三章 小休止と新たな幕開け

第三十七話

「…………え?」


 私は開けた玄関の扉を無意識のうちに閉じていた。


 そう。きっと何かの見間違いでしょう。

 そうさ。今日も世界は変わらず回り続ける。

 それは当たり前のこと。世界が、時間が回るのは至って普通のこと。

 当然の事で必然の事で変わることの無い世界の理。


 息を吐いて再び玄関の扉を開ける。


「……これは悪夢。そう悪い夢なんだ……きっと」


 静かに扉を閉めて自分の頬を引っ張る。


「……普通に痛いんですけど」

 

 今日は特別な日という訳では無い。

 別に何の変哲もないただの平日、平凡な火曜日。


 それにも関わらず境内には様々な妖怪、幽霊などが所狭しと大集合していた。


「鈴蘭、説明」


 朝起きて玄関を開けたら既にこの状況だ。

 誰であっても説明を求めたくなるのは当然のことだろう。玄関の前で偶然捕まえた鈴蘭に詰め寄る。


「いや、そんな目で見られても、これは私は何も関係……ないよ」


 今の間は一体何なのだろう。


 スタスタと歩き始める鈴蘭にしばらく冷たい目線を向ける。


「…………」


 観念したかのように首を振りため息を吐き出す鈴蘭。


「今、異界で一種のブームになってるんだよ。この神社に参拝することが」


「……はい?」


 随分といきなりである。今までのこの神社なんて閑古鳥が鳴くのを諦めて帰るほどのものだった。

 それに異界に至っては接触すらなかった、だというのに。


「なんでそんなことになるのさ?」


 妖怪達は暇なのだろうか?

 神主には悪いけれどわざわざ平日の午前中にわざわざ来るような神社ではないはず。そもそも人が来ないことの方がノーマルなのだから流石にここまで来られても困るのだ。


「い、いや、神主や神社自体ではなくて。先の戦争でまたたく間に花撫の名前が異界中に広まったんだよね。あはは……」


「…………」


 正直、というか全く笑えない。冗談であってもそんなことを言わないで欲しかった。

 もしそれが本当だとしてもそもそも私自身が動いたのは後にも先にも1回だけ、動いたと言ってもただただ鈴蘭に振り回されていただけ、ただあの場に居合わせただけ。私が異界に行ったということを知っている人自体限られる。

 この現状には鈴蘭が一番深く関与していると言わざるを得ないと思うのだけれど。


 どうして昔からこういった面倒ごとに絡まれてしまうのだろうか。


「あ、あの。握手良いですか?」


 振り返ると1人の少女が立っていた。少しうるんだ赤い瞳、白く澄んだ肌とは対象に真っ青な髪に真っ白いワンピースがよく映えている、足元が若干透けているところを除いては至って普通の少女だ。


「構いませんよ」


 そう言って手のひらを差し出す。


 少女は嬉しそうにその手を握り何かを願うように目を閉じて数秒、その後何度も頭を下げて去っていった。ちなみに普通に足を使って走っていった。


 一応言っておくけれど私には願いを叶えるような力やご利益をもたらすような力がある訳では無い。別になんてことない巫女だ。

 少なくとも私はそうであると思っていたい。


「……幽霊にも体温ってあるんだね」


 少女の手は少し冷たかったけれど普通の人とあまり変わらない確かな体温があった。てっきりもっと冷たいものだと思っていた。

 幽霊が浮いている、氷のように冷たい体温というのはどうやら偏見のようだ。それとも幽霊もまた時代の流れで変わってきているということなのだろうか。


「言うだろ、手の温かさが心の温かさだって」


「…………」


 どこまで本気かは分からないけれど嬉しそうに走り去る少女の後ろ姿を鈴蘭はどこか懐かしい目で見つめていた。

 私もそれを追って少女の背中を見つめる。


「……よほど現代人の方が冷たいよな」


 そうぽつりと鈴蘭が呟いた。その声音には諦めのような感情が強く感じられた。そう感じてしまった。

 いくつもの時代とともに生きてきた仙人の言葉はそれだけ重い。彼女がそう言うなら確かにそうなのかもしれない。


「…………鈴蘭」


 しかし隣を見た時にはいつもの鈴蘭がいつの間にか隣にいた子供の頭を撫でていた。その顔はいつもと何ら変わらない笑顔が咲いていた。


「ん?」


「……何でもない」


 さて、いつまでこのブームは続くのだろう。

 特に困るということは無い、あくまで今の段階では……。

 うちの神主は思わぬ臨時収入に興奮していたし……。


 と言うか妖怪や幽霊を見ても特段驚かないんだよな、あの人。そう言えば鈴蘭と何があったのか結局聞きそびれていたし、なんというか本当に謎の多い人だ。

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