第三十三話

「……鈴蘭殿は私の目的をご存知なのですね?」


 何かを確認しているかのような杏香の口調。


 何を聞いているのか、という表情の鏡夜。


 会場には一瞬にして困惑が広がる。


 私達も何が何なのか分かっていない。白夜も何がどうなっているのかといった表情だ。


「知ってるさ。この戦争をどうしたいのか、どうしてあんたがここへと赴いたのかも」


「そう、ですか……なら話は早いです」


 安心したかのように息を吐き、懐の刀を引き抜く杏香。


「ちょ……鈴蘭」


 この状況で相手をするのはいささか分が悪い。

 実力の分からない相手を相手するのには準備も情報も不足している。


 杏香が刀を抜いたのを見てさらに強気になる鏡夜。


「ふははっ。会議を邪魔したこと後悔す、ぐっ……何を」


 鏡夜の言葉が不自然に途切れ次に彼の口から出てきたのは言葉ではなく赤い血だった。


 鏡夜の腹からは銀色の刃が突き出ている。当然杏香の刀だ。


 そして杏香はなんの躊躇もなくその刀を引き抜く。


「な……何で……」


 背中からいきなり刺され理解が追いつかないといった、いや実際に追いつかないのだろう。

 しかし鏡夜の口角が怪しく吊り上がる。


「……だ、が……最後に笑うのはこの私だ……」


 鏡夜の体が淡く光りだす。


 間違いなく霊術の発動兆候である……のだが、いつまで経っても術が発動したような感覚はない。時差式、なのかな。


「な、何が……どうして……」


「だから、言ったろ。もう少し隠蔽しておくべきだったと。私は仙人だぞ、ここに設置型の術式が組んであったことぐらい分かる。何より結界を張った後に展開するからだ、まぁこっちとしては願ったりだが」


 成程、それでここにいることが分かったのか。

 結界の特性上展開した後の術式は本来の術式よりも強調される。結界は何かを隠したりするために使われることが大半でそのために空間を捩じるらしい、でも切り離すわけではないからどこかが必ず繋がっているそうなのだ。簡単なのは1枚の布で何かを包む、みたいな感じ。

 つまり、後から展開した術式は縛った口、隙間から流れ出てしまう、ということだ。


「……くっ、ここまで……か。あぁ、もう少し―――」


 赤い絨毯じゅうたんが黒くシミを作り出す。


「逸脱した行為ばかりを繰り返す者を討つのは当然のこと、恨みはありませんがこれは使命なのです。そして、ふっ」


 斜め後ろの天井に向かってノーモーションで刀を投げつける。


 さっきチラッと鈴蘭が見つめた所だ。


 鬼の力によって投げられた刀は天井に刺さるだけでは飽き足りず天井を突き破り空まで繋がる大穴を開けた。ここ結界が展開されてるんじゃなかったの……。


 もう彼女が何がしたいのか訳が分からない。


 しかし、次の瞬間何かが疑問に答える形でその穴から落ちてきた。


「まさか気づいていましたか~。いや~、失敗、失敗」


 それは左側の腕が肩からなくなった真っ黒いローブで全身を包みゆらゆらと揺れている。顔には真っ白い仮面をつけ表情は読み取れない。

 それに性別が分からない、声も姿も男と言われれば男、女と言われれば女としか思えない。


「にしてもおそろしいですね~。前動作がなくていきなりあれですか~腕が無くなったというのに痛みも何もない、興味深いですねぇ~」


 やる気のなさそうな声が部屋の中で嫌に響く。自分の片腕を失っているはずなのに焦りなどなく平然……違う、嬉々としてそこに立っている。


「いつからなのかは気になりますけど~流石に状況が状況ですね~。ここは大人しく引いておきます~」


 懐から何かを取り出したかと思うとそれを地面に叩きつけた。


 みるみるうちに白煙が部屋の中に充満する。


 杏香が脇差を振りぬき煙が晴れたときには既に黒いローブはどこにもいなかった。


「やられた……」


 杏香が悔しそうにそう告げる。


 白夜は呆然とそこに立ち尽くし、私も全く現状を把握できていない。

 てか2本目の刀をどこから取り出したんだろう。


「済まない鈴蘭殿。あとは任せる」


「はぁ~、了解……」


 杏香は自分で開けた天井の穴から物凄い速さで飛び去った。

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