第三十八話

 百歩譲って私が異界で有名になっているということはいいとしよう。

 でも……。


「そもそもなんで異界あっち現界こっちが繋がってるの?」


 謎、という部分だけならこっちの問題の方が断然大きい。

 普通に考えて私達が異界へ渡った時のようにこっちと向こうは術を使わなければ繋げられない。

 いくつか例外的なものは存在するようだけれど、どれも偶然で突発的なものだということなので一度にこんなに多くの存在を移動させることはできない……というのが私の持っている解釈だ。


「それについては私が答えよう」


「杏香……さん」


 声がした方へ向けば最強の鬼、酒呑童子の末裔が着物姿で立っていた。


「杏香でいいよ。私もその方が楽だ、花撫殿それに鈴蘭殿」


「なら、私も花撫で大丈夫です」


 それと何で着物なのだろうか。

 私がとやかく言う事は無いのだけれど色々と目立っている。勿論いい意味悪い意味の両方で。


「では、そう呼ばせてもらおう。それで今回の事だが本当に感謝したい、そして何よりこちらの不手際のせいで迷惑をかけてしまい誠に申し訳ない」


 そうして深く頭を下げる杏香。


「い、いえ。私は何もしてないですし、そもそもの元凶はこちらにあるんですよね。謝るならむしろこちらの方ですよ」


「そう言ってもらえると少しは気が楽になるよ」


 申し訳なさそうに肩をすくめる杏香。


 そこに鈴蘭が続ける。


「それで、この現状はどういうこと?」


 鈴蘭がこの状況のことを知らない事は無いだろう。とっくに心を読んで理解しているに違いない。おそらく私のために聞いているのだろう、でも知っているならどちらから聞いても変わりないと思うのだけれど。

 何故かそこら辺のことは教えてくれない鈴蘭なのだ。


 あ、でも同等ないしは上位の存在からは読み取れないとかどうとか。

 結局のところどっちなんだろう?


 きっと聞いても答えてくれないのだろうけど。


「えぇ、既に知っての通りここにいるのは異界の妖怪、冥界の幽霊などです。今や異界で花撫のことを知らないものはいません。我々としても想定の範囲を優に超えていて、こうするほかなかったわけです」


「でも、だからって異界と現界を繋げるほどのことですか?」


 わざわざこちらと繋げるというのはリスクが大きい。むしろ異界と現界を繋げてしまえばリスクが逆に高まると考えるのが普通。


「正直、最悪の選択です。できれば避けるべきでした、とは言えこちらと繋げなければそれこそ戦争が勃発しかけなかった。こちらも切羽詰まった状況なのです。本当にすみません、感謝をする前にさらに厄介をかけてしまって」


 深く頭を下げる杏香。


「あ、頭を上げてください。私は気にしてませんし、神主も喜んでいましたから」


 それにしてもこの状況で普通に喜んでいるとは流石と言うべきか……。

 正直なところかなり不安である。

 まぁ、状況がわかっていないのだとしたら仕方のないことなのかもしれないけれど。


 それに繋げたことで双方に影響が出ないといいんだけど。辛うじて今のところは何もなさそうだから大丈夫なんだろうけれど、どうにも様々な不安が拭えない。


「しかしここはいい所だな……もしかして源泉があるのか?」


「へぇ~、流石は最強の鬼ってところだな。まさか気配だけで気が付くなんてな」


「伊達に300年生きていたわけではないですから。でもならこうなったのも納得できます」


 そうして不気味に笑い出す2人。楽しそうで何よりなのだけれど誰か説明してくれませんか。何が何だかさっぱりなんですけど……。


「この神社には霊脈の源泉があるんじゃよ。じゃからここは他と比べて霊力の密度が高い、つまり妖怪や幽霊にとっては絶好の場所にあるというわけじゃ。若干じゃが人間にも効果がある」


 丁度いいタイミングで説明が入る。


 霊脈というのは霊流の大きなものだろう。源泉ということはここが霊脈の出発点になているということだろうか。とすれば霊力が濃いのも頷ける。


「そう、ここは始まりの地。霊力の大元は大抵がここから始まっているのじゃ、そしてここは同時に終わりの地でもある。世の中のものは必ず循環して然るべきなのじゃ。つまりここは始まりの地であと同時に終わりの地という事になるのじゃ。そういう場所は世界広しと言えど稀じゃ、それだけ厄介なことも起きるのじゃが」


「……って、この声は」


 振り返ると予想通りそこには一柱の神が浮いていた。

 相変わらず気配も何もなく人の後ろに現れるのが好きなようだ。


「な、ななななぜ天照大御神様がここに!?」


 慌てて五体投地する杏香。見ればこの場で伏せてないのは私と鈴蘭くらいだ。


 こうやってみるとやっぱりアマテラスは神様なんだなと実感する。普段の姿を目の当たりにしていてはそういったことを忘れそうになる。


 いや正直に言おう、すっかり忘れていた。

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