第22話 入隊式
「新たな軍人を志ざす者達よ。ようこそソリタニア国軍へ。我々はここでの生活を通して、諸君が誇り高きソリタニア軍の一員へと成長していく事を期待している」
登壇した四十代だろうか……貫禄のある、如何にも軍人らしい強面の壮齢の男性が話し出す。
「私は大隊第二軍の大隊長、イレイザだ。本来なら第一軍の隊長が挨拶をするのだが……軍は何時でも多忙で、都合がつかなかった。代理で済まないが、私で失礼させて頂きたい」
予想はしていたが、やはり軍の入隊式ぐらいじゃ王族が見に来るってことはないみたいだ。
因みに説明しておくと、軍は通常、能力の高い兵士が集まる大隊が三隊とその次に能力が高い中隊が五隊、更に下に小隊が十隊と構成されている。その中でそれぞれ第何軍と分けられていて、能力が高い者達ほど数が少ない軍隊に所属している。
そしてそれぞれの軍に別れて鍛錬や講義がされる様になっている。
今期入隊した私達も、三ヶ月の基礎訓練を終えたら、余程の事がない限りは小隊の何れかに入る。それで漸く正式に入隊したと認められるのだ。
「さて、諸君も理解している事とは思うが、これからの三ヶ月、諸君には軍人としての"常識"を学んで貰う。諸君は入隊前の能力テストを通過出来た選ばれた者達ではあるが、その中で当たり前である基礎にさえ耐えられないと思う者が居れば遠慮なく除隊してもらって構わない。軍人という仕事は誇り高く、大義のある仕事だ。そしてそれ故、諸君は正式に入隊した暁には国へと命を捧げる一兵士として励んで貰うことになる。軍人とは過酷な仕事だ。それ故に称えられる。だが、訓練に耐えられ無い者はいくら命を捧げる意志があろうとも、軍では力不足だ。足で纏いにしかならん。我々は新たなる今期入隊者五十名が、三ヶ月後に一人も欠けることなく立派な軍の一員となる事が出来るよう、期待している。以上!」
……正直、話を聞いているだけで反吐が出そうだった。当たり前だが私はこの国の為に命を捧げる気など全くないのだ。寧ろ、祖国と両親のために命懸けでここにいる。
いや、そういった意味では変わらないのか……?捧げる国は違えど意志は同じだ。そうなると、私も残酷非道な人間共と変わらないのかもしれない。全く皮肉なものだ。
だから、たった三ヶ月の基礎訓練、これを耐えられ無ければお話にならない。
入隊式の最中であるというのに、未だに幾つかの視線を感じるレイア。
彼女はこの三ヶ月の間に舐めている周りの連中を黙らせる必要があること再認識していた。
レイアがそんな事を考えていると急に周りが少しざわついた。
「おい、あれ……」
「うわ、マジかよ!伝説のたった十歳で軍に入隊したっていう……」
「この前なんてついに大隊第一軍の隊長補佐だろ?うわ、上官の中に並ぶと一人だけ年齢がやっぱ違うのが丸わかりだな……隣りに並んでる人と親子ぐらいの年の差だろ……?」
「なのに見劣りしねえ貫禄もあるし……あれで俺達と殆ど歳が変わらねぇとか嘘だろ……」
どうやら、周りの話を聞く限り若い所謂エリート街道まっしぐらな上官が遅れてやってきたらしい。私達と変わらない年齢で十歳で入隊となると、八〜十年前か?
え、待ってそれって……。
列の右端にいる私にとって丁度対角線上である前に立ち並ぶ上官達の左側にたったのであろう人物はなかなかレイアの場所からでは見えない。
ドクン、ドクン
心臓の音が嫌に耳につく。
予感がする、間違いない。
不意に、視界の端に壮齢な上官達が並ぶ中でやけに若い男の姿が視界に入った。
茶色い太陽の光で輝く柔らかそうな髪、そして何よりも目を惹くのはその瞳の色。
海底から見る空のような深い緑色を称えた、蒼瞳ーー
ああ、彼だ。間違いない。
『レイア』
耳の奥で朧気な記憶の中の彼の声が聞こえる。
私の名前を呼ぶ、優しい小さな男の子の声。
不意に涙が込み上げそうになり、慌ててこらえる。この半年、泣かずに耐えてきたのに、軍に入ってからは絶対に涙は零さないと決めたのに、一瞬でその決意が揺らぎそうになった。
あれから八年も経つのに、一度も忘れたことは無かった。
幼かった顔立ちは立派な青年の凛々しい顔付きに成長していた。
私を浜辺で助けてくれた時、果たして彼は"私"だと……"レイア"だと、本当に気付かなかったのだろうか。
いや、わかっている。気付かなかったのだろうことには。理性ではその事に安心していても、心の奥深くで気付いて欲しかったと思う自分がいて、嫌になる。
あれから八年も経つんだ……海の中で普通に生活していた私と違って彼は軍で厳しい日々を乗り越えて今の地位まで上り詰めたのだろう。
……忘れていて当然だ。
寧ろ覚えていたら驚きだな。
その事にまた落胆しそうになって、慌てて頭をふり、気持ちを切り替える。隣のライトがなんだコイツといった眼を向けてくるが無視して前を見る。
(ああ、やっぱり駄目だ。彼は……"危険"だ)
やはり、彼には会わない方が良いだろう。こんな簡単に、心が動揺するなんて、あってはならないのだから。
でも今だけなら良いだろう。最後に彼を視界の端に留めながら、誰にも聞こえないくらいの小さな声でそっと呟く。
「……助けてくれて、ありがとう」
ーー今でも好きだよ。
そう思う心は深く深くに沈めて、固く蓋をした。
そうして、入隊式は終わった。遠くに去っていく彼の背中を見つめる。
今でさえこんなに遠いのだ。会う可能性など殆どないだろう。その事に安心する。
でも出来るだけ早く私は上官の立場にまで上り詰めなければいけない。
彼でさえ八年かかったのだ。でも本来人魚である私は持って五年だ。何が何でも、少しでも早く、城に出入りできる程の立場にならなければならない。
ーーもう、引き返す理由も、立ち止まる時間も、ないのだから。
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