第二十三話
「……こんなにいきなり痕跡って無くなるものですか?」
気味が悪いほどに全くの痕跡がない。昨日までと何も変わらない様子でただただ木が乱立している。
「人為的な何かが働いているのは間違いの」
あり得る選択としてあげられるのは。
「……敵が逃げた、とか?」
「いや、それはないのじゃ。結界は術者の任意ではないものは中からでもはじかれる。結界があった時点で敵は逃げることは出来ないはずじゃ。それにおそらく今日妾がここに来る直前まで結界は健全な状態じゃったはずじゃ」
もし、逃げていたとしてもアマテラスがとっ捕まえているということだ。
「それに鈴蘭の性格からして逃がすことはまずないじゃろ。それに花撫が関わっているとしたらなおさらじゃ、それこそ生きては帰さぬと思うのじゃが……」
物騒なことこの上ない。
流石に鈴蘭でも人殺し……いや、妖怪殺し……と、とにかく何かを殺すようなことはしないはずだ。
「……でも、何もないですね」
何もないのだ、ただ戦闘痕がなくなっただけでそれ以外の痕跡も手掛かりも何も。
当然いくら探そうと血痕などは見つからない。必ず血が出るというわけではないから何とも言えないことには変わりないのだが。
「こればかりは本人に聞くしかないの」
アマテラスの言う通りである。
いくら仮説を立てようとそれはあくまで仮でしかないのであって真実や正解ではないこともある。
「……流石に殺してはいないですよね」
「…………」
アマテラスは何も言うことなく静かに作業へと取り掛かった。
「不安しかないんですけど……」
***
そこには草木がかけらも存在しない。
「うぅ、腰が痛いのじゃ……」
私の隣で唯一生き残った切り株に腰かけた最高神はそう言って腰をさすっている。
「……
かくいう私も腰、というか全身をかなり痛めていた。
まぁ、私は普通の人間だ。どれだけ疲労を軽減しようと限界というものはやってくる。
午前中を使ってそこらに散乱する木々を片っ端から後処理した代償はそれなりに大きいようだ。伸びをしたときには本当に折れるんじゃないかというくらい腰や首がバキボキ鳴っていた。
これは、明日こそが本当の地獄になるんだろうな。
今のうちから覚悟しておいた方がよさそうである。
本当に最近ついていないというか余計に厄介事に遭遇している。
「当り前じゃろ、妾とて生きておるのじゃ、腰を痛めるし怪我もする。当然限界だって存在するのじゃ」
「そういうものですか……」
しかしこうして改めてアマテラスを見ていると私と変わらない、普通の人と何ら変わりなく見えるから怖いものである。
本当、こんな状況を作り出した張本人だと誰が思うだろうか。
「それはさておき、ここはどうするのじゃ?」
目の前にはそれはもうとんでもない状況というか私ではどうすることもできない
もう明らかに状況は悪化している。まだ切り株が点々としていたほうが可愛げがあった。
「どうするつもりだったんですか、ねぇ?」
あらぬ方向を向いているアマテラスの顔を覗き込む。
なぜアマテラスが他人事のように質問してきているのかがよく理解できない。
元凶は自分にあるというのに。
にしてもこれは本当にどうすればいいのだろうか。
自然の力に任せるという選択肢もあるのかもしれないが、ここまでしてしまうと流石にばつが悪い。誰もここまでしろなんて言ってないのに……。
「というかアマテラスが燃やさなければこんなに広がっていなかったんですよ」
そこはかなりの広さの土地が更地、もっと言うなら焼け野原が広がっていた。
さっきまでここには林があり当然木々も生い茂っていた。
というか2日前までは確かにそうだったのだ。それが今では所々から煙が立ち上がり焼け炭が散乱する荒野の有様だ。
「しかしの、そうは言ってもあれが一番手っ取り早かったのじゃ」
何の悪びれもなく淡々と告げる。
「だからって大規模焼却術を放つ奴がいますか……」
私とアマテラスは午前中をフルに使い所々に転がる昨日の残骸を拾い集めた。
そこまではいい、問題はその後だ。どうやってその残骸を処分するかという話になった時のことだ、何かが吹っ切れたかのようにアマテラスが前方の残骸達に手をかざした。
その後のことはよく覚えていない。
一瞬光ったと思ったらこうなっていた。
「ここにおるのじゃ」
当の本人は満面の笑みで胸を張っている。どうやらかけらも罪悪感はないようだ。
面倒臭いからといって焼却術を放つことのどこに誇れるところがあるのだろう。もはや被害が倍近く拡大しているというのに。
「真面目な話をしてるんですけど……」
もう少し被害を抑えることはできなかったのだろうか、というか燃やす以外にもやり方はもっとあったはずなのだ。
「そ、そうじゃ、畑にすればいいのではないかの?」
意気揚々と提案したかと思うと次には目を輝かせて駆けていく。
「……逃げたな」
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