第三話

 なんだかんだ言っても、何事には必ず終わりが来る。


 というわけで参道の掃除が無事終わり、拝殿横の母屋へ行くと女神様は縁側でお茶をすすっていた。

 すっかりくつろいでいらっしゃる。


「それで、ご用件は何ですか?」


「うむ、鈴蘭が呼んでおっての。急ぎの用事らしいのじゃ」


「鈴蘭が?」


 できることなら関わりたくないのだけれども……それは無理だろう。

 なんせ女神様がこうして直接出向いてきているのだから。余程のことなのだろう。

 というか女神を使いに使う鈴蘭が恐ろしい。


「ふむ、死活問題らしい。手遅れになる前に行かんと色々と面倒じゃからの、こうして妾が来たのじゃ。さあ掴まれ」


 湯吞みを置きすっと立ち上がる。


 掴まれと言いながら私の腕を掴み有無を言わさず術が展開される。


 瞬間、辺りに強い光が放たれる。


 次に私が目を開くと、そこはさっきまでいた神社ではなく鬱蒼うっそうと生い茂る数々の竹。まだ昼間だと言うのに日光は竹の葉で遮られ薄暗い。

 その中に鎮座する日本家屋が鈴蘭の自宅である。普通に豪邸と呼んで差し支えない程の大きさがあり彼女はここで日々様々な実験を行っている。

 

 そして何よりこみ上げてくる吐き気。


「……私、この術どうしても好きになれません」


『瞬間移動』


 その名の通り、自分の行ったことのある場所ならばどこへでも瞬時に移動できるという術なのだけれど、なぜかこれを使うと毎回酔ってしまう。


「ふむ、やはりこれも改良が必要じゃな……霊源の逆流を利用するのは負担が大きすぎるようじゃ」


「……あれってそういう術なんですか?」


 だとしたら毎回酔ってしまうのも納得である。霊源というのが神社や寺、森など基本的に神聖な場所に存在し霊流なる流れを発生させている。

 術を使う際に霊流に沿って発動すると威力も上がるらしい。


 そもそも術を発動するには霊力が必要なのだけれどこれは霊源とは全くの別物である、けれど連動はするようなのだ。

 基本的に霊力というものは人間の体を血液のように循環している。つまり間接的にそれを逆流させていたとするならば確かに気持ちが悪くなるのも納得である。血液だったら即死なのだからかなり恐ろしい術である。


「まぁ、よい。とにかく行くのじゃ」


「というか、彼女に死活問題なんてないんじゃないんですか?」


「い、いや……そうでも無いのじゃ、ここ最近は特に……」


 それだけ言って玄関の扉を開け放つ。そうして中へと入り込んでいく。


「鈴蘭、花撫を連れてきたのじゃ。おるかの?」


 何かが崩れる音がしてドタドタと廊下を走る音が近ずいてくる。


「か〜な〜でぇ〜」


 白いエプロンを首から下げた彼女は私を見つけるなり容赦なく飛びついてくる。その様子はまるで子供なのだが、長い黒髪に髪と同じ目の色そして何より主張の激しい彼女の胸が容赦なく私に襲いかかる。

 その体型は決して子供などには収まらない。すらっと伸びた身長に出るところはしっかり出て無駄な肉がない。


 私も小さくはないはずなのだけれど、どうも2人を見ていると小さいのではと疑いたくなる。

 そして当然だけれども私よりも身長の大きい彼女が突進してきたその勢いを私が支えきれるはずもなく後ろへと押し倒される。そうしてそのまま上から覆いかぶさられる。


「……鈴蘭、用件というのは」


「むふふふぅ、これよこれ。どう、むしろここに住まないか?」


 顔を私の腹部に埋めながらそう喋る。玄関で女性が女性に覆いかぶさっている、なんてことが街中で起きていたら軽く警察沙汰である。

 そこまでいかないにしてもかなり冷たい目で見られることは間違いない。そしてその矛先は彼女だけでもなく私にも向くということだ。

 なんとも納得出来ない。


「何を持ってむしろなのさ……死活問題なんじゃなかったの?」


 女神はあらぬ方向を向き我関せずとでも言いたげだ。どうやら私は見事にめられたようだ。

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