第十六話
まだ4時30分くらいにも関わらず神社の前には行列ができていた。聞けばこの辺りには神社はここにしかなく寺もないとのことだった。
随分と珍しいこともあるようだ。
「それにしても毎年毎年初詣だけは必ず忘れずに行きますよね、何か理由があるんですか?」
風鈴はかなり根に持つ性格だ。まだ一昨日のことで怒っているのだろう。
これはもしかしなくても物凄い出費になる予感。
でも確かにそう言われてみれば毎年欠かさず神社や寺を訪れては鈴なり鐘を鳴らしている。
「……特にはないかな、けどそうだな。1年のけじめかな」
「けじめ、ですか。抱負ではなく?」
「確かに抱負もあるのかも、というか世の大半はそうなんだろうけど、私にとっては始まりというかは終わりなんだよね、そこを起点にして1年が始まる。それってつまりそこが1年の終点にもなるってことじゃん」
「なるほど、確かにそうですね」
とはいえ、私自身何故初詣に行くのかそんなこと何も分かっていない。もはや一種の習慣のようなものなのだ。
人間だった頃からの抜けることのない習慣。
もしかしたら人間だった頃はしっかりとした理由があったのかもしれない。
もうとっくに忘れてしまっているのだが……。
そんな時、ふと右腕に風鈴が抱きついてた。
見ると風鈴は顔を赤くしてそっぽを向いていた。
「私は甘いと思います。結局何があっても何をされても鈴蘭様と一緒にいられればいいとそう思ってしまうのですから、こんな私を来年もよろしくお願いいたしますね」
今まで何度も見てきたその幸せそうな微笑みは女の私でも惚れそうな破壊力を持っていた。
「うん、こちらこそ……」
***
「……と、その後色々あってここは私にとってはとても思い出深い場所なのさ。だから来れない訳がない」
頬を赤くした鈴蘭がそこにはいた。
「それ、その後の色々がメインなんじゃないですか?」
なんというか、この神社との関係というよりも鈴蘭と風鈴さんとの感動話で終わってしまった気がする。
期待していたのとはだいぶ違う。もはやメインのないコース料理と同じである。
つまるところ結局何が言いたいのさ。
というか聞いているとただただ鈴蘭が一方的に悪いだけだし。
「ん? ってことは時々鈴蘭の屋敷にある気配って風鈴さんのものってこと?」
「うちで働いているのは風鈴しかいないからたぶんそうだろうな。というか花撫は気配感知ができるのか?」
「う~ん、多分鈴蘭の思っているのとは違うと思う……」
聞いた話によると普通の感知は意識しないとできないらしい、慣れれば意識しくてもできるというけれど私のは根本から違う。
そもそも前提が違うというかなんというか……。
「私の場合、感じてるわけじゃなくてそこにいるということを知っている、そんな感じ」
未来予知にも似ているような感じである。
「……もしかしたらそれが固有能力に関係しているかもしれないな」
しかし、どこでもそれが発動するわけではないというのが気がかりなのだ。ランダム、というか自分自身ではコントロールが出来ていないのが現状だ。
「あっ、そういえばあの日はすごかったんだ。いわゆる狂い咲きってやつでな、この神社の周辺というか山頂のあたりだけ桜が咲いていたんだよ」
最近はだいぶ慣れてきたけれど、鈴蘭の話の跳躍は凄い。
今みたいにいきなり全く違う話へと切り替わる。
「へぇ~、なんかロマンティックだね。いいな少し憧れる……」
けれども、普通に考えてそんな時期に咲くものなのだろうか、いやまず咲かないだろう。
早すぎる、というか桜は
けれど本当に不思議なこともあるものである、きっとそんな認識でいいのだろう。なんせ世の中分からないことの方が多いものだ。
だから桜が狂い咲いていても綺麗だな、程度の認識で十分だ。
「それも綺麗に山頂の一角だけだよ、他はどこも咲いていないのに。あれは驚いた」
その時のことを思い出しているかのように鈴蘭の顔は微笑んでいた。
「……アマテラス?」
さっきから異様なほどに静かである。普段の彼女からは想像もできない。いつもなら真っ先に食いついてくるというのに。
「ん? そ、そうじゃな。不思議なこともあるものじゃな」
「大丈夫か?」
鈴蘭もアマテラスの異変に気が付いていたようだ。
「ああ、そうだ。アマちゃんはその日のことなんか覚えてないのか?」
「そ、そうじゃの。妾も桜が綺麗だったことくらいしか覚えとらんの」
「そう言えば……あの時……いや、気のせいか」
鈴蘭も何かを呟き考え込んでしまった。本当に何を考えているのか分からない人たちだ。なんだか一人だけ置き去りにされてるみたい。
「……って、今それどころじゃないじゃん」
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