだんと。


「ふぐぐぐ……助け、て」


 でもどう考えたって今の風鈴を止められるはずがないないだろう。もしこれを止めようものなら自らの命を差し出す覚悟ではないといけないことだろうよ。


「まだまだ有りますよ。さあ、どうぞ」


 もはや完全に主従関係が逆転してしまっている。

 あの様子だと私から説教をする必要も無いだろう。罰としてはもう十分。

 うん、本当に惜しい人をなくしてしまった。


「ん、あれは……」


「どうかしました?」


 アマテラスと同じ方向を向くけれど、そこには誰もいない。それどころかただ木々が混雑しているだけだった。


「見間違いじゃ。そろそろ上がるのではないかの」


 アマテラスはそう言って空を見上げる。


 つられて見上げればいつの間にか空にはチラチラと星が瞬き始めている。


「それで、もう大丈夫なんですか?」


「大丈夫じゃな、結界の効力が薄れて時空間もほぼ元の状態に戻ったのじゃ、一応ではあるが危機は脱した、かの」


 とりあえずは一安心と言ったところだろうか。


 しかし私の体質にはうんざりだ。アマテラスや鈴蘭の術でどうにかできないのだろうか。溜息を1つついて再び見上げるまだ少し明るさを残す空には大きな火薬の花が盛大に開花した。


「そんなこと言っても仕方ないか……」


 

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