第9話 夢、そして対面準備
暖かい日差しの中、海底からみる空の色をそのまま映したような瞳がこちらを見つめる。
レイア、君が大好きだよ。
きっと誰よりも大切だ。
だから、君を、人魚を守る為に僕はある場所に行かなきゃ行けない。やらなくちゃいけないことが出来たんだ。
だからきっともう類便に会うことは出来なくなる。でも目的を果たしたらまた必ず会いに行くよ。だからそれ迄どうか待っていて欲しい。
大好きだよ、レイア。この世界で一番、君を想ってる。
ーーそう言って彼は私の前から姿を消した。
茶色の髪の、不思議な目の色をした男の子。
ある日海で溺れていた彼を私は助けた。
それが彼との出会いで、全ての始まりだった。
まだ人間と人魚の仲が良かったあの頃。
私は彼に会うためだけにしょっちゅう浜辺に遊びに行っては両親を心配させた。
優しい彼が大好きだった。
だけどある日を境に彼は姿をみせなくなって、その後次第に人間が支配する海域を広げ始めたことで陸に行くことは適わなくなった。
ーーー
懐かしい夢だ。
昨日はあの後すぐに寝てしまった。
幼い頃彼と遊んでいて遅くなると心配して彼を呼びに来る女性がいた。
きっと、キュステさんがその女性なのだろう。彼女は私にもとても優しくしてくれたから、朧気な記憶でも良く覚えている。
そうなると、彼女の甥が、あの男の子だ。
甥は軍に行っていてなかなか戻って来ないとキュステさんは言っていた。
あれ、確か、私を発見してこの家に連れてきたのも甥だと、彼女は言っていなかったか?
背中の中程まで伸びた金色の長い髪に触れる。
そういえば、急な事ばかりで気にしていなかったけれど、腰より長かったはずの私の髪はこの家で目が覚めた時には背中の中程迄しかなかった。
彼が切ったのだろうか。
ーー何の為に?
嫌な汗が背中に流れるのを感じる。
もしも私があの人魚だとバレていたら、彼はどうするだろうか。
キュステさんは人魚が襲われて私も甥も悲しかったと言っていた。
それが本当なら、もし、万が一私が人魚だと気づかれていたとしても、人魚にとってーー、私にとって不利益なことはしない筈だ。いや、これは私がそう信じたいだけの、願望のようなものか。
ソリタニアにいる以上、常に最悪の事態を想定しながら行動するべきだろう。
でも想定外の事態過ぎて、彼がどんな行動をとるかが全く予想がつかない。
会いたいけれど、殆ど戻ってこないという彼が私を見つけた日に軍に戻ったということは、恐らくあと一年、少なくとも半年はこの家に来ることは無い可能性が高い。
会える可能性も低く、行動が読めない以上この事はもう気にしても仕方無い。
第一私が人魚だとバレていたらとっくにこの家は軍に囲まれて、私は殺されてる筈だ。
「おはようございます。何か手伝うことはありますか?」
「おはよう。ありがとうね。じゃあ、この野菜を切ってサラダにしてくれるかい?」
昨日の段階でこの家でお世話になっている間は家事を手伝わせて欲しいと話を通していた。本当ならお世話になっている分の食費なども払いたいが、それはこれから軍に入る準備の間をぬって何処かで稼いで少しづつ返すしかないだろう……。間に合うか心配だが、やるしかない。
「……なんだい、眉間にシワなんか寄せちゃって。朝から心配ごとかい?」
「あ、いえ、軍に入る準備を今日からでも始めたいと思ってて……」
いけない、考え事に没頭していてキュステさんに心配をかけてしまった。だが私の返事にキュステさんは顔を綻ばせた。
「それなら心配いらないよ。ちょうど今日は実家の方に顔を出す予定だったから、その時にレイのことも相談するつもりだったんだ。なんなら一緒に行こうじゃないか」
そう言ってキュステさんは笑顔でこちらを向いたと思ったら、今度はキュステさんが眉間にシワを寄せた。そして三日前と変わらず薄汚れたシャツを来ているレイをみて「その前に、レイには新しい服が必要だね……」と呟いた。
キュステさんのその言葉で朝食後は直ぐに町の服屋に直行する事になった。
店に着いて早々に散々着せ替え人形のようにさせられて服を選び続けること数時間、ようやく買い物を終えて店をでた。
キュステさんは女の子らしい可愛いドレスなどを買おうとしてくれたが、なんとか説得して、中性的か、男に見える服装を中心に選んで買い物をした。
……このお金もいつか返さなければ……なんだか胃が痛くなってきた。
買った服の量が多いので、一度家に戻って昼食をとることにした。
家に戻る道すがら、珍しげにキョロキョロと辺りの商店を見遣る私にキュステさんは一つ一つのお店を丁寧に紹介してくれたり、オススメのお店や裏路地や治安の悪い場所を指しては気を付けることなども教えてくれた。
城下町の更に周りに広がる住宅街の端にある一般家庭向けの店が集まっている場所だと説明されたが、それでも小綺麗な店が綺麗に建ち並ぶ姿は充分立派だった。
楽しそうに話す彼女の横顔をみて、私はやっぱり彼女を嫌いに慣れないと思った。人間には沢山酷いことをされた。お母様もお父様も、多くの仲間達も人間のせいで死んだ。でも、幼い頃私に見せてくれたキュステさんの優しさは、本物だ。
家にお世話になり始めたこの数日間だけでも、見知らぬ相手である私にこんなに親切にしてくれる人を好感を持つなという方が難しい。
人間は大嫌いだ。だけど、キュステさんのことはどうしたって好きだなぁと思ってしまう。周りは敵だらけだと覚悟してこの国に乗り込んだのに、キュステさんの隣は安心できて、居心地の良さを感じてしまう。
彼女の元にいるのは、軍に入るまでだ。
でもそれ迄の間、彼女にだけは心を許して、この恩を返していこうと心の中で決意した。
家に戻ってからキュステさんと散々話し合って、キュステさんの実家には私は男として話を通すことになった。
キュステさんは最後まで女である事を伝えた方が良いと渋っていたが、信用すると決めた彼女の身内であってもなるべく素性は隠したかった。何処から情報が漏れるか解らないし、軍人一家ということは、祭事の日に船にいた可能性がある。それはつまり、あの日初めてアクティニアの王女として式典に参加した私の姿を見ていた人間がいるかもしれないということだ。
父が船に乗っていた人間は全て殺したとは言っていたが、開会式が終わって王族と一緒に引き上げた者や、生き残った兵がいる可能性がある限り、油断は出来ない。
だから家に行く前に男に見えるようにキュステさんに髪をバッサリ切ってもらった。彼女は勿体ない!と最後まで渋っていたが、本当なら髪を染めたいくらいなのだ。寧ろ変装をするべきかとも考えたが、流石にそれは怪しまれるし、変に思われるだろうから断念した。
そして今、私はキュステさんに連れられて彼女の本家の前にいる。
……一言でいうと、デカい。かなり御立派なお屋敷だ。どう見てもただの一般家庭の軍人一家ではない。もしかしなくても彼女の身内には軍において一定の役職についているお偉いさんがいる可能性が高い。というか絶対そうだ。歩いていくうちになんだか段々高級住宅街のような所に進んでいる気はしていたが、まさかここまでとは……。
本当に男として紹介してもらう事にしておいて良かった。軍の役職の高い人ほど、あの祭事に参加していた可能性は高いのだから。
家を出る前になるべく男に見えるようにと晒しを巻いてから着替えて来たが、大丈夫かと不安になる。キュステさんはそんな私の様子を緊張していると誤解したのか、そんなに気を張らなくて大丈夫だと声をかけながら立派な門の横にたっていた守衛に声をかけた。
キュステさんと顔見知りのようであった彼は一瞬私をみて不思議そうな顔をしたが、キュステさんと一言二言話した後、門を開けて私達を通してくれた。
いよいよ、キュステさんの身内と対面する。軍人関係の人がいる、言わば敵地ともいえる場所。絶対に人魚だとバレる訳にはいかないと私は気を引き締めて足を一歩踏み出した。
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