第十九話

 今まで受け流していた斬撃を正面から受け止める。


 そうして次の手へとつながらないようにする。とりあえずこれで斬撃の嵐は収まる。


「今更なんだというのだ。さっさと観念したほうがいいのではないか?」


 相手の顔がニヤリと緩む。


「敵にかけられる情けなんていらないよ」


 そうして相手の刀を手で握る。

 当然のごとく流れ出る血を見て男は驚きが隠せなかったようだ。目線が私の顔と自らの刀を往復する。


「これで終わりにしてあげる……」


 鈴蘭がささやくのと同時に相手の刀が分解し、サラサラと風に飛ばされる。


「なっ、何をした……」


 更に驚愕の表情に変わった男はよろよろと後退する。


「何って、あんたの刀を分解したまでさ」


 剣士にとって一番避けなければいけないことは自分の武器を失うこと。

 忍者のような飛び道具を持たない剣士が攻撃の手段を失えばどうなるか。


 瞬間的に無力化できてしまうのは自明の理である。


 そして、そういう状況に追い込めればそれはこちらの勝ちというわけだ。


「な、何でそんなことが……」


「何でって、それが私の固有能力だから」


「こ、固有能力? ……そ、そんな馬鹿な。触れただけで刀を分解なんて……ま、まさか……なんで、なんでこんなところに残虐の黒百合くろゆりがいるんだ……」


 男は腰を抜かしその場に座り込む。


「あら? よくそんな昔の通り名を知ってるね」


 残虐の黒百合、それは今から500年ほど前に三界を騒然とさせた1人の仙人の異名。


 当時異界で権力を握っていた2大派閥をたった1人で壊滅させ、現界では鬼とやりあい1つの国を滅ぼした、等々様々な惨事を引き起こし、破壊神として恐れられたのが何を隠そうこの鈴蘭である。


 とてつもないのがそれらの出来事がわずか5年間の間に立て続けに起こっているということでそのたった5年で三界の被害は数百年分に及び文明はおよそ150年も後退したと言われている。


 結局は女神様によっての制裁があり、何とかなって今があるということらしい。


 そして黒百合というのはそのまま彼女の容姿からもってきたものであると同時に花言葉からきているらしくその花言葉が呪い、復讐というらしい。

 一方で恋、などといった花言葉もあるがそれはあまり関係はない。


 彼女に目を付けられると地獄の底まで追い回される、なんていう噂まで流通したくらいだ。


「何でこんなことをする。我らはお前には危害を加えていないはずだ」


「どの口でそんなこと言っているのさ、たった今加えたわけだしそもそも最初に喧嘩を売ってきたのはそっちでしょ?」


 慌てて逃げようとする男の両足両手に針を突き刺す。


 悲鳴が林をこだまする。


 本当に抜けた腰でよく頑張るものだ。


「残念だけど今回は見逃せない。私だけならまだしも、巻き込んじゃいけない人達まで巻き込んだ。その代償はしっかり払ってもらうよ」


「ぐっ……あああぁ」


「ちなみにあんたが償う罪は2つ。1つはこのくだらない戦争に花撫を巻き込んだこと、そしてもう1つは白夜のふりをしていたということ。当然覚悟はできているでしょう?」


 さらに男の顔から血の気が引いていく。


 誰の差し金なのかはわからないがこの男は鬼龍院白夜ではない。


 何よりこの男はそのことをどうやら知らないらしい、多分髪の色で選ばれただけだろう。いや、正確には本家の遠い親戚と言ったところになるのだろう。

 とは言ってもただで見逃すわけにはいかないし、そもそも見逃すつもりなど毛頭ない。


「無知なあんたに1つ教えてあげる。あなたがなりきったつもりだった鬼龍院白夜は男じゃないんだよ」


 男の顔が更に驚愕と困惑の色に染まる。パクパクと動く口からはもう声は出ていない。


 まぁ、無理もない。


 普段から顔を隠し、着瘦せをしているおかげで世間的には未だに男性当主だと思われているようなのだけれど。

 鬼龍院家は女系当主、代々当主は女性が務めている。


 きっとアマちゃんが間違えたのはある程度の知識を持った上で不確かな被害者の記憶を覗き、更にはその限られた髪の色を見たからなのだろう。


 つまるところただの早とちりでしかないということ。


「まぁ、お喋りもここまでにしようか。そろそろ本当に戻らないといけないからね」


 太陽が陰り冷たい風が吹き抜ける。


 気温が一段と冷たくなるような錯覚が男を襲う。

 手足は既に感覚が無くなっているし腰も抜けていて動くに動けない。それでも男は必死に体に鞭を打つ。


「あぁああ、なんでなん……で」


 恐怖で定まらない視線で遠くを見つめて、それを最後に男は地に倒れた。


風鈴かりん


「お呼びですか」


 1人の従者が音もなく鈴蘭の隣へと姿を現す。


「向こうに持って行って適当な処理をしておいて」


 ひらひら手を振りながら従者に告げる。

 流石にこの状態のままここに置いておくわけにもいかない。


「しっかしこれはどうしたものか」


 辺りの木々は何本も根元からなぎ倒され切り株になりそこだけを局地的な台風でも通ったのかというくらいの荒れ果てぶりだ。


 もしかしなくてもやりすぎてしまった。というかこれに関しては私よりもあの紛い物がやらかしたようなものだ。私に非がないとまでは言わないが確実にあの男がこの件の大半を占めている。


 でもそれを花撫にどう説明しよう。流石にそのまま正直に話すわけにはいかないし、かと言ってこの状況を適切に説明できるのかと言われればそれはノーだ。


「……私はこれを運んできますので」


 そうして従者はその場から消える。


「それにしても今回は随分と根が深そうだな……」


 結論として鈴蘭は今の出来事をないものとして記憶の奥へと押し込んだ。

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