第十八話

「本当にいい加減にして欲しいな。毎日毎日……」


 神社へと続く階段の中腹、ブツブツと愚痴をこぼしながらその階段の脇にある林の中で鈴蘭は立っている。


 何を隠そうそこに人の気配を感じるからだ。とは言ってもただの人ではない、はっきりとした殺意、明確な敵意を向けられている。


 今日まで毎日毎日幾度となく感じていたそれの気配に今日こそ決着を付けよう……いや、正確にはただただ鬱陶しかった。


 相手するのも面倒だからとっととかたずけてしまおうという魂胆である。


 そう最近全くと言っていいほど睡眠のとれていない彼女には自分の考えていることが矛盾していることに全く気が付いていない。

 それくらいに今、この世界で起こっている事は厄介なのだ。


「花撫は気づいていないけど、さすがに私までだませるなんて思ってないよね」


 当然のごとく反応はない。


 まぁ、これで反応があった方が驚きである。どんな初心者だとしても暗殺者の端くれならばこんな罠には反応しないはず。というか反応するのならそもそもコソコソしている必要なんてないのだ。正面から正々堂々をすればいいのだから。


 やはり相手も一筋縄ではいかないようだ。


 さっきまで確かに感じていた気配は既にしっかり消されている。


 でも確かに存在は感じる、しかし当然ながら姿など見えるはずもない。


 仕方ないので少しずつ慎重に林の中へと足を進める。


「……そこかっ!」


 一瞬で生成した針を真後ろへと投げつける。

 おそらく木だろう、それに突き刺さる音が響いたと思うとその直後、黒い人影が木の上から降り立つ。


「……驚愕、なのだよ。背後に位置取り完全に気配を消していたはず、にも関わらずいとも簡単に我を見つけた」


 声からして男、それもかなりの手練れ。


 正確に対象を捉えた不意打ちにも近い今の投擲を避けているというのは正直想定外である。


 当然なのかもしれないが忍者のような格好をしており顔は布で覆い隠しているためどんな表情をしているか、などはよくわからない。


「汝は一体何者だ」


「相手に名を問うのならまず自分から述べるのが礼儀ではないか?」


「うむ、それもそうだな。我こそが鬼龍院家が当主、鬼龍院白夜その人だ」


 そう言って顔を隠していた布を取り払う。


 透き通るような白い髪が僅かな木漏れ日を反射する。


 その髪は確かに鬼龍院家代々の血縁関係であることを示していた。


「……私は鈴蘭。一介の仙人さ」


 白夜と名乗った男は気がついていない。

 気がつけるはずもない、普段の鈴蘭よりも声音が低いことなど、ましてそれが鈴蘭が怒っている時に出るものなど分かる訳が無い。


「なるほど、あの人外な動き、納得である」


 嫌に冷静だ。これでも私は五仙人の1人だ。何か対抗できるような手段を持っているのだろうか。

 しかし、そんな力があるのだとしたらアマちゃんが野放しにしておくはずがない。

 とするとそれは


 だとすると迂闊うかつに動き回るのは得策とは言えないだろう。


 まずは相手の戦力を見極める必要があるのだけれど。どうやら悠長に確かめているわけにもいかないようだ。


 というか今になって自分が何の準備もせずにここにいることに気が付いた。

 やはり、睡眠というものは何事にも変えがたい。流石は三大欲求の一つ、と言ったところだろうか。


「相手にとって不足無し……」


 そうして男は刀を構える。


 刀ということはこいつが例の切り付け魔で間違いないのだろう。だとしたら最大限に警戒しなければいけない、油断していては返り討ちにあうだろう。


「いざ、参る」


 瞬間、地面が爆ぜ超高速の刃が下段より到来する。


 さっきと同じ要領で、とは言えかなり急いで今度は刀を生成する。


 思っていたよりも相手のスピードが速い。

 刀を縦に背に手を添え何とか受け止める。この固有能力が無ければ間違いなく首が飛んでいたであろう力強さだ。

 男に隙はなく気が付けば既に次の斬撃が視界の端から飛んでくる。


 それらを間一髪で避け後方へと距離を取る。


「うむ、なかなかやるではないか。しかしいつまで耐えられるかな」


 頬には一筋血が流れている。


 さっきの斬撃、もしも避けられていなければ、そう考えるとゾッとする。


 このままやり続けてもジリ貧なのは確か。それに一方的に攻められるというのもしゃくだ。何かこちらから仕掛ける必要がある、けれど相手はその道の達人。

 生半可な攻撃ではむしろこちらに隙が生まれ一発退場になるだろう。

 思考しながら避ける斬撃は徐々に私を追い詰める。


 背筋に冷たい汗が流れる。


「ぐっ……」


 そうしている間にもいくつもの斬撃が私の肌を切りつける。その傷は次第に深くなっていく。

 たとえ木の上へと逃れてもすぐに追撃が迫ってくる。


 どうにかして斬撃に隙を見出さなければ。どうすればあの斬撃の嵐は止むのかをよく考えてみる、自分の持てるものを使ってどうすればいいのかを。相手が予想もしないような一手を……。


「はっ……そうか」


 剣士が最も避けるべき事態。


 それを引き起こせば形勢は逆転する。しかしそれを実行するには私もまた死地へと足を踏み入れなければいけない。


 一回でもミスをすればそれすなわち死。


 いや、どうなのだろう。この身に宿る不老不死の力というのは首が飛んでも継続するのだろうか。

 だとしたらそれはもう妖怪よりも妖怪ではないだろうか。


 なんというか首だけで動き回る私というのは想像しただけでかなりグロテスクだ。何であれそれは避けないと倫理的にかなり危ないことになる。


 でももうこの際四の五の言ってる暇はないか。早く戻らないと花撫が危ないかもしれないし。


「そろそろ限界かな? 早くその顔が苦痛に歪むのを拝みたいものだな」


「ほざけ、苦痛に歪むのはそっちの方さ」


 

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