第三十九話

「花京院杏香よ。妾がここにいる理由、心当たりがないわけではないじゃろ」


 アマテラスが静かにそう告げ、杏香は顔を青くする。

 ただならぬ雰囲気が辺りを覆い尽くす。

 誰もが息をのみ言葉を発することはできない。なんだか色々とまずい方向に進んではいないだろうか。


「ちょ、アマムむぐぐ……」


 鈴蘭に口をふさがれる。何をするのかと目で抗議すると、黙って見ていろと忠告された。いつもの彼女からは想像もできないような真剣な表情でそう告げられてはそうするしかないだろう。


 普段があれなだけにこういう時の鈴蘭の判断には間違いはない。


「こ、今回の件は全て私の独断です。周りの者に非はありません。罰が必要ならば私が全て請け負いましょう。ですからどうか、どうか……」


 短い沈黙が辺りを支配する。

 ただそれだけの事なのに途端に息がしずらくなったような気がするのは私だけだろうか。


「……うむ、それだけの覚悟があれば問題はないの。試すようなことをしてすまんの、皆も問題を起こさん程度に楽しんでくれ」


 アマテラスがそう告げるとさっきまでの空気が噓のように弛緩する。


 しばらくするとまたさっきのような活気が戻ってきた。


 まるで、アマテラスがここに来る前のように。これ、何かの術を使ったのでは?


「全く人が悪いよな、アマちゃんも」


「生憎、妾は人ではないのじゃ」


「性格の問題さ。分かっててそういうことを言うところが悪いってことだ」


 呆れたように鈴蘭が付け加える。


 正直それに関してはどっちもどっちなのだけれど今は言わない方がいいだろう。色々と厄介なことになりそうだしこれ以上面倒事は抱えたくない。


「そうは言ってもこれはかなり大問題なのじゃぞ。一部強硬手段に出ようとした神を力ずくで説き伏せて黙らせてきたのじゃ、これくらいはせんと割に合わん」


 力ずくで説き伏せる。これ程までに矛盾した言葉があるのだろうか、実際のところは腕に任せて殴り倒したという方が正しい表現だろう。


「一応、万が一の場合の確認もしておくべきじゃろ。それと殴り倒したのではなく説き伏せた、なのじゃ」


 パチっとウインクを決めて私の思考を読んだアマテラスが修正を入れる。


「……そういうことにしておきます」


 これ以上問答を繰り返すのは野暮というものだろう。なによりアマテラスは自分の考えを曲げたりはしないのだから。


「ん? 屋台もあるのか?」


 アマテラスが指差す先にはいくつもの屋台が並んでいる。


 一体いつの間に、それに商売しているのはごく普通の人間である。何人か見知った顔もある。


「また神主は勝手に……お祭りじゃないんですから」


 それに集まっている人も大概だ。そんなに暇なのだろうか。わざわざ仮設テントを立てて食材を調達して、流石に数時間でできるものではないのだが。


 それと何度でも言いますけど今日は火曜日ですよ。普通に平日なんですよ。


「ほら、行くのじゃ花撫」


「あ、ちょ……」


 問答無用で私を引きずるアマテラス。

 その姿にさっきのような威圧感はまるで感じられない、それどころかまるっきりお祭りを楽しむ少女そのものだ。


「いつまで突っ伏してるのさ杏香。さっさと起きろー」


 背後で鈴蘭がそう言って杏香をつついているが、それが当然の反応なのだと思う。最高神に問いただされ普通にしていろというのがそもそも無理難題なのだ。そう考えると私は随分とこの状況に毒されているのだなと感じる。


 というかアマテラス杏香にだけ術をかけなかったようだ。

 本当に鈴蘭の言うように人、いや神が悪いとでもいうのだろうか。


「花撫の嬢ちゃん、これ貰ってくれや。この前のお礼だ、そっちの嬢ちゃんも」


 手渡されたのは真っ赤なリンゴ飴。


「ありがとうございます、それよりもこんな所でリンゴ飴売ってていいんですか?」


 彼は神社の近くにある家具屋の二代目で日用品は勿論のこと拝殿や母屋の修繕などもやってもらっている。それなりに依頼もあると思うのだけれど。


「そもそもこの時期は依頼が少なくてな。する事がなかった。なぁに、問題なんてないさ。むしろこっちの方が儲かっとるわ、ワッハッハ」


 おじさんは高らかに声を上げて笑う。


 それにしても家具屋がリンゴ飴を売っているというのがなんとも面白い。


「それよりも、これどういう状況ですか?」


 妖怪や幽霊などが屋台で普通に買い物をし、屋台主も何も気にした様子はなく淡々と注文を捌いている。

 流石にこの状況には疑問を抱かずにはいられない。


「これが結界の力じゃ」

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