第二十九話
「……で……なで……花撫っ!」
こう何度も肩のあたりを叩かれては起きる以外の選択肢はないのだろう。
瞼をこすりながら起き上がる。
「なに、鈴蘭……まだ3時じゃん……」
枕もとの時計が壊れていないのなら確かに3時だ。
普段の私でも起きるのは4時。更に今日は就寝してからわずか2時間しか経過していない。流石に普通に眠い。
「白夜が目を覚ましたんだ」
明日、ではなく今日の朝じゃダメなのかな。
でも話は聞いておいた方がいいかもしれないし……。
「はぁぁ~」
悩んでいても仕方がないのでとりあえず起きて話を聞きに行くことにする。
「ふぁ~あ。それにしても早かったね」
かなりの量の血が流れていたからもう少し時間がかかると思ったのだけれど。
というかそれよりも気絶しただけの鈴蘭のほうが長く眠っていたのはどういうわけなのだろう。
やはりそこは妖怪ということなのだろうか。
「腹が減って目が覚めたって」
「……どういうことなの」
「そのままの意味だよ。ほら腹が減っては何とやらってよく言うでしょ」
だとしてもそんなことで起き上がれるような出血じゃなかったはずなんだけど……。いや、逆かあれだけの血を流したのだからその分の血液を作るためにも食事がいるということなのか。
しかしあれだけの血を流しながら……。
「いや、流石は妖怪、なのかな……」
もはやそう納得するほかなかった。
***
「申し遅れました。私が鬼龍院家が当主、鬼龍院白夜です。危ないところを救っていただき誠に感謝いたします」
ひとしきりの料理を平らげた後のことだ。
それにしても物凄い量の料理を食べるんですね。この家にある全ての皿と食材を動員してやっと……まさか食べる量まで妖怪級とは。
一体その愛らしい体のどこへ消えているんでしょうか。
「いえいえ、当然のことをしたまでですよ……はい」
誰だって自宅の玄関先に血塗れの少女が転がっているとなればそれなりの行動をとるだろう。
そもそも自宅の玄関に血塗れ少女が転がっているという状況が普通あり得ないことなのだけれど……。
「あっ、玄関掃除してない……」
今の今まですっかり忘れていた。それに血って簡単には落ちないし、そう考えると最悪敷石を変えないといけなくなってくるよね……。
あぁあ、さっさと掃除しておけばよかった。眠気に負けたさっきの自分が恨めしい。
「それなら妾がかたずけておいたのじゃ」
それは救いの声だった。
誰が何と言おうと少なくとも私には救いの声に変わりなかった。
「アマテラス、助かります」
「うむ、それと……」
そう言ってゴソゴソと懐を探る。
「あったあった。ほれ」
白夜に向かって差し出されたその手には緑色の宝石があしらわれたネックレスのようなものが握られていた。
「あ、ありがとうございます」
白夜は何度もお辞儀をして受け取る。
「それで、どういう状況なのさ?」
「……内乱です。恥ずかしいことに今、鬼龍院家が内部分裂をしていて……おそらく今回の放火も襲撃も私が気に入らない者によるものでしょう。不覚でした……」
「となると私と闘ったのもそっちの連中か」
そう考えて間違いはないだろう。白夜の様子から見ても彼女たちが自らの師に手を出すということは考えにくい。
「なっ! ご師匠様にも危害を加えようとしていたのですか。まさか、そこまで落ちてしまったのですか……」
「その様子だと犯人を知っているのか?」
「ええ、
穏健派と過激派の衝突、政治なんかでもよくあることだ。
「して、その鏡夜とやらの目的はなんじゃ」
「おそらく、異界の覇権を取ることだと思われます」
それは平たく言えば異界を統一するということになるのだろう。しかしどう考えても無謀と言わざるを得ない。
例えどんなに戦力があってもそれで勝てるほど世の中は甘くない、異界となればなおさらだろう。やはり何か策があるというのだろうか。
だとしても内部分裂で戦力も半減していると考えるとさらに状況は厳しくなる。逆にどんな策があるというのだろう。
「ん? お主らはそんなに戦力を持っておるのか?」
「いえ、異界をまとめ上げる戦力など持っておりません。持っているのならば今回のようなことは起こっていないはずですから」
それではいよいよどうやってこの戦争で勝つつもりなのだろう。
「……実はよくない噂を耳にしまして」
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