第三十四話

「それで、どこから説明しようか……」


 鈴蘭は腕を組みあごをさすさすと触って迷っているようだった。


 私としてはおそらくどこから説明されたとしても既定の範囲をオーバーしているのだから正直何から話されても問題は無い、むしろさらに問題が増えていくのではないだろうか……。


「……うん。なら最初は今回の会議の行われた理由にしようか」


 確かに未だにどうして両軍の大将が密会していたのかが分かっていない。


 と言うかそれどころではなかった。ここに来るや否や戦闘が始まり天井に穴が空き私達以外誰も居なくなったのだ。

 考える暇などないに等しかった。


「ちなみに戦争で最優先にするものはなんだと思う?」


 いきなり話が逸れた。

 でもここでその話をするのには何か意味があるということだろう。

 あるんだよね?


 鈴蘭はたまに全く関係ない話をさも関わりがあるかのように語るのだ。それでいて重要なことを黙っていたりするのだからたちが悪い。


「それは当然負けないこと、だよね……」


 私の言葉に頷き、鈴蘭は続ける。


「それも勿論大切なこと。負ければそれなりの代償を払わせられるからね。でもそれはあくまで前提、大前提ではない。根本にはそれよりも大事な別のものがある。勝つにせよ負けるにしても大事なことが」


 勝つにしても負けるにしてもどちらにしても大事なこと。

 負けないことよりも大事なことなどあるのだろうか。何があっても結果的に勝てば利益を得られるのだろう。だとしたらやはり勝つこと、負けないことが重要になるのではないか?


 駄目だ、考えていてもわかる気がしない。


 首を横に振り降参の意を示す。


「……何より大事なことはいかに払う代償を少なくするか、だ。なるべく人的、物的、精神的、ありとあらゆる被害を抑えることができるか。それが重要になってくる」


「は、はぁ?」


 左右に振っていた首が更に折れ曲がる。


「考えてみな、戦争によって失ったのものの補填をするために勝者は敗者から賠償をもらう。でもその賠償が損害よりも小さかったとしたら、それはどちらにとっても無駄でしかない。特に勝ったのに利益がないっというのは最悪だろう」


 確かに言いたいことはよく分かる。何かを得るために戦っていたのに得られないどころか多大な損害が生まれる。

 そもそも大きな利益を求めたことによる利害の不一致によって戦っているのだ。


「つまりはどれだけ損をせず得を取れるか。まぁ、そもそも戦争しないのが一番なんだけど……生きている以上対立はまぬがれないからね」


 でもだとしてもそんなに都合よくいくはずがない、それは戦争だ。

 命の奪い合い、一瞬の躊躇が命を落とす原因となりうる。それだけ恐ろしいところなのだ。

 そんな中で一体いつそんな損得のことなんて考えていられるだろうか。


「だからこそ戦略ってものがあるのさ。ただ突っ込むだけでいいなら戦略なんてものは生まれない。戦略は勝つためにあるんじゃない、勝つのはあくまで結果。本来はいかに自軍の被害を抑えるかがそれのかなめになっている」


 しかしそれの何が今回に繋がるというのだろう。


「この戦争、どこが一番得をすると思う?」


 それこそ今話していた話じゃないか、もはや言うまでもない。


「それは勿論勝った方の勢力じゃないの」


 チッチッチ、と指を左右に振る鈴蘭。


「私はって言ったんだぜ。まぁ、ある意味団体かもしれないがそこに今回の両軍勢と力は関係しない」


 はて一体何が言いたいのだのだろう。

 向こうがこちらの考えを見透かしていてもこちらが覗き込むことはできない。


 やはりこういう時に心が読めたら、と心底思うのだ。そうすればこのいかにも面倒くさい鈴蘭の質問に答えなくて済むのだから。


「……今回、両者が密会していたのは他の勢力が著しく低下したときにこの異界を二つ、つまり鬼龍院家と花京院家で統一するためのもの。要するに自分たち以外の勢力を根こそぎ潰すための布石だったんだよ、この戦争は。つまり得をするのは鬼龍院家と花京院家だったのさ。それが鏡夜の思惑」


「ま、まさか。あの叔父がそこまで考えていたとは……」


 鬼龍院鏡夜というのはかなり頭が足りていない人物だったようだ、でも流石にここまで言われているとかわいそうではあるのだが。にしてもそこまで頭が足りないのならどうしてこのような状況、少なくとも鏡夜の思惑通りに進んだのかが謎である。

 そもそもそんな計画を立てられるものなのかそれすら怪しい。


「ああ、だから最初から鏡夜は鏡夜じゃなかったんだよ」

 

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