幕間 執務室にて


レイア達が総当り戦をしていた日、大隊寮の最上階、全ての寮内に於いて最も質の良いとされているであろう部屋ーー、大隊第一軍隊長専用執務室の窓辺からその様子を面白げに見遣る男がいた。


口元に笑みを浮かべたまま、窓の向こうから視線を外さずにいる上司を見て、側で資料整理をしている大隊第一軍隊長補佐官である男が呆れた声を出した。


「……随分と熱心に見られているようですが、いい加減書類仕事を再開して頂けませんか?隊長が作業をして下さらなければ、俺の仕事にも差障りがでます」


「硬い事を言うなよ。何、今年の新人達の中にも中々見所のある奴らが入るぞ。特に目を引くのが二人。両方ともお前の実家、アルフォンド道場の出身だ。あまりにも能力がずば抜けている。流石国一番の鬼道場と言われているだけはあるな。他の者達とまるで動きが違う。そう言えば、一人はお前の従兄弟の様だな?」


「あぁ……今年はライトが入隊してきていますね。祖父の扱きでかなり成長したと叔母から聞いています。昨年の帰省時にも随分強くなっていました」


「昨年って……お前、あれから一度も帰省してないのか!? もっと休暇を取れ!」


「馬鹿言わないで下さい。隊長がもっと仕事をして下さればそのうち取るかも知れませんね。それに新人が入隊したばかりのこの時期は唯でさえ忙しい……。それにここの所、きな臭い事件が続いていますしね」


「ああ、例の奴か……。全く面倒事ばかりだな」


男は一度窓から目を離し溜息をついたが、もう一度窓越しに金色を見やり、言った。


「まぁ、お前の従兄弟とは違うもう一人の方も中々興味深いぞ。女みたいな面をしてるが、随分容赦のない攻撃を繰り出していた。アレ《・・》はかなり強くなる」


その言葉に今まで黙々と書類整理をしていた男が顔を上げた。だらけた所もあるこの上司だが、審美眼はかなりの物だ。しかし評価が厳しい事で有名なこの男が目をかける人物がいることに興味を持つと同時にーー、叔母からの手紙に書かれていた人物について思い出す。


「それは、また……興味深いですね」


その言葉に漸く窓から目を離し机に向き直った男が肩眉を上げた。


「へぇ……生真面目なくせに他人には無関心なことで有名なアルフォンド補佐官殿が興味を持つとは……これは益々面白くなりそうだな」


上司がニヤニヤと自分を見やって来るのに男ーーアルフォンド補佐官は嫌悪感を隠しもせずに眉を寄せ睨みつけた。


「はぁ……、とりあえずそろそろ真剣に仕事して下さい。今日中にこの書類の束を片付けますよ」


「くっそ……全く悪夢だぜ……」


悲壮感を顕にする男だったが、数分もすれば執務室にはカリカリとひたすらペンを動かす音だけが響き始めるのであった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

碧に沈む 〜人魚姫の復讐譚〜 つばさ @283yoko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ