第三十五話
鈴蘭の口から飛び出したその言葉に私達は揃って首を傾げた。
「鏡夜が鏡夜じゃない?」
そんなの矛盾もいいところだ。
しかし鈴蘭は更に言葉を繋げる。
「おそらく戦争を起こした時点、つまりは3年前の時点で鬼龍院鏡夜という存在は消滅している。だから杏香は提案に乗るふりをして鏡夜だったものを始末しに来たのさ。それがこの現状」
だがしかし、鏡夜という存在が消滅していたのならそこに横たわっているものは一体何なのだろう。そう思うとかなり不気味だ。
今にでも動き出すのではないか、そんな気がしてくる。
「花撫、傷口辺りをよく見てみろ」
言われた通りに注意して死体の傷口を眺めてみる。すると異変はすぐに見つかった。
「これ、霊力?」
杏香が刀で貫いた傷口からは血の他に確かな霊力が感じられた。
でも、それはおかしい。
「そう、本来なら死んでもその者の内部に存在する霊力は流出しない。肉体が消滅したときに初めてその体から解放される」
「つまりこれは……」
「そう、死ぬ直前まで術をかけられていたということに他ならない。それに未だに流出が続いているとなればかなり大きな術式だ」
それにこの状況でかけられていた術となると大方鏡夜を操っていたものに違いない。
「で、でもそんな術があるの?」
他人の行動を思いのままに操作できてしまうような術が本当にこの世に存在しているのだろうか。
そもそもそんな術が存在していいのだろうか。
「そんなの駄目に決まってるさ、でも存在してしまっているのだから仕方がない。これは
傀儡術、読んで字のごとく相手を傀儡、つまり操り人形にしてしまうような術なのだろう。
「そして何よりこの術には普通の術のような解術法がない、今回のように殺す以外に道はない」
基本的な術式には解術の方法が大きく分けて2つある。
まずもって普通の術式には必ず解術法がある、やり方は様々だけれど基本的には術者がその解術の手順を踏むことで解除される。
そして、もう1つの方は霊術の性質による解術法。
発動した術式は術者が健在ならば効果が持続する、という術の根幹を逆手に取った方法、つまり術者を倒せばかけた術も解除される。
主にこの2つが解術法になる、のだが。
「これは普段使われている術者依存型の術式とは種類が違う。この術は完全独立型、かけられた対象から霊力を吸収して効果を持続させる、まさしく呪いというのに相応しい術式」
対象から霊力を吸い取る、つまりかけるのに術者の霊力を消費してもかかってしまえば維持するのに術者の霊力は使わない。ということは……。
「そう、術をかけた者すらわからなくなるのさ。他人を我がものとし何より死ぬまで解けない、更にかけられたことすら分からずに自我を消滅させる術。そんなものだから禁術なのさ」
「でも、それって発動させるのにそれなりに力が必要になるでしょ、そこから絞り込むことはできないの?」
残念そうな顔で鈴蘭は顔を横に振る。
「この術に術者の数は関係ない。一人でもいいし何十人でも問題ない。そんな術だから関係資料なんかは一切合切処分されたはずだ。だからこの術を認知しなおかつ行使できる者は限られる私のような仙人だったり大妖怪あるいは神かもしれない」
か、神?
聞き間違いだろうか。
「で、でも確か神はこの世界に干渉できないんじゃないの?」
確かにアマテラスはそう言っていた。
「なら、そうしてアマちゃんが私達にそのことを伝えられるわけがないし、そもそもあの神社に降りてくることも出来ないじゃん」
それは盲点だった。
今思えば確かにその通りだ。存在しているだけでも世界には干渉している。
というか全く干渉しないというのは不可能に近い。
「だからもっと正確に言えば過度の干渉ができないってこと。歴史や生態系を変動させるようなことはできないっていうのが神々の中で存在しているのさ」
普段アマテラスが私達と関わっているように、神としての力を乱用しない程度の干渉。
それってアマテラスが現界とそういった関係を築きたいと思っただけなのでは?
「……否定はしない。でもあくまでそれは解釈の問題で神々の中でも明確な決まりがあるというわけでもない。何というか暗黙の了解といった曖昧な感じでしかないらしい」
「し、しかし、神がそんな術を叔父にかけるなんてことがあるんですか」
血の気を失った顔で震えながら白夜は鈴蘭に尋ねる。
「あくまで可能性の話だ。しかも神がこの戦争を引き起こしても得することは無い。それに関係資料が処分されてこの世に存在しない証拠があるわけじゃない、むしろ存在していると考えたのほうが合理性は高い」
「あ、あれ?」
でもそうなってくるとさっきの話の
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