第四十二話

「いつまで突っ伏してるのさ杏香。さっさと起きろー」


「うぅぅ……」


 アマちゃんもアマちゃんだけど割かし杏香も杏香でいい性格をしている。


 おそらく、いや確実に杏香が花撫の情報を異界に漏洩リークした犯人だろう。とは言え杏香の言うとおり異界もかなりヤバい状況だったのだろう。

 その状況で異界の連中を何もなしにまとめるのは少々困難だろう。


 だからこそ良くも悪くも一部異界で有名になっている花撫を使ったのだろう。咄嗟とっさにしてはいい判断だ、だからどうこういうつもりは無い、アマちゃんもそれで納得しているのだし。


 しかし、流石にここまでにされちゃうといささか問題がある些細なことでは済まされないんだよな。今一番怖いのはそれこそ他の神が介入してくる事態、アマちゃんもそれは防いできたと言ったがいつその均衡が崩れるのか分からない。


 もしそうなった場合おそらくこの場所は何も無くなる。花撫が何もしなくても、下手に動いたらこの空間は存在できなくなる。

 少なくとも花撫を失うこと、それだけは避けないとまずい。


「……っていたのか?」


 ポツリと杏香がこぼす。


「ん?」


「知っていたのか、天照大御神様がここに来ると……」


 未だ地面に突っ伏したまま杏香はそう告げる。

 未だにその声は震えている。


「知ってるも何も分かってた事じゃん。逆にこんなことをしても何も起こらないないと思っていたのか?」


 下手をすれば2つの世界に多大な影響を与えかねない、一言で言ってもそれは大問題だ。そんな事象を引き起こしておきながら何も無いということは無い。

 杏香もその事は十分理解していただろう。


「……っ、しかし、しかしだな……」


 まぁ、確かに一番の問題なのはアマちゃん自身がここに来ちゃった事なんだよな。いつも見ている私達からすればさほど問題のないように感じるんだけど、こいつらは違う。それだけ神の存在は絶大で絶対なのだ。

 そして何より、この状況でこの空間が耐えられるのかどうか……。


「問題さえ起こらなければいいって、アマちゃんもそう言ったろ」


 そう、何も起こらないのなら。


 しかしアマちゃんにはもう少し自分が与える影響というのも考えてもらいたいものだ。

 最強の鬼すら子どものようにガクガク震える程の存在、だと。なんて私の心配できるような事じゃないか。

 きっと成るように成る、世の中はそういう風に出来ている。

 どこまでも都合が良くて都合が悪いのだ。


「とりあえず、楽しも。楽しまなきゃ損だ、人生楽しんでなんぼさ」


 気になることに変わりはないが物事が起きる前にあれこれ考えていても仕方が無い、いくら対策を立てても実際に対応が出来るとは限らない、結局起こらなければ分からないのだし、起こらなければ何もできない。カリカリするだけ時間の無駄だ。ならば楽しんだ方がいいだろ?


 少なくとも私はそう思う。


「……鈴蘭殿はともかく、何故花撫は普通に立っていられたのだ?」


「あぁ……」


 まぁ、分かっていたことだが当然そこに辿り着いてしまう。

 普通(ここでは神を神として認識できる普通の者)は少なくとも神が目の前に現れると立っていることは出来なくなる。ある種の絶対服従のようなものがある。命令や強制された物ではなく本能的にそうであると認識しているのだ。あくまでそれが普通の事なのだ。


 でも、世の中には必ず例外が存在するのだ。極稀にでも確かに存在する。


「彼女もまた、なのさ」


 とは言え私も何故花撫が例外なのか、あの膨大な霊力量はなんなのか、そういったことは何もわからない。


「花撫は未知で満ちているのさ……さあどこから回ろうか、あはは」


「……とりあえず、鈴蘭殿のおすすめの所に連れて行ってください」


「ん、了解した」


 分からないことはいくら考えても分からない。

 それは何事においてもそうだ。だから分かろうとする、その行為こそが重要なのだ。

 しかし物事には引き際というものがある、その点杏香はそれがよく分かっている。でも、反応してくれないと寂しいし恥ずかしい、流石の私でも。


「なら、最初は焼きそばだな」


「最初は、って一体いくつ回る気なんですか?」


 でも控えめに言ってそういう奴は大好きだ。これからが楽しくなりそうだ。


「にっしし、回ってからのお楽しみ」


 本当に世の中は理不尽でご都合主義だ。でも、こういった出会いも絶対に用意してくれる。損があれば得もある。


「ちょ、袖を引っ張らないでください。ズレます、ズレますからぁー!」


 杏香の叫びは人混みによって揉み消され、その姿も人混みによって消え去った。


 まだまだ祭りは終わらない。

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