第10話 キュステさんの実家へ
キュステさんに続いて門の中に入ると、そこには立派な庭園が広がっていた。
外壁がかなり長く続いていた事からも大きい屋敷だろうとは思っていたが、玄関まで続く石畳の中央には立派な噴水があり、その左右には広い芝生が広がり所々に季節の花が咲き乱れていた。
あまりの光景に思わずキュステさんに驚きの声を上げてしまう。
「キュ、キュステさんって凄いお嬢様だったんですね……!?」
「あらあら、違うわよ! 私が家を出た頃は普通の一般家庭だったけど、その後義兄と弟二人がたて続けに軍で昇進したみたいで、私も初めて帰省した時は驚いたわ~。お陰で今でも萎縮しちゃう。それもあって戻る気になれないのよね」
コロコロ笑いながらキュステさんは玄関へと歩いていく。その後ろに続きながらもやはりまじまじと目の前の立派な屋敷を見てしまう。
この国の家は基本的に煉瓦造りで内装の壁は木目であり、枠組みは木で成り立っているが、上流階級になればなるほど内装も木ではなく煉瓦造りと石造りが組み合わさったような家になっていく。
レイアが今見ている家も外観は全て立派な煉瓦で成り立っており、屋根は綺麗な赤色、壁は染み一つない白色だ。玄関あたりの床は気の所為でなければ大理石のようにも見える。
キュステの家も潮風に負けないように煉瓦造りではあったが小さいこじんまりとした家で、内装は普通に木造りのものだったが、これは、なんかもう大きさといい門構えといい、明らかに次元が違う。
「かなり広く見えるだろうけど、そうでもないんだよ。反対側の家の一部は稽古場になっていて、父は軍を引退して軍を目指している人達を相手に剣の稽古をつけていてね」
レイのこともそこで面倒見てもらえたらいいんじゃないかと思ってるんだよ。本当は女の子には剣技なんて学ばせたくないんだけどねぇ……とキュステさんはため息を付いたが、私の目をみて意志が変わらないのを悟ると仕方なさそうに笑った。
そうして玄関に向かっていると一人の十代半ばぐらいであろう女の子が勢い良く扉を開いたかと思うとキュステに思い切り抱きついた。
「キュステ叔母様!お久しぶりです!中々来てくださらないから心配してたんですよ!?」
随分可愛らしい、長い黒髪を二つ結びにした女の子。歳はレイアとほとんど変わらないか少し下ぐらいだと感じた。
その後からその子の親であろう女性がこらっ!と声をかけながら玄関から出てきた。
「ごめんなさいね、キュステお姉様。この子ったら久しぶりにお姉様に会えるのを凄く楽しみにしてて……」
「ふふふ、こんなに熱い歓迎をしてくれるなんてとても嬉しいね。有難う、カリーナちゃん。元気そうで何よりだよ」
どうやらキュステさんの一番下の弟夫婦の娘さんであるカリーナ・アルフォンドさんとその奥さんのターニャ・アルフォンドさんのようだ。行く途中に簡単に身内について説明されていたが、確かにかなりキュステは好かれているようで、わざわざ海辺でひとり暮らしする必要があるようには思えなかった。
(でも、キュステさんが海辺近くに住んでいてくれたお陰で私は助かったわけだけれど……)
キュステの後ろで呆気に取られて思考が逸れていたレイアをみて、ターニャがあらあら、と声をかけた。
「随分綺麗な男の子ねぇ……キュステお姉様のお知り合い?」
カリーナもキュステに抱きつきながら不思議そうにこちらを見ていた。
慌てて居住まいを正し、レイアは挨拶をした。
「初めまして。レイと申します。数日前からキュステさんのお宅でお世話になっています。今日は個人的にお願いがあって、ご迷惑は承知の上で同行させて頂きました」
「おやおや、レイったら畏まっちゃって、そんな必要ないのに! リラックスしなさいな」
キュステが笑ってレイアとニ人をそれぞれ紹介する。
とりあえずちゃんと男だと認識してもらえたことにレイアは安心した。
ターニャさんは随分とレイアの外見が気に入ったのか綺麗な子ねぇ!とはしゃぎ、カリーナちゃんは警戒しているのかキュステの背中に隠れてしまったが、やはり気になるのかチラチラとこちらを見ていた。
レイアはその様子にやっぱり何処か変だろうかとい心地悪そうにしていたが、とりあえず中に入りなさいなとターニャさんに言われ、漸く四人とも屋敷に入るのだった。
「今日の稽古はそろそろ終わる筈なので、あと少ししたらお義父も来るはずです。あと少し待っていて下さいね」
ターニャさんはリビングに案内してお茶の準備をして下さった。
現在この家には大家であるキュステさんのお父さんとキュステさんのすぐ下の弟さんの奥さんであるアンナさん、一番下の弟さんの奥さんであるターニャさんとその娘さんのカリーナちゃん、そしてカリーナちゃんの一つ下の弟のライトくんだ。
キュステさんの義兄さんと弟二人と上の弟の息子さんは軍に入ったばかりで中々帰ってこないらしい。だが、寮に入っている息子以外は週末には必ず帰ってくるらしい。
「あら、キュステ義姉さん!帰ってくるなら皆がいる週末にして下さればいいのに!」
そう言いながら赤茶色の髪をした女性がリビングに入ってきた。
おそらく彼女がアンナさんだろう。そう思ってみていたら丁度目があった。そしてアンナさんは目を見開いたと思ったらずんずん近づいてきていきなり思いっきり頭の両端を掴んで顔をまじまじ見つめてきた。
「え、え? あのっ?」
「……かっ」
いきなりの行動に戸惑っていると何かを呟き次の瞬間、
「可愛い〜っ!!!!」
と叫びながら思いっきり抱きしめられたれた。
「えっ! ちょ!? や、止めてください わ、俺は男です!!」
まずい、やっぱり男には見えなかったか!?と焦る。というか苦しい!!思いっきり抱きしめられて息が出来ない。力強すぎだろ……!!
「アンナ、気持ちはわかるけどその辺にしてあげておくれ。レイが苦しがっているよ」
「あら!ごめんなさい!私ったら!でも本当に男の子?可愛い顔してるのに〜!!勿体ない!」
「アンナさん……、ごめんねレイくん、アンナさん可愛いものに目がないの。でもレイくん確かに綺麗な顔してるものね。私もさっき見た時は驚いちゃった!」
キュステさんが慌てて止めに入り、ターニャさんがフォローに入る。キュステさんもだが、なんというか、こうして見ると美人ばっかりだ。軍人一家だと聞いて身構えていたが、逆に男の人は皆軍に出ている状況だから女の人ばかりになるんだなと少し気が楽になった。皆優しそうで、軍人一家と聞いていたから女性も強そうな感じなのかと思っていたが、全然そんなことは無かった。
問題はキュステさんのお父さんだな……。七十歳を超えているとの話だが道場の師範をやっているくらいだ。軍は引退したようだが、この人の前では下手な真似は出来ない。
そんな私の不安を他所にアンナさんがニコニコと笑いかけてくる。
「初めまして、私はアンナ・アルフォンドよ!ごめんなさいね〜!余りに可愛かったから!私、女の子も欲しかったのよ〜!息子は中々帰ってこないし!」
「あ、初めまして。レイと申します。今日は個人的に頼みがあってキュステさんに同行させて頂きました。あと、俺は男です……」
一人称には慣れないが、何とか否定する、やっぱり男には見えないのか……?これは早急に対策を建てた方がいいな……やっぱり身体を鍛えるしかないか……先行きが既に不安だ。
お義父さんはまだまだ来るのに時間がかかるとの事だったので先に簡単に事情を話しておく。
「それにしても、記憶喪失だなんて……大変ねぇ……。せめて何処の国の出身かだけでも判ればいいのだけれど……」
ターニャさんが心配そうに声をかけてくれる。
「それが手がかりになる様なものは何も持っていなくて……キュステさん達が助けて下さらなければ死んでいたかもしれないと思うと、命があるだけ自分はかなり幸運だと思います。キュステさんには本当に感謝しても足りません」
これは本当だ。見つけてくれたのが他の軍の人間だったりしたら怪しまれるのは確実で下手すれば捕まっていただろう。私を見つけてくれただろう彼とキュステさんには、本当に感謝している。
「でもまだ若いのに直ぐに何をすべきか決められるだなんてしっかりしてるわね。うちの息子にも見習って欲しいわ〜。三年前に軍に入ったきり、いくら寮ぐらしと言っても連絡の一つも寄越さないんだから!」
アンナさんはとてもおしゃべり好きな元気な方で色んな話を聞かせて下さった。
ターニャさんも優しい人で何とか仲良くなれそうで安心した。
ただ、気になるのは先程から黙ってこちらをじっと見てくるカリーナちゃんだ。何だろう、嫌われているのか……?
とりあえずこちらからも話題を降ってみる。
「えっと、カリーナちゃんには弟さんがいるって話でしたが、弟さんも軍に入ってるのですか?」
ガタンッ
「『カリーナちゃん』!?」
声をかけた途端にいきなり立ち上がったかと思うとカリーナちゃんが驚いた声を上げる。
しまった、いきなりちゃん付けは馴れ馴れしかったかな?確かに今は一応男なんだし、
「あっ、えっと、ごめんなさい。いきなり馴れ馴れしかったかな?えっと、じゃあカリーナさん?」
なんとか誤魔化して笑いかけてみる。
「〜っ!! 」
すると今度は顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。うぅっ、嫌われてしまったかと不安になったが、やがてぼそっと言葉を返してくれた。
「弟のライトはお爺様のとこで稽古を受けてるの。……あと、仕方ないからカリーナちゃんでいいわ。キュステ叔母様の知り合いみたいだし、特別に許してあげる」
顔を赤くしながらも返事をしてくれた。
良かった。嫌われなくて。この国に入ってから初めて会えた同年代くらいの子に嫌われてしまうのは流石にショックだ。
「……ありがとう。俺はレイでいいよ。これからよろしくね。」
とりあえずは仲良くやっていけそうで一安心だ。
そんな私達の様子をターニャさん達は何故だか微笑ましげに見つめ、キュステさんは苦笑いを零していた。……何故だ。
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