第三十六話

「そう、本当に得をするのはいったい誰なのか。考え直す必要が出てくるのさ」


 どうしてわざわざ異界で戦争を起こす必要があったのか。

 そこまでして何の意味があるというのだろうか。


 ただ無意味に無秩序に平和を崩壊させ世界を乱しそこに何を求めているのだろう。


「……あの黒いローブの……」


 何かを思い出したように白夜が呟いた。


「そういうこと。おそらく奴……奴らが今回の戦争の根本にいる」


「奴ら?」


「そう、もう一度考え直してみて。異界で大規模な戦争を引き起こして全ての勢力が衰退して一番得をするのは誰なのか」


 その言い方だとまるで異界以外が今回の件に関わって……まさか、そんなことがあるのだろうか。

 それは1つの世界を潰そうとしていることと変わりない。

 普通の戦争ですら罪深いというのに、そんなのもはや心ある者の所業ではない。


 でも確かにそう考えるのが一番しっくりくる。


「そうそう、そのまさかだよ。今回の戦争を引き起こして得をするのは間違いなくこちら、つまり冥界あるいは現界のどちらか。そしてあの黒いローブの奴は人間だ」


「……つまり本当に得をするのは私達?」


「正確にはあの黒いローブの所属する機関だな」


 その口ぶりではまるで……。


「ご師匠様は犯人が誰なのかわかっているのですか」


「おおよそ予想は出来てる。こんなことをできる現界人は限られてる。そんな人間が集まるところもな」


 今回の件に関係しているとしたらそれは霊術が使えるということ、霊術は限られた人にしか使えないと聞いた。そういう人間は特定の地域ごとにある程度まとまっている、いわゆる機関なるものを組織しているとのことだ。聞く話によると現在日本にはそういった組織、機関が少なくとも十数はあるらしい。


「つまり、その中のどれかが今回の件に関わっているってこと?」


「そういうこと」


「な、なら早く突き止めないと」


 慌ててゲートに飛び込もうとした私の肩を鈴蘭が引き止める。


 というかこのゲートいつの間に開いてたの……。物凄く自然な流れで飛び込もうとしていた。


「なんでわざわざ杏香が飛び出したのか考えてみ?」


「…………」


 確かにあそこで意味もなく飛び出す意味は無いつまり何か目標があるのは確か。あのタイミングでの目標といえばあの黒いローブのやつを追う以外にあるとは思えない。

 いや、既に相手の情報を掴んでいる?


「つまり杏香さんが解決してくれるってこと? でもだとしても手助けくらいは……」


 そこまで言いかけて気が付いた。

 そもそもそんな心配をする方がおこがましいということに。


 彼女は何を隠そう正真正銘の鬼、しかもその頂点に君臨している酒吞童子の末裔。


「よほどのことがない限り杏香が負けることなんてないさ。さぁ、幕引きの時間だ。入った入った」


 鈴蘭はさっきとは打って変わって今度は私達をゲートへと押し込むのだった。


「鏡夜はバカではあったけど馬鹿ではなかった。本当に……残念だよ」


 振り向き呟いた鈴蘭のその言葉は誰にも聞こえることはなかった。


 ***


 さて、ここで大きな疑問が残る。


「なんで、私まであそこに行く必要があったの?」


 普通に考えて私が更に言うなら私達が出ていく必要はなかったのではないだろうか。だって杏香は犯人の存在に気が付いていた。

 つまり私がわざわざ出向かなくとも今回の件はいずれ収束していたというわけだ。


「いやいや、むしろ行くためだけにゲートを開いてもらったんだよ」


「どういうこと?」


「そもそも私があそこに顔を出したのは牽制のためさ。これでも私は異界ではいい意味でも悪い意味でも名が通ってるからな。んで花撫も連れて行ったのも牽制さ。まぁ、結局いらなかったみたいだけどな」


 鈴蘭が牽制になるというのはわかる『残虐の黒百合』なんて呼ばれるくらいなのだからそれは相当なものなのだろう。

 しかし何で私が異界の事情に対して牽制できるというのだろう。

 私は異界に赴いたこともなく知識もないに等しい、そんなただの少女がどうすれば異界の者達を牽制できるというのだろうか。


「花撫は色々と特別なのさ。向こうからしたら私を敵に回すより花撫を敵に回す方が恐ろしいのさ」


 私、何かやらかしてしまったのだろうか。

 でも異界から恐れられることなんて何もしていない、そもそも異界に行ったこと自体今日が初めてだ。そこまで恐れられているという理由が分からない。


 というか私、異界でおそれられてるの?


「分からない? 今のこの状況が答えみたいなものなんだけど」


 神社の境内で鈴蘭とアマテラスと白夜と一緒に立っている。別にこれと言って変なところがあるわけでもない。

 最近では普通となった日常風景、いったいこのどこに異界を恐れさせる答えがあるというのだろう。


「ふっ、花撫も随分と非日常に慣れてきちゃったな」


 どこか楽しそうな鈴蘭。


「残虐の黒百合と呼ばれる大仙人である鈴蘭、最高神である妾、異界の名門鬼龍院、まぁ妾を抜いたとしてもそれらと親しい関係を持ち花撫自身もかなりの力を有しておる。今はまだその力が使えずともいずれとても大きくなるであろう存在、どんな馬鹿でも敵に回すのが得策だとは思わんじゃろ。花撫の一言で種族ごと滅ぶことになるかもしれんのじゃ……しかしもはやお主の存在は牽制ではなく抑制じゃの」


「目を付けられば、どうなるか分からない。それが今の花撫ちゃん」


 ニコニコと、本当に楽しそうに鈴蘭がそう告げる。


 ……どうやら私は知らないうちにそこにいるだけで異界を恐れさせる爆弾になってしまったようだ。

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