第十五話
吐き出す息はいつからか白く染まっていた。そしてそれは外の景色もも同様であった。
「うぅ、寒い……」
久々に覗いた外には雪が降り積もっていた。いつの間にかもう12月も終わりの方だ。
いくら自室兼工房に閉じこもっていたとはいえ流石にまだ年は越していないはずだ。
「少しは体を動かさないとな。いくら不老不死とは言えど、風邪は引くし怪我もするし」
中途半端な存在だしそもそも本当に不老不死なのかなんて分からないけど、そんなことを気にしていても始まらない。
長らく籠っていた研究室よりも外の温度は一段と低くなっている。
まぁ、研究室が暖かったのも全て一緒に住んでいる同居人のおかげなのだが、昨日は何故か物凄く寒かったんだよな。
そんな時、廊下の向こう側、庭でせっせと雪掻きをする少女が目に入る。
「
透き通るような青い髪を左右に振りながら楽しそうに雪を集めている。
「鈴蘭様、ようやく出てこられたのですね……毎度毎度文句を言われる私の身にもなってくださいよ」
「ん? そんなに来ていたのか?」
「それはもう。そこの机に手紙が置いてあります」
「あいつらも懲りないね。何度頼まれても入る気なんて……ってこれは多すぎじゃない」
机の上には大量に山積みにされた手紙が散乱していた。パッと見ただけでも軽く100通はありそうだ。
「……全部燃やしといて」
「承りました」
彼女は私の従者、のようなものだ。もうかれこれ100年以上の時を共に過ごしている。
そんなこんなでもうどちらかと言うと従者よりもある種の友人のようなものなのだ。彼女がどう思っているのかはわからないけれど……。
「すまんすまん、それで……」
「今日は12月31日ですよ。もう今年も終わりですよ」
頬を膨らまし珍しく文句をブウブウと言っている。
いやしかし本当に珍しい、風鈴もあんな風に文句を垂れるのか。
「ストレスはためない方がいいらしいし適度に休めよ」
「むぅ~、誰のせいでストレスがたまっていると思ってるんですか」
寒さで赤くなっている頬を膨らませて抗議する。
にしても何に対してそんなに怒っているのだろう。流石の私でも何故か風鈴の心は読めないし、一体どういうことなのだろう。
「……もう大晦日か。時の流れは早いものだね」
そう、大晦日。
あれ、何か大事なことを忘れているような……。
「そういうところが鈴蘭様の悪い癖です。直ぐに周りが見えなくなる、昨日だって……」
ん? 昨日……何かあっただろうか。
ああぁ、盛大にすっぽかした。
道理で風鈴の機嫌が悪いわけだ。
「か、風鈴……その、すまなかった」
全力でその場に土下座する。とはいえこれだけで許されるはずもない。
なんせかりん風鈴は物凄く楽しみにしていたのだ。
何度も何度も「忘れないでくださいね」と念を押されていたのに。
昨日の朝になって実験の問題点解決の兆しがみえて……ついそのまま籠ってしまった。
というか正直なところいつ朝になったのかさえ覚えていない。
「……それで、解決はしたのですか?」
「う、うん。一応は……」
「ならいいです……解決してないなんて言ったら埋めようと思ってましたが、解決しているならひとまずは妥協します」
う、埋めるって言った? これでも風鈴の主人のようなものなんですよ……あれでも今思うと主人よりも従者のほうが強いというのはよくあるのかもしれない。
アマちゃんのところもそうだし、
いや、私と風鈴は対等な関係なはず……。
というかひとまずって、完全に妥協してくださって大丈夫なのですが……。
つまり、まだあれ以降完成していないということは絶対に悟られてはいけないということだ。きっとばれたらただでは済まない。冗談抜きで本当に埋められる。
「さ、さて……今年は風鈴の行きたいところに行こう。先日の罪滅ぼしも兼ねてね」
な、何とかこの話題から話をそらさなければ新年早々土に還ることになる。冗談抜きに文字通りに、それだけは何としても回避しなくては。
「何か……隠してません?」
「な、何にも隠してないです、はい」
時折見せるあの目が、笑っていない微笑がとても怖い。本当のことを話して自首したいくらいの迫力を伴っている。でもここで自首したとしても待っているのは冷たい土のみである。
私にとってはどちらもメリットがない。まぁ、その全ての原因は私にあるのだけれど……。
「まぁ、いいです。初詣の神社ですよね? なら行きたいところがあるのです。季節は違いますが桜の名所らしいですよ」
「へぇ~、気になるな。それなら4月になったら一緒に花見に行こう」
「……昨日の二の舞じゃないことに期待しますね」
「ははは、面目ない。いや本当にごめん」
かなり根に持っているようである。
あれ? ならなんで昨日。私の部屋に訪ねて来なかったのだろう。
「私は、信じていたんですよ。忘れてないだろうって……だって約束したんだから」
ちなみに私は昨日、風鈴と一緒に買い物に行く予定だったのだ。
「ま、まぁ、年始にも行けるのだし……」
風鈴が最近できたというデパートなるものに行きたいと言っていたので二つ返事で行くことになったのだ。
「反省、してますか……」
目が本気だった、埋めると語っていた。
「してますしてます、年始に行きますから勘弁してください」
結局今回の件はそれで事なきを得た。
約束はするなら自分の出来る範囲でしたのならしっかりと厳守すること。
そんな当たり前の事を今更になって再確認したのだった。
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