第13話 軍に入るために その3



翌日に向かったシエール家はアルフォンド家にほど近い同じ高級住宅街にあった。またかなりの豪邸なのかと身構えたが、予想に反して大きさはアルフォンド家の半分位の敷地で、本宅と別に大きな棟のような建物か横に立っていた。

キュステさんが私の反応を見て面白そうに言った。


「思ったより小さい家で安心した?」


「あっ、いえ、まぁ……はい、予想よりは小さかったです……でも周りの家に比べても小さめですよね?高級住宅街の中にあるにしてはなんというか……」


「不自然に感じるかい?」


私の言いたい事を補完するようにして続けてくれたキュステさんの言葉に私は素直に頷いた。キュステさんは笑って中に入れば理由がわかるさと悪戯っぽく笑った。

私はその言葉に首を傾げながらも昨日と同じようにキュステさんの後に続いて敷地に入って行くのだった。


「ようこそおいで下さいました、キュステ様、レイ様。主人から話は伺っております。こちらへどうぞ」


出迎えてくれたのは初老の如何にも年季の入った執事といった男性だった。もう何年も務めているのだろう彼は一つ一つの所作が手慣れていた。

玄関に入って直ぐに不思議な光景が目に入った左右には二階に続く階段があった。そこまではいい。しかし両サイドの階段の間に幅広の下へと続く階段があった。


「えっ……、ち、地下があるんですか?」


シエール家の本宅は外観からはアルフォンド家と同じ三階建てだっただけに、地下まであるとは予想外だった。その反応になれているのか私の言葉にセイドと名乗った執事さんは流暢に返してくれた。


「ええ。本宅の地下はニ階建てとなっており、地下一階は魔法の研究室、地下ニ階は魔法の実技の演習場となっております」


もはや感心しかない。キュステさんやインベルさんの言葉から想像していた以上にシエール家はアルフォンド家とは反対の魔法一色の軍人一家のようだ。


「この部屋で旦那様がお待ちです」


そうこうしているうちに部屋についたらしく、大きな扉を開けて部屋に通された。

そこは来客時に使用する応接室のよいな部屋で正面のソファーでは初老の男性がニコニコと笑って寛いでいた。


「やぁ、キュステさん久しぶりだね。なかなか顔を見せてくれないから会えて嬉しいよ。ここは君の第二の家でもあるのだから、何時でも来てくれて良いのに」


「ふふふ。ありがとうございます。一人暮らしが気楽なもので、なかなか足を向ける機会がなくて……申し訳ありません」


気にしないでくれと声をかけ、男性は私たち二人に向かいのソファーに座るように催してくれた。


「さて、インベルから大方の話は聞いてるよ。君がレイくんだね?」


「はい。是非こちらで魔法について学ばせて頂きたいと思っています。よろしくお願い致します」


レイは少しでも誠意が伝わる様にと真っ直ぐ目を見て告げた後に立ち上がって深くお辞儀をした。


「はは、そんな畏まらないで。ほら、座って座って」


気さくに笑う男性の名はサーモス・シエール。シエール家の現当主であり、ソリタニア王国でも五本の指に入る魔法研究家の1人だ。


「いやぁ、嬉しいね。まさかかなりの魔力量を持った三属性持ちの子がうちで魔法について学びたいと言ってくれるなんて!」


サーモスさんは身を乗り出すようにして私に話かけた。貴族らしからぬ気さくな様子に驚く私を気にしないで彼は言葉を続ける。


「我が家としても珍しい水属性の子を教育するのはとても嬉しいし、遠慮せずに何時でも来て魔法について学んでくれるといい。あ、でもその代わりと言ってはなんだけど、時々でいいから魔法研究に手を貸してくれると嬉しいかな。水属性持ちはこの国では本当に貴重だから」


「も、勿論です!ありがとうございます」


予想以上に私がシエール家で魔法を学ぶ事を好意的に受け入れてくれたことが嬉しく、無意識に声に力が入る。


「はは!いい返事だ。じゃあ道場が休みの日は何時でも来るといい、アルフォンド家には負けるかもしれないが、軍関係の本もうちには幾つかあるからね」


じゃあ我が家を案内するから着いておいでと言ってサーモスさんは家を案内してくれた。まず向かったのは地下だ。

地下一階は小さな部屋が幾つも並んでいた。それぞれの部屋で全く違う実験をしているそうで何処かの部屋からは爆発音のようなものまで聞こえてきて驚いたが、ここでは日常茶飯事だから気にしないでくれと笑っていたいた。それらの部屋のうちの一つに案内された。

中では灰色の髪をした美しい女性が実験していた。サーモスさんが部屋に入ると女性は顔を上げて喜色満面になったかと思うとこちらに走り寄ってきた。


「あらサーモス!キュステ!もしかしてその子が例の水属性の子?」


女性は興味津々といった形で私を見つめてきた。サーモスさんは困ったように笑って彼女を紹介してくれた。


「紹介しよう。妻のへクセだ。この部屋では水属性の魔法の実験をやっているんだ」


「初めまして! 水属性の子がうちに来てくれるって聞いてとても楽しみにしてたのよ! 私も一応水属性ではあるんだけどあ、魔力量がほんの少ししかなくて……」


「は、初めまして。レイと申します。これから度々お世話になるかと思います。よろしくお願い致します」


慌てて挨拶を返す私に彼女は気さくに話しかけてくれ、同じ貴重な水属性同士、少しなら私も力になれると思うからよろしくねと言ってくれた。

時間がある時は実験に協力する約束を交わした後に続けて地下二階に向かった。


階段を降りた先はただっ広い広場のようになっていた。

驚いたのはその広さだ。地下二階までの本宅の床面積の四倍はあるであろうその広さだった。


「この地下二階の壁は床や天井も含めて魔力の影響を受けにくい特殊な鉱石で作られているからどんなに大きな魔法を使っても壁が崩れることはまずない。今は人が少ないけど、午後一時から夕方の四時までは一般開放していて、魔力鍛錬や狭い空間では出来ない実験を行うために結構な人が集まっているんだ。レイくんも自由に使ってくれて構わない。ただ、屋敷の人間は何時でも使用可能だけど、点検とかがあるから夕方の六時までの使用になるけど良いかな?」


「十分です。ありがとうございます……!」


寧ろ恵まれ過ぎている。こんな贅沢な空間で好きなだけ魔力の練習ができるなんて、想像するだけで今からワクワクする。

そんな私の様子をみてサーモスさんは嬉しそうに笑った。


「もし魔法に行き詰まったりわからないことがあったら屋敷の人間や昼間集まっている人に聞いてみるといい。皆いい奴ばかりだしここではお互いの魔法能力を伸ばし合う為に集まる人が多いから」


そう言ってじゃあ次の場所へ行こうかとサーモスさんは降りてきた階段をまた登り始めた。


次に案内されたのは本宅の隣にあった棟のような建物だった。

部屋に入った瞬間に思わず口を開けたまま呆然としてしまった。

そこは天井から地面まで壁一面を本で埋め尽くされた図書館のような部屋だった。


「ここには魔法に関する全ての本が置いてある。魔法に関してならこの国の王立図書館と比べても引けを取らないと思うよ。地下一、二階にも本があって一階は魔法以外の蔵書がある。軍に関しての本もそこだね。地下二階は貴重書や一般公開できない本とかがあって基本立ち入り禁止になってる。どうしても見たい本とかがあったら常駐している司書がいるから相談して欲しい。それ以外は自由に見てくれて大丈夫だよ。屋敷内だったら持出しも可能だから、さっき案内した地下の演習場に持っていって本を見ながら魔法を練習してもいい。ただその場合は必ず受付で本に魔影響無効化の防付魔法をかけてもらうようにして欲しい」


「凄いですね……。こんなに恵まれた環境……。本当に有難いです……!本当に、ありがとうございます……!!」


まさに魔法を学ぶ為に存在するような建物。魔法を学ぶのにここ以上に適した場所なんてないだろう。シエール家の人々にも、私をこの家に紹介してくれたキュステさんにも頭が下がる思いだ。勿論、アルフォンド家の人々も。

私は明日から始まる軍に向けた修行の日々により一層気合いが高まるのを感じた。




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