第24話 総当たり戦とその顛末
四順目に出てきたレイア達をみて、担当の審判がギョッとした顔をする。
何しろ、レイアの最初の対戦者はレイアの二倍はゆうにあるであろう巨体の大男だったのだ。並ぶとまるで大人と子供に見える。
全体を見渡す役目を持つはずの二人の教官も思わずレイア達の対戦に注目してしまう。
それは周りの訓練兵達も同じ事。
注目が集まったその状況と対戦相手が一見すると細身で弱そうな綺麗な顔をした男である事に、巨体を持つ対戦者は案の定レイアを舐めてかかっていた。
男は下卑た笑みを浮かべながらジロジロとレイアを舐めまわすように眺める。
だが、男は馬鹿なことをした。見るに留めて何もせずに対戦に望めば良かったものを、試合開始と同時に言ってはならないことを口にしたのである。
「兄ちゃん、昨日から嫌に注目集めてるなぁ?まぁ、そんな女みてーな面してたら当たり前っちゃあ当たり前か!どうせ試験でも色仕掛けとかで突破したんだろ?」
そう言って男は馬鹿にしたように笑いながら構えをとった。
未だ順番待ちをしているライトは男が発した言葉を聞いた瞬間、あちゃーといった形で顔に手を当て、天を仰いでいた。
レイアはと言うと、男が"女みてーな面"と言った辺りで顳顬がピクリと動いていた。そして静かに怒りのオーラが漂いだす。
「……あ゛?」
低い声が辺りに響いた。レイアが余りの怒りに耐えかねて出した声だ。怒りのオーラが魔力に影響したのか、冷たい空気となって周囲に立ち込めた。
様子をみていた審判の男は余りの気迫に思わず一歩後退してしまった。そして瞬間ーー、
レイアの姿が消えたかと思うと、男の身体が宙に浮いていた。
一瞬で懐に入り込んだレイアが男の脚を思い切り蹴り上げたのだ。そして男が体勢を崩し足が地面を離れた瞬間を見逃さず、レイアは体勢をひねって脚で男の横っ腹を
そう文字通り蹴り飛ばしたのだ。男はその勢いのまま広場の向こうへ飛んでいった。
一瞬の出来事に審判である教官は呆気に取られて口をポカンと開けている。
だが男の暴言にキレているレイアは追撃の手を緩めない。男が吹っ飛ばされた場所まで物凄いスピードで駆け込むとその勢いのまま、男の腹に踵落としを決め込んだ。訓練の為に軍に支給されているレイアのブーツは、少しでも身長をごまかすために足底には厚さ3cm鉄板が仕込まれている。そんなもので蹴られた男は余りの痛みに叫ぶ。
「ぐっ……ぁああぁああっ!!!」
だがレイアは腹に足を載せたままグリグリと踵がくい込むように踏んだかと思うと、次は顔面を思い切り踏みつけた。
そして怒りを押さえ込んだかの様な冷たい表情で男を見下ろす。
「なぁ……さっき何て言った?」
冷たい目で男に静かに問いかけながらも、顔に乗せた靴底に体重を乗せるようにして徐々に力を込めていく。
男は最早余りの恐ろしさに何も言えずに口をパクパクと開閉させるしかない。その目には涙が浮かんでいた。
「女見てぇな面が……何だって?よく聞こえなかったなぁ?言っとくが俺は女の子みたいだって馬鹿にされる事と、見た目だけで判断して舐めてくる馬鹿な奴らが大っ嫌いなんだが……なぁ、もう一度言ってみろよ?オイ」
レイアはあまりの怒りに最早口調が変わっている。男の言動はもちろんだが、下卑たこちらを舐めまわすような視線にレイアは許容範囲を越えた怒りを感じていたのだ。
ギリギリと顔面を踏みつけたかと思うと、そのまま男の顔を蹴りあげた。
誰もが呆気に取られて呆然とその光景を眺めている中、逸早く気を取り戻した教官が慌てて試合をとめる。
「やっ……やめ!結果はついた!試合は終了だ!」
その言葉にレイアはやれやれといった様に男から脚をのけると最早興味を失ったかのようにしてさっさと元のグループの場所へと脚を進めた。その光景を同じ訓練兵達が呆然と見ている。
それに気づいたレイアはこれ以上舐められないようにとギロりと彼等を一睨みすると、何事も無かったかのように顔を逸らした。
その時視界の端にライトが笑いを耐えるために顔を俯け肩を震わせている様子が目に入ったが無視を決め込む。
怒りが溢れて我慢出来なかったのだ。仕方無いだろう。
道場でも似たような暴言を吐かれることはあったが、相手が目上の人物であれば耐え、訓練で実力を見せ黙らせた。
それでも街中で嫌味を言ってくる者もいた。その場合、レイアは相手が尊敬に値しない人物だと見なした時のみ、鍛えた体術で相手をほぼ一撃で伸していった。
相手が認めないのなら、実力で黙らすしかないのだ。冬には道場でレイアを馬鹿にする者は一人も居なくなっていたが、軍ではそうもいかない。舐められたら終わりだと、レイアは最初は少々強めに痛めつけたのである。……半分はただ切れただけとも言えるが。
ちなみに対戦相手の男は顔は頬が腫れ上がり、あまりの恐怖に失禁した上に泡を吹いて気を失っていた。
遠目にその様子をみていた上官二人が話し合う。
「か、彼は一体……」
「確か、彼はアルフォンド家の道場の門下生だな。試験の時に少し噂になっていた筈だ。今年はアルフォンド家の上級門下生が二名も入学すると。その内の一人が彼なのだろう。あの道場はかなり厳しく、中級でもかなり腕の立つものがいる事で有名だ」
「成程……アルフォンド道場の……それならばあの強さも納得です」
レイアの姿を眺めながら二人は言葉を続ける。
「とりあえず今日の総当たり戦を終えたら、早急に結果をそれぞれの隊の隊長に知らせる必要があるな」
「ええ、今年はもしかしたら数年ぶりに小隊を超えて最初から中隊や上の部隊に配属されそうな者達がいますしね。他にも腕の立つ物が何人か見受けられます……。これは、期待出来そうですよ」
二人は笑みを浮かべながら次の試合をみていた。そこではライトがレイアにも負けない実力で一撃で対戦相手を倒す光景が広がっていた。
そして、この日以降、レイアに対する男達の態度が変わった。レイアに対し女みたいといった発言は禁句とされ、下卑た笑みや馬鹿にしたような視線を向けるような命知らずは居なくなった。
しかし、相も変わらず美しい容姿に見惚れる者は未だに多数いた。直接関わらず遠くから眺めるだけなら大丈夫だと判断したのだろう。
しかし、一部にはレイアに冷たい瞳で見下ろして欲しい、蹴られたいといった願望を持つ変態も生まれてしまったようで、レイアはまた頭を悩ませる事になるのであった……。
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